第10話 不毛な争いのすえ

 挙動不審な玉藻さんをてっちゃんは不思議そうに見つめる。


「えっと、そちらの方は?」

「あー、紹介するよ。お客さんで来てくれてる玉藻さんだ。一応、妖怪。」

「あっ。は、はじ、はじ……たま、た、た……」

「ごめん、ちょっと緊張してるみたいだ」

「わぁ、妖怪さんなんですね! 初めまして、私は鉄子といいます! てっちゃんとお呼びください!」

「はうっ……い、意外と人懐っこい……そのギャップがいい」


 俺はあんたのギャップに驚いてるよ。

 まさか、てっちゃんのような女の子が好みだったとは知らなかった。


「おい、早くメシ食わねぇと冷めちまうだろ」

「ハッ、そうだったわね……」

「わぁ、すごい量ですね! これ、お1人で食べちゃうんですか?」

「こ、これは……アタシ、本当は小食なんだけどね、間違えて作っちゃったみたいで……仕方なく食べるところなの。こんな量、食べきれるかしら……」

「嘘をつくんじゃねぇよ。毎回きれいに食べきってるだろ」

「だまっらっしゃい!」


「たくさん食べる人、素敵です! 頑張ってくださいね」

「す、素敵? ……うん、頑張る。アタシ、頑張るね!」


 一体、俺たちはなにを見せられているのだろうか。

 てっちゃんをチラチラと気にしながら、おちょぼ口で食べる玉藻さんは見ていられない。いつもは大きな口で豪快に食べてるくせに、一目惚れとは恐ろしいものだ。


 すると、再び店の戸が開く。焦った顔で店に入ってきたのは、てっちゃんの実家で修業をしている八岐大蛇こと、ヤマさんだった。


「あ、てっちゃん! やっぱり1人でここに来てたんだね。夜道は危ないから、ボクも一緒に着いていくって言ったのに」

「ヤマさん。近いので1人で大丈夫ですよ!」

「もう、お師匠様も心配してたよ」

「あはは、ごめんなさい」


 次の瞬間。

 凄まじい覇気を背後から感じ、そちらを振り向くと、鬼の形相となった玉藻さんがヤマさんを睨んでいた。なにやら面倒なことになりそうな気がする。


 そんな中、うちの「鬼」ときたら、食べかけの玉藻さんの料理をじっと見つめながら、時折俺に目で合図を送っていた。それはまさしく、「食っていいか?」と飼い主に伺いを立てる犬のようだった。ダメに決まってるだろ。


 虎之介、ハウス!


 そして、いつの間にかヤマさんの目の前に仁王立ちしていた玉藻さん。

 おっと、これはヤバいぞ。


「ちょっとアンタ。てっちゃんとどういう関係なわけ?」

「どういうって……寝食を共にする関係であり、ボクの許嫁です」


「違います」


「あら、妄想ってこと? 彼女も否定しるじゃない。ずいぶんと痛々しいわね。それにこの湿っぽい匂い……まさか、アンタ八岐大蛇? 洞窟暮らしの陰キャが、人間社会で暮らしていけるわけがないし、どうせ居候の分際なんでしょ。アタシはね、てっちゃんと相思相愛の中。ビビビッと来ちゃったんだから、もう結婚するしかないの」


「それも困りますね」


「言わせておけば……! てっちゃんを困らせるな! ボクだってお前の噂くらい知っているぞ、狐め! 夜な夜なクラブで踊り明かし、カラフルな酒ばかり飲んでいるパリピ野郎! 生粋の遊び人で貞操観念もなく、どんな病気を持ってるか分からない。てっちゃん、病気持ちのパリピ狐に近づいたらダメだよ! エキノコックスとかうつされちゃう!」

「そんな噂はまったくもって事実無根よ! っていうか、クラブに行くくらいいいじゃない! アタシはね、1000年もの間、純潔を守ってきたんだから病気持ちなわけないでしょ。それに毎年予防接種を受けてるんだから、エキノコックスになんか感染しないわよ! その辺の狐と一緒にしないでちょうだい。まったく、これだから妄想の激しい陰キャな蛇って嫌いなのよね~」

「な、なんだとぉ……!」


「はい、そこまでー」


 これ以上、不毛な争いは見てられない。

 てっちゃんも困ってるし、虎之介は腹が減り過ぎて限界に近い。


「この場を収められるのは、てっちゃんしかいない。どうかこの2人を止めてくれないだろうか」

「えっと……わたしは、お付き合いするなら人間の男性がいいです!ごめんなさい」

「はっ! デ、デジャヴ……」

「え……このアタシが、フラれた……?」


「そういうことなんで、今日はもうお開きにしましょ。ちょうど閉店時間になったし、はい解散!」


「あ、えっと、日を改めてまた食べに来ますね。ヤマさん、帰りましょう」

「……ボク、二度もフラれた……」


 しょんぼりするヤマさんを連れて帰ったてっちゃん。

 そんな様子を眺めていた玉藻さんは、力が抜けたように椅子にもたれかかった。


「本当に一緒に住んでいるなんて、アタシじゃ敵わないわ。それに、妖怪は恋愛対象外だなんて酷いこと言うのね……。でも、やっぱり簡単には諦められない。だって数百年振りに胸が高鳴ったんだもの! あの土臭い陰キャにだけは負けたくない。アタシのほうが美しいし、いい男! 大史ちゃんだって、そう思うでしょ!?」

「うーん、まぁ。見た目勝負だと、圧倒的に玉藻さんだとは思うけど……」

「でしょうね」

「もっと玉藻さん自身をアピールしたらどう? てっちゃんはお洒落に興味なさそうだから、一緒に買い物に行くとか、ネイルしてあげるとか……得意分野でリードしつつ、気を引く作戦。妖怪は恋愛対象外っていう考えも覆るかもよ」

「あらやだ! それ、超いい作戦! こうなったら、しっかりプランを練り込んで、てっちゃんをデートに誘ってみる! 虎ちゃん、この料理お持ち帰りするから、詰めてくれるかしら?」

「えっ。も、持ち帰るのか?」

「当たり前でしょ。アタシが料理を残すわけないじゃない」

「そ、そうか……承知した」


 なぜ俺は玉藻さんの肩を持ってしまったのか。この場を収めるためには、いい気分にさせて帰ってもらうことが先決だったからだ。結果的に、てっちゃんを巻き込んでしまうことになるが、それは申し訳なく思う。本当に。


 それにしても、モテモテなてっちゃんが羨ましい。虎之介も女性客からクソほど人気でモテているというのに、俺ときたら……。


 恋って、いいよなぁ。

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