第13話 人と妖、ひと時の逢引き

 今日はアタシにとって特別な日。


 数百年振りのデートで朝から緊張していたけど、お店で美味しいランチを食べたら不思議と気持ちも落ち着いた。大食いなアタシはつい、彼女によく思われたくて小食なフリをしたけど……そんなアタシに『遠慮しないで』と言ってくれた。


 その言葉で、心がすごく軽くなったのよね。


 人間の女の子に一目惚れするなんて、初めてのことだった。

 優しくて素朴で可愛らしい。まさに、アタシが理想とする女の子だった。


 どういう経緯でデートをOKしてくれたのか分からないけど、とにかく今日はアタシという人間、いや、妖怪を知ってもらう絶好の機会。


 このチャンスを、絶対に活かしてみせる……!


「わぁ、お洒落なお店ですね!」

「ここはね、アタシがいつもお洋服を買っているお店なの。てっちゃんは、いつもどこでお洋服を買うの?」

「わたしは服にこだわりがないので、学生時代からの服をずっと着ているんです」

「そうなのね。物持ちがいい子って、物だけじゃなくて周囲の人も大切にできる人なんだと思う。流行に左右されることなく、しっかりと自分軸を持ってるのね。そんなてっちゃんは、すごく素敵だよ」

「そ、そんな褒められることは……えへへ」

「ねぇ、てっちゃん。せっかくだから、てっちゃんに似合いそうなお洋服、アタシが選んでもいい?」

「もちろんです! よろしくお願いします!」


 店内を物色していると、小花柄が可愛いワンピースが目に留まる。

 紺地に白や黄色、淡いピンクの小花が散らされ、ノーカラーでロング丈、ふわっとしたボリューム感のある袖が、華奢な彼女にピッタリだと思った。


 試着を促して待っている間、小物棚に並んでいたシルバーのヘアクリップを手に取る。大きなフラワーモチーフで、付けるだけで一気に華やかになる。普段はおさげ姿だけど、こういうヘアアクセサリーも彼女にきっと似合うはず。


 1人でニヤニヤしていると、試着室のカーテンがサッと開いた。


「あ、あの、どうでしょう……? わたし、こういう服は初めてなので、自分では似合ってるのかどうか分からないんですけど」

「え、待って。超可愛いんだけど! 普段のカジュアルな服装もいいけど、女の子らしいワンピースもすっごく似合ってるよ!」

「玉藻さんがそう言うのなら……」

「そのワンピース、アタシにプレゼントさせてくれない?」

「えっ。そんな悪いですよ……!」

「ううん。今日、付き合ってくれたお礼よ。もしよければ……次のデートで着て来て欲しいな。なんちゃって」

「も、もちろんです! 喜んで着させていただきます!」


 満面の笑みで応えてくれた彼女は、嬉しそうに鏡に映った自分を眺めた。

 その笑顔が見れただけで、もう大満足。それに、次のデートの約束もちゃっかり取り付け、今日のミッションはほぼ完了したようなもの。


 よくやった、アタシ!


  歓喜で叫びたい気持ちを必死に押さえながら、スマートに会計を済ませた。もちろん、先ほど眺めていたヘアクリップも一緒に。


 ショッピングバッグを抱えて次に向かったのは、アタシが勤務するネイルサロン。

 同僚には事前に行くことを知らせていたけど、女の子を連れて来たアタシに驚きを隠せないようだった。


「ちょ、玉ちゃん! その子……もしかして彼女?」

「やだ、もう! か、彼女だなんて、そんなんじゃないわよ……今はね」


 チラッとてっちゃんのほうを見ると、アタシたちの会話は聞いていなかったようで、物珍しそうにネイルのサンプル表を眺めていた。思わず口走ってしまったけど、できれば聞いていて欲しかったかな。


「さあ、てっちゃん座って。今日はアタシに全部任せてね」

「よ、よろしくお願いします! ネイルとやらも初めてで、とても緊張しておりますっ。マニキュアとは違うんですか?」

「今から施術するのは、ジェルネイルってやつよ。マニキュアと違って持ちもいいし、ツヤ感とぷっくりした見た目が可愛いの。派手過ぎないように、てっちゃんに似合うカラーで施術するから安心してね」

