第57話 河童と美女と季節の素材メシ
「待って! ちょっと待って! はーちゃんってあの“はーちゃん”だよね? 前まで子供の姿だったのに……」
「そうだよ。子供の姿も可愛いけど、今の姿も可愛いでしょ?」
「うん、可愛い。とんでもなく可愛い」
「ふふんっ」
女性の正体は山姥のはーちゃんだった。嬉しそうに鼻を鳴らしたはーちゃんは河合さんの隣に座ると、彼もまた彼女の容姿に釘付けとなっている。
「こんなに可愛い女性が来てくれるなんて思いもしませんでした。はーちゃんはその……妖怪ですよね? 隠してたつもりはないのですが、僕も妖怪でして……」
「知ってる。というか、この店で何度か見かけてたから、プロフィール見てもしかしてあの人かなって思ってたんだけど……やっぱり当たってた。ひろしははーちゃんが妖怪じゃないほうがよかった?」
「いえ! 滅相もございません! むしろ妖怪の女性のほうが好みです」
「そっか、よかった」
嘘をつくんじゃないよ。
この前は若い人間の女の子と付き合いたいなんて言ってたくせに、はーちゃんが可愛いからってあっさりと自分の意思を捻じ曲げるとは。調子のいい河童だ。
話を聞く限り、河合さんの奇妙なプロフィールを見たはーちゃんは、相手が彼だと知っていたようだ。知りながら会ってるということは、はーちゃんは以前から河合さんのことが気になっていたのだろうか。
「ところで今日はなに食べる? いつものデミオムライス? なめろう丼?」
「今日はひろしがいつもの食べているものを食べてみたい。ひろしは好き嫌いないんでしょ? デミオムライス、美味しいよ」
「もちろん、好き嫌いなんてありません! 生魚ときゅうりだけでなく、なんでも食べますよ! せっかくなので僕はデミオムライスにします」
「そ、そう。なめろう丼なら、ちょうど
『……それで!』
「はいよ」
ゴクリと喉を鳴らした2人はなぜか意気が合っている。
河合さんがうちの店でいろんな料理を食べていたのは、やはり好き嫌いを克服するためだったらしい。生魚ときゅうり以外も食べるには食べるのだが、ここではいつも同じものを注文する。それは河合さんに限らず、他のお客も同様だ。俺としては気に入ってくれている料理があるのなら、毎回同じメニューでも構わない。
そんな中、自分の食べたいものを却下してまで女性の好みに合わせようとする河合さんは意外に健気である。
「むむ……本当にはーちゃんなのか?」
「女ってのはこうも変われるもんなんだな」
はーちゃんの顔を覗き込むようにしてまじまじと見つめる龍さんと虎之介。
少し顔を赤くしたはーちゃんは、「邪魔」とぶっきらぼうに言葉を発しながら至近距離にあった2人の顔を押し退けた。
「まったく、女性に対して失礼ですよ。僕のはーちゃんにそれ以上近づかないでください」
「お前のではないだろう」
「早とちりをするでない。ぬしのような恋愛経験皆無の勘違い野郎がストーカーなどという犯罪行為をしてしまうのだ。はーちゃん、変態河童には気を付けるのだぞ」
「犯罪者扱いしないでください。まだなにもしてないじゃないですか」
「“まだ”ってなんだよ。おい、はーちゃん。オレが用心棒になってやろうか?」
喧しく言い争いをする中、はーちゃんはボソっと一言。
「……ふふっ。チヤホヤされるのも悪くない」
まんざらでもないようだ。
失礼なのは重々承知だが、妖怪の姿ではこのようにもてはやされることはないだろう。子供の姿なら可愛がってはもらえるものの、異性から恋愛対象として見られることもないと思う。こんなに可愛い成人女性なら、男共が放っておくはずもない。
虎之介と龍さんは話に夢中なため、1人で料理に集中する俺。
鰆は焼き魚定食として出そうと思っていたが、新鮮で脂がのっているため魚本来の味を楽しめるなめろう丼が最適かもしれない。ついでに、今日のまかないは鰆の刺し身でも出してやろう。
この時期は野菜も美味しい。たくさんの種類を食べるなら、やはり煮込み料理がいい。いつもならデミオムライスのデミグラスソースにはあまり具材を入れないのだが、今日は具沢山でソースも美味しいオムライス。鶏肉、さつまいもレンコン、ごぼう、人参を軽く炒めてから柔らかくなるまで煮込み、特製デミグラスソースを加えれば単品でも美味しいソースの出来上がりだ。
「龍さん、お手伝いをお願いできるかな」
「ハッ! 河童が粗相をしないよう見張っていたせいで本業を忘れておった。任せろ! 」
「河合さんをなんだと思ってるんだよ」
声をかけるとテキパキと料理を運ぶ龍さん。「美味そうだ」と呟きながらも、自分の役目を果たしてくれた。店内にデミグラスソースの甘い香りが漂い、腹の虫を鳴らしたのは虎之介。洗い物を頼むと、デミオムライスの行方を目で追いながら渋々応じてくれた。渋々というか、これはお前の仕事だろう。
「これがデミオムライス……初めての料理ですが美味しそうです」
「そうでしょ? はーちゃんも魚はあまり食べないけど、さとしの好きな料理なら絶対に美味しいと思う」
「はーちゃん……」
「食べよっか」
「はい」
“いただきます”の合図のあと、2人は目の前に置かれた料理を口に運ぶ。「美味しい」と互いに顔を見合わせ、初めて食べる料理に顔をほころばせた。
そんなほんわかした空気の中、龍さんはなにを思ったのか食事中の河合さんとはーちゃんの顔を覗き込む。
「美味いか?」
