第11話 日替わり大人のお子様ランチ
最近は昼営業が忙しすぎて、お客さんを待たせてしまうこともしばしば。
やはり、1人ですべての料理をこなすのは少々無理がある。虎之介も手伝ってはくれるのだが、ホールの仕事は目配りが肝心であり、できればそちらに集中させてあげたい。
そんな中、思いついたのが『ランチ限定メニュー』だ。他の飲食店ではランチセットなど、昼限定メニューを用意しているが、うちにそのようなものはなかった。祖父母はお客さんが食べたいものを出してあげたい、という思いから、通しで全メニューを提供していたのだ。
ランチ限定メニューなら、日替わりであってもあらかじめ仕込んでいた材料を調理し、盛り付けるだけ。調理時間を短縮できるし、さらに回転率も上がる。もちろん、通常メニューも注文可能だ。ほんの少しの時間でも、調理に余裕ができればと思ったのだ。
そこで、新メニューの考案&試食会をおこなうことになった。
この日招いたのは、サラリーマンをやっている河童の河合さんと、高級クラブで夜の蝶として働く女郎蜘蛛の玲子さん。この2人は夜だけでなく、昼の営業時間にもよく来てくれている。
玲子さん曰く、二日酔いにはから揚げの肉汁が効くらしい。
「ここではたまに見かけてたけど、話すのは初めてだよね? あたしは玲子。イケメンくんのお名前は?」
「初めまして。絶世のイケメンこと、河合です」
「え、なにコイツ……お世辞のつもりだったけど、ずいぶんと自己評価が高いんだねーウケる」
「ええ。この店のおかげで僕は自分に自信がつきましたから。あなたも、ずいぶんとお化粧が濃いですね」
「……は?」
「僕は生まれて300年ほどですが……あなたは僕より年上のようだ。地の顔が出ないように厚塗りするのも、相当な技術がないと成しえない技。匠の域ですね。尊敬します。それは時間が経つと、干からびたりしないのでしょうか? 僕なんかは、たまに水分補給が必要となりますが」
「……おい、てめぇコラ」
「ちょ、ちょっとタンマ! 玲子さん、違うんだ。河合さんは悪気があって言ってるんじゃなくて、これがナチュラルなんだ」
「それもそれでタチが悪っ! すました顔しやがって……こっちはてめぇの頭に乗ってるヤツもフェイクだって知ってんだよ!」
「いやいや、あなたの顔もフェイクですよね? はぁ……僕、女妖怪って苦手なんですよね。喧嘩っ早いし、乱暴でうるさいし」
「……おい、河童。頭を貸しな。てめぇの髪、全部むしってやんよ……!!」
玲子さんが河合さんに掴みかかろうとしたところで、すかさず虎之介が止めに入る。振り上げた玲子さんの腕を掴み、片方では河合さんの頭を鷲掴みにした。
「虎之介、河合さんのソレはセンシティブだからソフトタッチで頼む」
「お前ら、ここはメシ屋だ。万が一騒ぎを起こしたら、用心棒のオレがタダじゃおかねぇ。オレ様を誰だと思ってやがる」
「アヒュッ……」
ビリビリとする威圧に圧倒され、たちまちに2人はおとなしくなった。
さすが鬼。妖怪に恐れられる妖怪なんて、虎之介くらいだろう。
しかしこの2人、相性が悪すぎる。
「とりあえず、本題に入るね。実は新しくランチメニューを考案したくて、意見をもらいたいんだ。最近は女性客も多いし、一皿に複数のおかずを盛り付けたワンプレートランチなんてどうかなって思うんだけど……」
「いいんじゃない? 見栄えもするし、女子はそういうの好きだよねー。そこにから揚げさえ乗ってれば注文するかも」
「ワンプレートなら、時間のないサラリーマンも食べやすくていいと思います。本当はそこにきゅうりや生魚があると一番いいんですが……」
「なるほど。それなら、魚介のマリネがいいかもしれない。メインの肉料理には、から揚げやハンバーグ、ステーキ類……。サイドにはサラダやキッシュ、小盛りのパスタもいいかもしれないな。ライスは白米よりも、ピラフやチキンライスのほうが見栄えがいいし冷凍もできる」
「なんかそれって、アレみたいだね」
「アレ?」
「うん。お子様ランチ」
