第12話 健気な純情派
先日、てっちゃんをデートに誘う宣言をした玉藻さんだったが、自分から誘うのはどうしても恥ずかしいと言うので、俺が言伝を預かった。寺には徒歩で行ける距離なので、仕込みの合間に出向くことにした。
荘厳な佇まいの寺は、建立して500年以上もの歴史がある。寺の境内にはブランコや滑り台などがあり、小さい頃は俺の遊び場だった。しかし、忙しい祖父母を誘うことはできず、いつも1人きり。時間のある時は才雲さんも一緒に遊んでくれて、懐かしい思い出が詰まった場所なのだ。
そんな境内の遊具を眺めていると、背後から声をかけれる。
「大史さん、こんにちは!」
「あ、てっちゃん。こんにちは。突然ごめんね。実は今日、てっちゃんに話があって」
「わたしですか?」
「うん。その、デートのお誘いを……」
「ご、ごめんなさい!」
「え、ちょっと待って。なんか俺がフラれたみたいになってるけど、俺じゃないんだ。それにしても速攻で断られると、さすがにグサッとくるね……」
「すみません……」
「いや、いいんだ。気にしないで。前に店に来てた玉藻さんって覚えてる? 彼がてっちゃんをデートに誘いたいらしいんだ。デートっていっても、そんなにかしこまった感じじゃなくて、買い物に行ったりお茶したり。玉藻さんはネイリストをやっていて、もし興味があればネイルもやってくれるらしいけど……。嫌なら全然いいんだ、断ってもらっても」
「行きたいです!」
「……え?」
妖怪相手なら絶対に断るだろうと思ってたのに、意外すぎる返事であっけに取られる。てっちゃんもやはり年頃の女の子だ。たとえ相手が妖怪でも、男女の恋愛には少なからず興味があるのだろう。
「えっと……玉藻さんの尻尾、もふもふさせてもらえますかね?」
「あ、そういう……」
前言撤回しようかな。
やっぱりてっちゃんはてっちゃんだった。
我が道を貫く姿勢、探求心。さすがだね。
「頼めば触らせてもらえると思うよ。ていうか、むしろ喜ぶと思う」
「ほんとですか!? 狐の妖怪さんの尻尾を触れるなんて、夢のようです! もし抜け毛を見つけたら、こっそり持ち帰ります」
「そ、そっか。抜け毛、見つかるといいね」
無事にOKの返事をもらったので、玉藻さんに連絡すをるとハイテンションで喜んでいた。それぞれ目的が異なるデートは、果たしてうまくいくのだろうか。
約束の日。
昼に店で待ち合わせすることになり、玉藻さんは緊張のせいか約束の30分前には到着していた。いつもに増してお洒落に着飾り、気合いが入っているようだ。
「ねぇ、虎ちゃん! 今日のアタシ、変じゃない? この日のためにネイルも可愛くしてみたんだけど、ちょっと張り切りすぎたかな?」
「あー、お洒落ってのはよくわからんが、いいんじゃないか。いつもより男前……いや、個性的だと思うぞ」
「やだもう、虎ちゃんってば! アタシに惚れても先客がいるからダメよ?」
「安心しろ。あんたには微塵も興味がねぇ」
そんなやり取りをしていると、これまた個性的な格好をしたてっちゃんが店にやってきた。クマのイラストが描かれた赤いトレーナーを着用し、野暮ったいグリーン系のロングスカートに、足元はジョギングにピッタリなランニングシューズ。
うーん。若干の
「玉藻さん! 本日はよろしくお願いします!」
「はわっ……て、てっちゃん、その格好……流行を逆手に取った超上級者コーデ! 可愛いすぎる!」
「えへへ。そ、そうですか? この服、高校生の頃におばあちゃんに買ってもらった一張羅なんです」
「お、おばあちゃんっ子……! そんな大切な思い出の服をアタシとのデートに着てくれるなんて……感激して涙が出ちゃう」
俺は女性のファッション関してはまったく知識がない。玉藻さんがお洒落だと言うのなら、きっとお洒落なのだろう。……ほんとにそう思ってる?