「はい! もちろんすべてお任せします!」


 至近距離で、向き合う形のアタシとてっちゃん。

 彼女の小さい手を取り、柔らかい感触に息を飲む。


 爪の形と表面を整え、ジェルを塗っては硬化を繰り返す。施術中は他愛のない話をしながらも、アタシの心臓はバックバク。いつも女性客を相手にしていてもまったく緊張しないのに、これが恋の難儀なところね。彼女の声や息遣いが至近距離で感じられるのだから、どうかしないほうがおかしいわ。


「はい、出来たわ。肌馴染みのいいピンクベージュをベースに、先端にシルバーのミラーパウダーでキラキラさせてみたの。どうかしら?」

「すっごく可愛いです! なんだか、わたしの手じゃないみたい。眺めているだけで気分が上がりますね!」

「そうでしょ? 可愛いネイルをしているだけで、自己肯定感が上がるのよね。気持ちも明るくなるし、何事も頑張ろうって思えるの。自分を労わると、心身共にいい影響を与えてくれるからね」

「なるほど……勉強になります! 自分を労わるなんて、今まで考えもしなかったです。だけど、玉藻さんの言葉がすごく身に沁みました。玉藻さんは、私にとって人生の先輩です!」

「そ、そんなたいしたことないのよ、アタシなんて。でも、てっちゃんが喜んでくれて本当によかった」


 彼女を見てるだけで心が弾む。

 人間の女の子に、ましてや1000歳年の差があるのに恋仲になりたいなんて。

 アタシってば、図々しいわよね。


「座りっぱなしで疲れたでしょ? カフェでも行こっか」

「いいですね、行きましょう!」


 ネイルサロンの斜め向かいにある3階建てビルの2階に、最近オープンしたばかりのカフェがある。ナチュラルテイストな内装デザインで、大きな窓からは街並みが見下ろせる。以前に同僚と訪れた時は、ブルーベリーとヨーグルトのスムージーを注文した。


「こういうところはさ、デートで来たいよね」


 落ち着く空間で好きな人と向かい合い、気の済むまでお喋りなんて憧れるじゃない。あの時は同僚の話に「うん、うん」と頷いていたっけ。憧れだったシチュエーションが実現しているなんて、今でもちょっと信じられない。


「メニューがたくさんありますね! どれを注文したらいいのか……」

「こういうのはね、直感で選んだほうがいいのよ。アタシのおすすめは、ブルーベリーとヨーグルトのスムージーかな」

「じゃあ、それで!」

「いいの? 好きなの頼めばいいのに」

「いいんです。玉藻さんがおすすめするなら、ぜひ試してみたいので!」

「そ、そっか。」


 彼女はきっと無意識なのだろうけど、こういう優しさが嬉しい。 


「ご注文はお決まりですか?」

「あ、はい! ブルーベリーとヨーグルトのスムージーを2つお願いします!」


 テーブルに運ばれた淡い紫色のスムージーを、キラキラとした目で見つめるてっちゃん。そして、そんなてっちゃんを眺めるアタシ。傍から見れば、おかしな構図よね。


「てっちゃんは人間の男性が恋愛対象だって言ってたじゃない? どんな人がタイプなの?」

「うーん、そう言われると自分でもよく分からないんです。なんせ、今までそういった男女のお付き合いはしたことがありませんから……。でも、玉藻さんと今日過ごしてみて、妖怪さんも人と変わらないんだなって思いました。むしろ、玉藻さんは人間よりもすごく紳士的で優しくて、一緒に過ごす時間が心地よく感じました」

「……や、やだ~、てっちゃんったら。お世辞なんていいのよ」

「お世辞じゃないです! 玉藻さんは、本当に素敵な方です。ただ、わたしは恋というものや、誰かを好きになるという感情を経験したことがないので、玉藻さんのお気持ちに答えられるかどうか……」

「じゃあ、これはどう?」


 テーブルの上にあったてっちゃんの手を、ぎゅっと握ってみた。我ながら大胆なことしてるという自覚はありつつ、どうしても確かめたかった。


「手を握られて、不快だったりする?」

「え……いえ、全然不快じゃないです。なんだか、心臓の鼓動が速くなっているような……。その、ちょっと恥ずかしいですね」


 顔を赤らめた彼女に動揺し、重ねた手をパッと離す。

 そんなアタシも、自分がやった行為に恥ずかしくなり思わず咳払いをした。


「んんっ……そ、それならよかった。いきなり触ってごめんね。えっと……難しいことは考えずに、アタシには気楽に接して欲しいの。恋愛とかそういうのは抜きにして、またてっちゃんとこういう風に遊びたい。ど、どうかな?」

