第59話 怪奇!ボンレスハムホスト

——— 今から10分前のこと。


「ねぇ、この女装って正解なの? せめて脛毛だけは剃らせて」

「もう時間がないからそのままでいいよ」

「うむ、誰もそこまで見ておらぬから気にするな」

「んふっ……男らしくていいじゃねぇか」


 捜査二課を率いる百目鬼どうめきさんと共に、俺たちは例のホストクラブへ向かおうとしていた。男のままでは怪しまれてしまう可能性があるため、女装をすべく全てをはーちゃんに託した。うっすら生えている髭はそのままにメイクを施されてしまい、ガタイが際立つピチピチのワンピースを着せられ、仕上げにロングヘアのウイッグを被る。まさか足を出すと思っていなかったので、エチケット処理をする時間もないまま俺たちは出陣したのだ。


 ホストクラブの付近まで行くと、店から死角になったところにパトカー1台と覆面車両2台が連なって停車していた。パトカーを見た龍さんは興奮して一目散に駆け寄ろうとするが、虎之介が首根っこを掴んで静止させた。まるで猫のように。


 覆面車両から降りてきた百目鬼さんは、今日も相変わらず顔色が悪い。また朝からなにも食べずに仕事をしていたのだろうか。


「百目鬼さん、お疲れ様です。今日はよろしくお願いします」

「……お前、その格好はなんだ」

「女装ですよ。女子としてお店に潜入するんですから。それに“お前”じゃなくて、アタイはタイ子! 逮捕するなら明太子!」

「韻を踏むんじゃねぇよ」

「さすが百目鬼さん。冴えてますね」

「はぁ? くそっ、明太子のせいで急に腹が減ってきた」

「今日も食べてないんですか? この仕事を終えたら、うちで新米おにぎりパーティーでもどうです? 味噌チゲスープも仕込んできたので、今日みたいな寒い夜には温まりますよ。」

「おいおい、最高じゃねぇか。もちろん行く。それはそうと、俺の部下が先に客として潜入しているから、なにかあればそいつを頼れ。そこの腕っぷしが立ちそうなデカい妖怪の兄ちゃん、万が一の時に手伝ってくれるか」

「当然だ。そのために来たんだからな」

「俺たちは頃合いを見て突入する。それと……なんで子供を連れて来た」

「すみません、どうしても留守番が嫌だと言うもので」

「まったく。おい、そこの子供。お前は危ないからパトカーの中で待機してろ。絶対外には出てくるなよ?」

「ふおぉぉぉ! パトカーに乗れるのか!? 待機するぅ!」


 百目鬼さんはパトカーの車内にいた警ら隊に目で合図を送ると、彼らは龍さんを保護するかのようにすばやく車内に避難させた。龍さんの夢が叶って何よりだ。


「ところで、ホストの体験入店を装って玉藻ともう1人来るんだろう? どこにいる」

「支度に時間がかかってるそうで、もう少ししたら来るそうです」

「男の身支度なんて1分で終わるってのに、玉藻はこだわり過ぎなんだよ。まぁいい。じゃあ、その……タ、タイ子とお嬢ちゃんは店に入ってくれ。徳次郎っていうホストと初対面のフリをするんだぞ」

「うん。はーちゃんも変装してきたから大丈夫だよ」

「よっしゃ! 行くわよ、はー子ちゃん」

「うえっ……うん」


 俺を見ながら若干えずいたはーちゃんは気分が悪いのか、はたまた緊張しているのか。どちらにせよ、俺がついていれば大丈夫だ。はーちゃんを騙そうとしたホストの証言を取るのが役目、必ずや任務を果たして見せる。


 徳次郎のいるホストクラブは雑居ビルの3階にあり、店の入り口には『Club ZIONザイオン』という煌びやかな看板が掲げられていた。通路には在籍するホストの写真が貼られていて、意外にもイケメンが多いことに驚く。その写真の中に徳次郎を見つけ、名前の横にはNo.2の文字が。


「へえ。徳次郎もすごいイケメンなんだね。しかもNo.2ってそこそこじゃん」

「でもこれ……実物と全然違うよ」

「え、そうなの?」


 ホストは顔が命なのに、わざわざ加工して実物と違う宣材写真を使うわけがない。

 そう思っていたのだが……。


「いらっしゃーい! ご指名ありがとう。初めましてだよねぇ? オレ、徳次郎って言うんだけど、名前聞いてもいーい?」


 いや、別人だろ。

 宣材写真よりもずいぶんとぽっちゃりしていて、ファンデーションを塗りたくっているせいで顔がやけに白く、赤いリップが悪目立ちしている。韓国系のイケメンを意識しているのだろうが、中国のお面でこんな顔あったよな、と思いながら出来る限りの愛想を振りまく。


「あ、えっと、はー子です」

「アタイはタイ子! 鯛のエサなら明太子! タイトに着こなすちゃんちゃんこ!」

「いや、鯛は明太子食べないっしょ。ところで2人とも超可愛いねー。」

「……はあ、0点」

「え?」

「ねぇ、アタイは自己紹介のついでに華麗な韻を踏んでみせたんだけど? それに関してなんの評価もないわけ? 鯛が明太子なんて食べるわけない、っていう当たり前の感想は求めてないのよ! ちゃんちゃんこのくだりも疑問に思わなかった? お前はちゃんちゃんこをタイトに着こなせるんかーい!っていう初歩的なツッコミもできないわけ!? ホストなのに!?」