「そういえば最近、ランチ限定メニューを出してるんだ。『大人のお子様ランチ』っていうんだけど、女性客にも結構人気だよ。よかったら食べてく?」
「はい! ぜひ食べたいです。玉藻さんは?」
「じゃあ、アタシも。えっと……普通盛りで」
「遠慮しなくていいんですよ。玉藻さん、本当は食べるのが好きなんですよね? 今日は気を遣わないでください。わたしは素の玉藻さんと仲良くなりたいんです」
「あぁ……目の前に天使がいる。じゃあ、アタシには倍盛りを」
「はいよ。少々お待ちを」
好きな人によく思われたいという気持ちも分かる。
玉藻さんはこう見えても健気で純情派。
意外と、てっちゃんとの相性はいいのかもしれない。
仲良く食事を済ませた2人は店を出て、初めてのデートへ向かった。
「……おい、大史。女と会うだけなのに、なんであんなに気合いを入れるんだ?」
「虎之介はデートってやつを経験したことがないのか? そりゃ、好きな女の子にはよく思われたいだろ。片思いなら尚更だ。粗相があったら嫌われるかもしれないっていう、繊細な乙女心だよ。玉藻さん、心は乙女以上に乙女だから。まぁ、虎之介はモテるしチヤホヤされるし、想って欲しい恋心なんてわからないだろうなぁ」
「別にモテたっていいことなんてねぇよ。煩わしいだけだ。恋とかいう面倒なモンには巻き込まれたくない」
「ぐぬぬ……お前ってヤツは」
恋愛に興味がないのなら仕方がない。あれこれ言っても経験しないと分からないものだ。前にチラッと女性に対する過去のトラウマを聞いたが、きっと今でも引きずっているのだと思う。いつか本当のところを聞いてみたいものだ。
——— ガラガラ
実りのない話をしていると、店に顔を出したのはてっちゃんの父である才雲さんだった。
「いらっしゃい。あ、てっちゃんなら……」
「知ってるよ。狐の妖怪とデートなんだろう? ウキウキしながら家を出て行ったよ。おかげでうちの
「こりゃ重症だな」
「妖怪に好かれるとはなんの因果かねぇ。親としては人間の男性といい仲になって欲しいものだが……鉄子の人生は鉄子が決めることだ。本人が妖怪相手でいいというのなら、私は文句を言わないよ」
「さすが才雲さん。心が広いですね。でも、まだお付き合いするって決まったわけじゃないので、あまり思いつめないように……」
「ははっ。ご心配ありがとう。今日はなにを頼もうかな……あ、エビチリとチャーハンをお願いするよ。あと瓶ビールもね」
「昼間からビールなんて大丈夫ですか?」
「今日は予定もないからね。それに、今は飲みたい気分なんだ」
「才雲さんがそう言うのなら」
才雲さんは味の濃い中華料理を好む。家族の健康を気遣うてっちゃんは、いつも薄味で塩分控えめの料理を出しているという。娘の料理は美味しいと絶賛する才雲さんだが、外食の時はつい味付けの濃い料理に目が行ってしまうようだ。
昼間からグラスを傾ける才雲さんからは哀愁が漂い、寂しさを滲ませていた。きっと、酒で紛らわしたかったのだろう。
俺にもし娘がいて才雲さんと同じ立場なら……泣きながらデートに行くのを阻止するだろう。どうしても行くというのなら、きっと一緒についていく。
「それにしてもあの蛇野郎、また洞窟に引きこもりそうだな」
「うむ……ここは恋愛のプロにでも相談してみるか」
うちの常連客には、恋愛や人生相談のプロがいる。
あの人なら、きっとヤマさんの救いになってくれる!はず。
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