「ハッ……それだ! 大人のお子様ランチ! 玲子さんありがとう。これから試作を作るから、ちょっと待っててくれるかな?」
「おっけー」
「もちろんです」
幼い頃を思い出した。
たまに連れていってもらった外食では、よくお子様ランチを注文していた。1つの皿に色とりどりの料理が並び、山型に盛られたチキンライスには小さな国旗が立てられていた。どうやって遊ぶのか分からない簡易的なおもちゃが付き、それすらもワクワクする材料となる。
大人になった今では、すっかりその気持ちを忘れていたが、ワクワクする感情こそ最高のスパイスとなる。この店に来てくれるお客さんなら、きっと喜んでくれるに違いない。
一皿に乗せるおかずは日替わりのほうが楽しいはず。
今ある材料で出来るものは……。
「あの、玲子さん。先ほどは失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」
「えっ。いや、こちらこそ……乱暴な言葉を使っちゃってごめん」
「僕はあまり人付き合いが上手ではありません。なので、他人をよく怒らせてしまいます。玲子さんは夜のお仕事をされていると伺いましたが、どうすれば他人とうまく関われるのでしょうか」
「うーん。まぁ、あたしは昔から
「なるほど……確かに、僕には思いやりという精神が欠けていました。今後は玲子さんのアドバイスを元に精進します……! 見かけによらず、すごくちゃんとした人で安心しましたよ」
「最後の一言は余計だけど、頑張りな」
「はい! ……あ、なんだかすごくいい匂いがしてきた」
俺の心配は杞憂に終わった。
河合さんは素直な性格だし、玲子さんも意外と面倒見がいい。人間社会で生きていくということは、人同士の繋がりを持たなければいけない。この世界に生きる妖怪同士ならば、尚更コミュニティは大切にしていくべきだ。と、思った。
「お待たせ! 特製大人のお子様ランチだ。今日のメインはから揚げとミニハンバーグ。シーフードピラフとペペロンチーノに、小皿にはサーモンのマリネ、ミニグラタン、サラダも添えてある」
「すっご! 超豪華じゃん」
「これがワンプレートランチというものですか。見た目も楽しくて美味しそうです」
「だろ? 大人にも子供の頃のようなワクワク感が必要だと思ったんだ。さあ、食べてみてよ」
いつもから揚げしか食べない玲子さんは、目の前の料理を一品ずつ味わいながら笑みをこぼした。うちはから揚げだけじゃないってことを知ってもらえたようで、一安心。河合さんも肉類は一切食べないのだが、この日は目新しい料理に驚きつつも、夢中になって食べてくれた。
「確かに見た目は美味そうだが、オレには量が少なすぎる……」
「倍盛りもできるぞ。妖怪は大食いが多いから、その辺は安心してくれ。まかないってことで、虎之介も食べるか?」
「食べる!」
ワンプレートの料理というのは、盛り付けの見た目が大切だ。
しかし、虎之介用に倍盛りとなったワンプレートはもはや山。お洒落さなど皆無だが、目を輝かせながら食べる姿を見て、なぜだか満足した。
「あたし、今度からワンプレートランチを注文しよっかな! から揚げは夜に食べればいいいし、いろんな料理が味わえるのって、なんか楽しい」
「僕はなめろう丼も外せないので、交互に注文することにします」
「ありがとう。もちろん、強制はしないから好きに頼んでくれ」
「今日は初めてから揚げというものを食べましたが、玲子さんがから揚げ中毒になるのも納得です」
「そうでしょ? ここの店のから揚げにハマっちゃうと、他では食べられなくなっちゃうから」
「でも、肉食ばかりだと短気な性格は直りませんよ。僕のように魚中心の食生活に変えると、冷静に頭も働きますし、物事を合理的に判断できます。今の性格のままじゃ敵を作るばかりですから、改善したほうがいいですね」
「あははー。その言葉、そっくりそのまま返してやんよ」
10対0で河合さんが悪い。
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