「ええ、とても。卵の濃厚な味わいとトロトロ感、それにデミグラスソースと野菜の甘味がすごくマッチしていて、チキンライスと食べるとまさに三位一体……!」
「ふむ、よい感想だな。すぺしゃるなオムライスは我もまだ食べたことがない」
「なめろう丼も美味しいよ。鰆は生臭くなくて、滑らかでほのかに甘みがあるんだね。ご飯にも合うし小食のはーちゃんでもおかわりしたいくらい」
「ほう。はーちゃん、おかわりをする前に我に一口くれ」
「ダメだよ、龍さん。お客さんの邪魔をしたらいけません」
「むう」
“あわよくば一口作戦”は最近の常套手段だ。
優しいお客ばかりなので、子供の龍さんが一口欲しいと言えば分け与えてくれる。しかし、お金を支払ってくれるお客のものを従業員に与えるのは教育上よろしくないので、やめるように言っても聞かないのが龍さんである。
しかも、今日は河合さんとはーちゃんの初デートなのだから、邪魔をするのは野暮ってものだ。
「龍さん、まかないで鰆の刺し身を出してあげるから」
「おお! やはり大史は気が利くな!」
「そりゃどうも。河合さん、はーちゃん、ごゆっくり」
腹を空かせている龍さんと虎之介にはまかないを出したので、これでおとなしくしてくれることを祈るばかり。
俺はどうしても河合さんとはーちゃんの様子が気になり、夜営業分の仕込みをしながら2人の会話に聞き耳を立てた。河合さんのことだから、失礼な発言をするのではないかと少し心配だったからだ。
「えっと、はーちゃんはマッチングアプリで他にも男性と会ってるんですか?」
「うん。ひろしの他にもう1人気になる男がいるんだけど、その男とはこの前会ったよ。徳次郎って言うんだけどね」
「そのお相手はおじいちゃんかなにかですか?」
「ううん、若い人間だよ。年齢は27歳で、お店で働いてるんだって。徳次郎はすごく優しくて紳士的で、将来ははーちゃんと結婚したいんだって」
「け、結婚……僕以外の男と……でも、まだ会って間もないんですよね?」
「うん。結婚生活をするにはお金が必要でしょ? そのお金を貯めるために、徳次郎は自分が勤務しているお店に来てお酒を注文して欲しいって言うの。ツケでもいいよって言ってくれたし、はーちゃんも徳次郎の役に立ちたい。だから今度、徳次郎のいるお店に行ってみようと思う。結婚して欲しいって言われたの初めてだったから、なんか嬉しくて……」
「あの……はーちゃん。非常に言いにくいのですが、それは恐らく———」
——— ガタッ
静かにメシを食べていたかと思いきや、勢いよく立ち上がったのが龍さんだった。
「結婚詐欺ほすとだッ!」
「え、ほすと……?」
はーちゃんはきょとんとした顔で龍さんを見つめる。
正直、話を聞いている限り俺もそう思う。ホスト界隈では結婚なんていう嘘の話を持ち出し、店で金を使わせて詐欺行為をする輩がいると聞く。恐らく、はーちゃんも恋愛経験があまりないのだろう。口の上手いホストに騙されて、危うく丸め込まれるところだった。
「はーちゃん、よく考えてみろ。はーちゃんとの結婚資金を貯めるのなら、なぜはーちゃんに金を使わすのだ? 会ってすぐに結婚をちらつかせる男というのは、ほぼ詐欺で間違いない。金を搾り取られる前に、その男とは縁を切るのだな」
「僕も龍さんも言う通りだと思います。詐欺ホストなんて絶対にダメです!」
「そ、そうなのかな……でも悪い人間には思えなくて」
「ホストなんかより、河童のほうがよっぽどいいと思うぞ! 変態であるのは多少致し方ないが、なにより誠実な男だ」
「はわっ、龍さん……!」
味方になってくれた龍さんの言葉にメガネを曇らせる河合さん。
しかしながら、はーちゃんはまだ徳次郎というホストに未練があるようだ。いきなり縁を切れと言われても、心の整理がつかないと思う。はーちゃんには酷かもしれないが、ここは真実を知ってもらい、尚且つ相手を結婚詐欺で捕まえてやりたい気分だが……。
「あっ、いいこと思いついた。潜入調査をしたらどうかな? はーちゃんと俺は変装して店にお客で潜入して、徳次郎の言質を取って真実を暴く。それと、徳次郎と同じように結婚詐欺を働いてるホストを捕まえたいから、ホストの体験入店を装いながら顔が良くて腕っぷしが立つ人に手伝って欲しい。誰がいいかなぁ……虎之介はホストって雰囲気じゃないし」
「それにはオレも同意するぜ」
「ここは僕が行きましょう。虎之介さんに負けなくらい、顔だけはいいですから。なにより、はーちゃんを騙そうとする悪徳ホストに仇討ちをしなければなりません」
「あ、うん。その服は絶対に着てこないでね」
「僕以外にも、もう1人いたほうがいいですかね。あ、この店でたまに見かける銀髪のお兄さんはどうです? 背が高くて美男子で、ちょっと言葉使いが気になるあの人ですよ」
「ああ! 確かに! 見た目はホストといえばホストっぽいし、噂では結構強いらしいからね。よし、連絡してみるよ。少し作戦を考えたいから、実行するのは1週間後にしよう。その間、はーちゃんは徳次郎といつも通りに連絡を取るようにね」
「う、うん。わかった」
「悪人を懲らしめるのか、ワクワクしてきたぞ! 我は店の外で警察と待機しながら、合図で突入したい! 警察24時みたいに!」
「龍さんは警察24時大好きだもんね」
さて、うちは何屋かって?
ただのメシ屋だ。
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