第37話 鬼たちとトッピングカレー

 突然やってきた男たちはテーブル席に着くと、壁に掛けれているメニュー表をキョロキョロと見回す。先ほどまでの威勢はなく、まるで借りてきた猫のようだ。


「こないにメニューあったらなにを頼んでいいか分からへん……。おい、銀。昨日の晩メシなんやったっけ」

「えーっと、カレー風味の水でしたね」

「せやった……生の野菜がゴロゴロ入った黄色い水やったな。出されたもんをなにも考えんと食べとるせいで、最近昨日のメシも思い出されへん」

「じゃあ、カレー頼みましょ! 美味いカレーが食いたいっス。あねさんの料理はお世辞にも上手とは言えないんで……」

「おいコラ! 雪子に聞こえたらどうすんねん! あいつは100キロ先まで聞こえる地獄耳やさかい、発言に気いつけんかい!」

「す、すいません」


 話を聞く限り、どうやら雪子さんという人はデコ助さんの奥さんで料理が得意ではないらしい。そんな奥さんは恐らく妖怪だろう。なんせ、とんでもない地獄耳を持っているのだから。

 

 嵐のようにやって来たこの2人には、先ほどのお礼も兼ねてちょっとサービスしてあげたい。


「カレーなら好きな物トッピングできますよ。カツやエビフライ、ハンバーグ、から揚げ、目玉焼き、チーズとか……さっきのお礼にサービスします」

「な、なんやて! 別にたいしたことしてへんけど……ええんか?」

「じゃあ、全部乗せできます?」

「今日は特別ですから、いいですよ」

「よっしゃー! デコ助兄貴、やりましたね!」

「誰がデコ助じゃアホんだら。すまんな、あんちゃん。ほな、ワシもカレーの全部乗せ頼むわ」

「かしこまりました、デコ助さん」

「いや、あのな、ワシの名前は万次丸まんじまるや。あのハゲが変なあだ名で呼んだばかりに……」


「ハゲてねぇって言ってるだろ。お前は自分の頭皮の心配をしろデコ助」

「その呼び名で呼ぶんやったら『さん』をつけんかいッ!」

「お前こそ『さん』をつけやがれ。オレのほうが年長者だ」

「ハゲさん」

「チッ」


「もう! 久々に会ったんですから、仲良くしましょうよー」


 銀之丞くんが仲裁に入りながらも、再びガンを飛ばし合う虎之介と万次丸さん。

 治安が悪いなぁ。


 なんだかんだで仲が良さそうなので、ここは虎之介に任せて注文料理に取り掛かることにした。カレーは昼営業によく出る定番メニューなので、この日もあらかじめ仕込んでおいた。スパイスから調合するのはさすがに時間がかかってしまうので、うちのカレーはカレー粉と薄力粉、牛乳を使った昔ながらの黄色いルウが特徴だ。じゃがいも、人参、玉ねぎ、豚バラといった定番の具材が入り、お好みでトッピングも可能。カレーはすぐに提供できるので、サラリーマン人気No.1メニューでもある。


 トッピングの準備をする中、カウンター席に座っていた龍さんと玲子さんは、大男2人の相手に疲れた銀之丞くんを手招きし、隣に座るよう促した。


「ど、どうもっス」

「うむ。ぬしらは虎とどのような関係なのだ? 妖怪なのだろう?」

「えっ! な、なんで自分たちの正体を……何者っスか、この子供」

「この子は妖怪の存在を知ってるだけの、ただの子供だよ。そんなあたしも妖怪。よろしくね、銀ちゃん」

「う、うっス。変わった子供もいるもんだ……。えっと、自分たちは虎の兄貴の昔馴染みなんスよ。もう何百年も前になるんスけど、隠れ里にいた頃はよく3人でつるんでました。ちなみに自分は茨木童子いばらきどうじ、万次丸の兄貴も金熊童子かねくまどうじっていう鬼なんスよ。虎の兄貴は自分たちのおかしらでした」


 そういえば、虎之介から過去の話は聞いたことがなかった。興味がなかったわけではないが本人が話さなかったので、なにか思い出したくない過去でもあるのかと思っていた。例えば、話せないような悪事を働いていたり……。


「へえ。キミたちも鬼なんだ。でもさ、お頭の虎ちゃんに対して、あの万次丸っていう鬼はずいぶんと偉そうだね」

「力の差は歴然なんスけどね。昔から万次丸の兄貴は虎の兄貴にライバル心を持っていて、まぁそれも憧れゆえの対抗心なんだと思います。当時、ヤンチャしてた自分たちは悪行の限りを尽くしましてね……」