「玉藻さん……玉藻さんがそう言ってくださるなら、ぜひ!」


 こうやって笑顔を向けてくれるなら、アタシは今のままでもいい。思うような関係になれなくたって、同じ時間を一緒に共有できるなら、なんだっていい。


 いつかその時が来るまで、アタシはいつだって彼女を待ってる。


「——— そろそろ、帰ろっか」

 

 カフェを出るとすっかり日は落ちて、街灯がちらほらと点き始めていた。

 彼女の趣味の小説のことや家のこと、いろんな話をしてつい時間を忘れてしまっていたけど、2時間は居座っていたみたい。


「もしかして、これから夕飯の準備? お父さんが家で待っているのに、遅くなっちゃってごめんね」

「いえ、大丈夫です! 父には遅くなると伝えてありますし、うちに居候しているヤマさんも料理はできますから」

「ヤマさん……あの陰キャね。ところで、そのヤマさんとは……お友達なのよね?」

「はい、ただのお友達です!」

「そ、そっか」


 すっかり忘れていたけど、てっちゃんの家にはあの陰キャがいたんだわ。

 彼女がお友達と言うのなら、そういうことにしておきましょ。


「あ、あの、玉藻さん。実はお願いがあるんですけど……」

「ん?なぁに?」

「えと……しっ、しっ……尻尾しっぽを触らせてはいただけないでしょうか!」

「アタシの尻尾?」

「はい! む、無理にとは言いません! できればでいいので……」

「そ、そんなの、そなのって……」

「玉藻さん?」


「大歓迎よ! 今までも誰にも触らせたことなかったんだけど、てっちゃんにだけ特別ね!」

「わあ、ほんとですか!? ありがとうございますっ!」


 周囲に人がいないことを確認して、もふっと背後から尻尾を覗かせた。彼女は興味津々にそれを眺めたあと、優しいタッチで撫で始める。


「はわわ……これが狐さんの尻尾! ふわふわもふもふで手触り最高です! 毛並みも絹のように綺麗ですし、つやつやしてますね」

「う、うん。ありがとう。この日のために全身トリートメントしてきたから……そんなに優しく触られると、なんだか恥ずかしい」

「はぁ……持って帰りたい」

「え?」

「い、いえ、なんでもないです」

「アタシの尻尾が触りたかったら、いつでも連絡してね? 連絡くれれば、いつでも飛んで行くから!」

「そ、そんなご迷惑じゃ……いいんですか?」

「もちろん」


 これを口実に彼女に会えるなら、迷惑だなんてこれっぽっちも思わないわ。

 役得ってやつね。


 尻尾を触って満足した彼女は、律儀に頭を下げてお礼を言ってくれた。


「あ、そういえば。もうすぐ桜の季節ですね。この近くの公園は夜桜がすごく綺麗なんですけど、行ったことあります? 私は昼間にしか見に行ったことがなくて……」

「ふふっ。行きたいの?」

「え、えっと……その、ご迷惑でなければ一緒に……」

「いいよ、一緒に行こう」

「ほ、ほんとですか? ワンピースを、玉藻さんからいただいたワンピースを着てきます……!」

「うん。楽しみにしてるね」


 彼女からこんなことを言ってくれるなんて、思いもしなかった。

 ポーカーフェイスを気取っていたけど、本当はものすごく嬉しい。大声で叫びたいくらい嬉しい。心の中でガッツポーズをして、爆発しそうな感情を必死で抑えた。


 すると突然、彼女はアタシの服に手を伸ばす。


「あ、服にゴミがついてますよ」

「え?」


 彼女をそれを指でつまむと、目にも止まらぬ速さでハンカチに包み、そのままポケットにしまい込んだ。


「それ、ゴミなんだよね……?なんでハンカチに」

「いえ、ゴミじゃありませんでした! お気になさらず!」

「そ、そう……ふふっ」


 それ以上、追求するのはやめた。

 なんせてっちゃんは、嘘をつくのが下手だから。


 さっきまでこの日が終わるのが寂しいと思っていたのに、彼女の突飛な行動が可笑しすぎて、お腹を抱えて笑ってしまった。

 

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