「ご、ごめん。そんなに怒らないでよぉ。可愛い顔が台無しだよ!」

「ふんっ」

「ね、ねぇタイ子、初っ端から飛ばし過ぎだからもうちょっと穏やかにいこうよ」

「あっ……ごめんねぇ、徳次郎くん。こういうところ初めてだから緊張しちゃって」

「あはは、全然大丈夫。タイ子ちゃんってマジで面白いねぇ」


 徳次郎の適当な返答についイラッとしてしまった俺は、はーちゃんに宥めらて我を取り戻した。そんな俺を見て「うわぁ、きっつ」と漏らした声を聞き逃さなかった。

 中国のお面野郎め、覚えとけよ。


「ところでさ、何飲む? 2人は今日が初回だから、お酒もソフトドリンクも全部半額してあげるよ! オレのおすすめは、ルイ13世かロマネコンティかなぁ」

「大五郎で」

「え?」

「大五郎のロックで」

「いや、そんな安酒置いてるわけないじゃーん。安酒ばっか飲んでると、自己肯定感高まらないよー? 大五郎っていうネーミングもダサいしさぁ、このお酒飲んでる人っておじいちゃんかホームレスじゃん」

「くっ……」


 再び怒りが沸いてきた俺の肩に手を置いたはーちゃんは、首を横に振る。冷静に任務を果たさなければならないのに、徳次郎の言動がいちいち癪に触って仕方がない。


「オレはワインが飲みたい気分だからぁ、ロマネコンティ開けてもいい? キミたちみたいな可愛い女の子は初めてでだから、お酒飲まないと緊張が解けないんだよねぇ」

「ねえ、そのロマネコンティっていうお酒はいくらなの?」

「通常は800万なんだけどぉ、今日は特別だから400万でいいよ!」

「え……そ、そんなに高いんだ。はー子たちはお金持ってないから、そんなに高いお酒は頼めないよ」

「大丈夫! うちの店はツケもできるし、月20万ずつ支払っていけばいいよ」

「もしツケが支払えなかったら……?」

「うーん、そうなったらお金を稼げる仕事を紹介するよ。そこで働けば月100万は固いから楽勝! 最近では海外での仕事も紹介してるし、稼ぎ口はいくらでもあるからさ。ツケたお金はちゃんと支払ってもらわないとねぇ」

「それって……体を売る的な?」

「まぁそんな感じ。難しいことじゃないから誰でも出来るよ。女の子なら普通に働くより体で稼いだほうが楽じゃね?」


 こいつは最低だな。もちろんこの音声も録音している。

 百目鬼さんから聞いた話によると、仕事を紹介するというホストは風俗店と繋がっていることが多いので、紹介したホストにスカウトバックが入るらしい。それだけでなく、売春の斡旋や売春エージェントに女性を紹介してバックを受け取るなど、悪行をおこなっている輩も少なくはない。この徳次郎も同様に、ただのクズだということがわかった。そんな話を聞いて動揺しているはーちゃんだが、気になっていた本題を切り出す。


「徳次郎くんはすごくモテそうだけど、彼女とかいるの? 結婚を約束した相手とか」

「オレの彼女は店に来てくれるお客さんだよ。容姿端麗でモテすぎるオレが1人の女の子に絞れると思う? だから結婚なんて考えるわけないじゃん。あ、でもこの前、勘違いしちゃった女の子が1人いたんだよねぇ。顔は可愛いけどなんか芋っぽい子で、恋愛経験なさそうだったから『結婚しよう』なんて冗談で言ったら本気にしちゃってさ。マジでウケる」

「な、なんでそんな冗談を……」

「そんなの決まってるじゃん。オレのために店に来て、お金を落としてもらうためだよ。ホストってのは恋してもらってなんぼだからさ、結婚をちらつかせれば誰でもイチコロなんだ。この店のホストなら、みーんなやってるよ。テッパンの営業トークだしねー。世間じゃ結婚詐欺だの言うかもしれないけど、勘違いする女の子のほうが悪いってわけ。わかる? あ、でもキミたちはマジで特別。オレ、運命の人見つけちゃったみたい。タイ子ちゃんもはー子ちゃんもマジでタイプだから、本気で結婚したいし養ってあげたい。キミたちが高いお酒を頼んでくれれば、オレはこの店のNo.1になれるしお金もたくさん稼げる。そしたらホスト辞めるからさ、3人で海外に移住しようよ! ね、そうしよう! 絶対楽しいよ!」

「……」


 一方的に捲し立てるヤツの口を今すぐにも封じてやりたい。ヤツの素性を目の当たりにしたはーちゃんは、言葉を失くしてしまった。「もしかしてオレの言葉に感動しちゃった?」と、気色悪い言葉を吐きながらはーちゃんの肩に腕を回そうとしたので、すかさずその腕を払ってやった。


「やぁだ徳次郎くんったら、アタイよりはー子のほうがタイプなのぉ?」

「あたりま……そんなことないよー。タイ子ちゃんって筋肉質でセクシーだけど、ジムとか通ってるの?」

「ううん、毎日鍋を振ってるだけ。最近は自然と筋肉がついちゃってぇ、よく男に間違えられちゃうの。徳次郎くんも鍛えたらどう? ぶよぶよじゃ~ん」

「マジで言ってる? オレのこれは脂肪じゃなくて筋肉なんだよねぇ。ガッチリ系なんだわ」

「へえ。筋肉までブサイクなんだねー、すごぉい!」

「え?」


 筋肉なわけがないだろ、このボンレスハム。

 水分が抜けるまでカリッカリに焼いてやりたい。

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