 やはり、想像が当たってしまった。


「ほう。虎にもそのような時期があったのか」

「悪行ってどんなことやってたの? 盗んだバイクで走り出したり?」

「いえ、盗んだ荷車っス」

「に、荷車かぁ」

「悪そうなヤツは大体友達でしたし、地元じゃ負け知らずだったんスよ。なので次第に喧嘩する相手もいなくなって、毎日3人で力比べをしてました。そんな日々に飽きてしまった頃、虎の兄貴が現世うつしよでひと暴れしようって言うもんで……」

「まさか、人を襲ったのではないだろうな」

「そのまさかっス。人の姿になった自分たちは……」


「おい、銀之丞。それ以上喋るんじゃねぇ」


 銀之丞くんの話を遮った虎之介は、有無を言わさぬ威圧感を放っていた。そこまで聞かれたくない話となると、逆に聞きたくなってしまう。虎之介に限って人を襲うなど信じ難いことだが、もし本当にそのようなことがあったのなら、俺はどんな反応をしたらいいのだろうか。


 虎之介がよほど怖いのか、銀之丞くんはわなわな震えながら冷や汗を流している。しかし、そんな虎之介を宥めるように肩にぽんっと手を置いたのは万次丸さんだった。


「虎、別にええやん。話したって減るもんやない」

「そうじゃなくてだな……」

「なら、ワシが話したるわ。現世でなにをしたかと言うとな……お手伝いや」


 なんだ、お手伝いか。

 いやいや、お手伝いと言っても、犯罪絡みのことなら言語道断なのだが。


「実はな、初めて人の姿になって現世に行った時、畑や田んぼでせかせかと働いとった人間の姿が目に留まったんや。ワシらは鬼である以前に元人間、人の営みが急に懐かしくなってな。ほんまは現世で暴れたろって思ったんやけど、気付いたら集落の畑を全部耕してしもうてん」

「ごめん、なんでそうなるのかが分からない」

「なんで言われても……体力が有り余ってたし、人間よりもワシらが耕しやほうが早く終わるやろ? そしたらな、みんなえらい感謝してくれて、しばらくその集落で世話になることになったんや。畑仕事の他にも田植え、薪割り、山菜採りに狩り。家の修繕を手伝ったりもしたなぁ。朝から晩まで働く人間の暮らしが新鮮で楽しうて、なにより手伝うことで喜んでくれるのが嬉しかってん。な、虎?」

「まぁ、そんなところだ。別に施しを受けたかったわけじゃないが、隠れ里に帰る時には大量の野菜と米をもらって、ついでに荷車も貰った」


「荷車、盗んでないじゃん。悪行じゃなくてただの善行だし」

「すいません……ちょっと話を盛っちゃいました」

「だから誤解されるようなことは喋るなって言っただろ」


 拍子抜けした玲子さんは溜息をつき、虎之介に小突かれた銀之丞くんはヘラっと笑う。優しい人間と関わったことがキッカケで、人間として暮らすことに憧れを持ったのだと思う。虎之介が悪事をするなんてまさかとは思ったが、やはりその性格は今も昔も変わらないらしい。


 ほっと胸を撫でおろし、2人のいるテーブルにトッピングを山のように盛り付けた銀皿のカレーを並べた。


「誤解が解けて何よりだよ。お待ちどうさま。トッピング全部乗せカレーです」

「うおーっ! なんか、夢のようなカレーっスね」

「ほんまやな……こないな贅沢をしてええんやろか」

「次からはちゃんとお金取るけどね」

「はい、もちろんっス! いただきますッ!」

「ほな、ワシも。いただきます」


 2人は勢いよく食べ始めると、「美味い」という言葉を繰り返し発しながら、口に詰め込めるだけ頬張っていた。そんなに急がなくとも誰も取らないというのに、夢中になって食べてくれる姿は料理人冥利に尽きる。


「こんなに美味いカレー久々に食べましたね、兄貴! しっかり辛いのに旨みもあって、サクサクの揚げ物とも相性抜群っス」

「それにチーズと目玉焼きもカレーの味をまろやかにしてくれるさかい、なんぼでも食べられるッ! カレーちゅうもんは奥が深いんやなぁ」


 その様子をじーっと見つめていた龍さんと玲子さんは「いいなぁ」と呟き、虎之介は生唾をゴクリと飲み込んだ。玲子さんはさっき食べたばかりだというのに、その視線はトッピングで乗せられているから揚げ一点に集中していた。


「カレー、食べる?」

「食べる! トッピングでから揚げ5個乗せて!」

「我にはチーズをいっぱい乗せてくれ!」

「オレは全部乗せで」

「仕方ないな。まかないってことで特別だぞ」


 他人が美味しそうに食べている料理は、お腹がいっぱいでもなぜか食べたくなるものだ。特にうちのカレーは、ほとんどのお客がおかわりしてくれるほどの自信作。営業中にはほぼ完売してしまうため、まかないで未だに出たことのないメニューなのだ。虎之介と龍さんは気に入ると毎日食べたい派なので、それを見込んで明日からは多めに作っておくとしよう。

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