第36話 一難去ってまた一難

「龍ちゃーん! 会いに来たよー!」

「うぐっ……」


 店に入ってきて早々、龍さんに抱きついたのは玲子さんだった。先日の下級妖怪討伐の件以来、すっかり龍さんのことが気に入った彼女は、来店するたびに熱烈なハグをする。


「玲子さん、龍さんが潰れちゃうよ」

「あ、ごめん! 可愛いからつい。龍ちゃん、大丈夫?」

「う、うむ……我が可愛いのは仕方ないにしても、力加減を考えよ」

「ごめんってば。怒らないで?」


 龍さんの頬を指でツンツンするも、長いネイルはもはや凶器。されるがままの龍さんは特に嫌がる様子もなく、玲子さんからの可愛がりを受け入れている。甘やかされるのが好きなので、女性客が来ると積極的に構ってもらおうとする行動を見る限り本人も望んでいるようだ。


 玲子さんはこの日もランチ営業限定の大人のお子様ランチを注文し、出来上がるまで龍さんと仲良く談笑する中、奥のテーブル席で2人組の女性客相手に戸惑っている虎之介の姿が目に入った。最近よく見る光景なので「またか」と思いながらさりげなく様子を伺う。


「虎之介さん、今日のおすめめはなんですか?」

「あー、うちは全部おすすめだが」

「じゃあ、全部ください!」

「いや、200品以上もメニューがあるのに全部は無理だろ」

「きゃー、ツッコミが冴えてる! 素敵!」


 ——— パシャッ


「はあ。で、注文はどうするんだ?」

「じゃあ、ランチ限定メニューをください」

「はいよ」

「あ、ちょっと待ってください! 虎之介さんって彼女いるんですか?」

「いないし、そういうのは興味がない」

「じゃあ、私たちにもチャンスがあるってことですね!」

「いや、だから興味がないと……」

「きゃー、困ってる顔も絵になるぅ!」


 ——— パシャッ


「あのな、写真撮るのやめてくれねぇかな」

「あ、ごめんなさい! お金払います! いくらですか?」

「そうじゃなくてよ……」


 ——— パシャッ


 スマホで撮影会をする2人組の若い女性客は虎之介が大層お気に入りらしく、最近よく店に来ている。上手くあしらえない虎之介はその都度困惑し、女性相手に強く言えないのは優しい性格が裏目に出ているようだ。こういうところは口が上手い団三郎さんを見習って欲しいものだ。


「え、なにあれ。虎ちゃん困ってるじゃん」

「色男のさがってやつよな」

「虎ちゃんが人間の小娘ごときに振り向くはずないのなにさ、ほんと身の程知らずだよね。虎ちゃんにはあたしみたいな女のほうが絶対いいのに! 龍ちゃんもそう思うでしょ?」

「それはどうであろう。虎は男のほうが好きなのではないか? 大史とは仲が良いし、ずいぶんと気を許しているようだからな」

「えっ。やだ、嘘でしょ」


「……おい、いい加減なことぬかすな」


 玲子さんと龍さんが好き勝手に会話をしていると、2人の背後から怒りのオーラを纏った虎之介がぬっと現れた。俺としても虎之介とそういう仲に思われるのは心外である。


「きゃー、虎ちゃんの怒った顔カッコいいー! あたしも写真撮っちゃおう」

「その手に持ってるモン寄越せ。へし折ってやるよ」

「あの女の子たちには優しいのに、なんであたしには優しくしてくれないわけ? あ、わかった。もしかして、あたしのこと好きなんでしょ? 意地悪してくるなんて思春期の男子みたいじゃん、可愛いー!」

「虎は女子おなご慣れしていないから、そう煽ってやるな。ぷぷっ」

「……」


 額に青筋を立てながら我慢の限界が来そうな虎之介に、すかさず助け船を出した。


「その辺にしとかないと、鬼になっちゃうからやめてくれ。虎之介はさ、毎回こうなるんだからいっそのこと『彼女いる』ってキッパリ言ったほうがいいんじゃない?」

「いないが」

「いや、噓も方便って言うだろ?」

「嘘はつきたくねぇ」

「強情だな。仕方ない、ここは俺がひと肌脱いでやろう」

「すまねぇな。オレのツラがいいばかりに」

「……ンギギ」


 悪気のない余計な一言にちょっとイラッときてしまったが、従業員が困っているならここは俺の出番。出来上がった注文料理を例のお客たちに配膳するついでに、一言言ってやろうと思ったのだ。


「お待たせしました。ランチ限定の大人のお子様ランチです」

「わあ、美味しそう! 写真撮ってもいいですか?」

「え、写真ですか? 俺なんかを撮っても……へへっ、仕方ないなぁ」

「そうじゃなくて。料理の写真です」

「……どうぞ」


 虎之介の写真はパシャパシャ撮ってたくせに、俺の写真は要らないらしい。

 なんでだよ!

 俺だってそこそこの見た目だと自負しているのだが。


「んんっ……あの、お客さん。虎之介を気に入ってくれてるのはありがたいんですけど、本人が困ってるんでナンパは控えてもらえると助かります」

「ナンパなんていうそんな気軽なものじゃないですよぉ。私たち、虎之介さんにガチ恋なんで」

「え、ガチ恋?」

「虎之介さんが振り向いてくれるまで、お店に通い続けるつもりなんです。お兄さんからも口添えしてもらえません?」

「いや、でもですね……」

「あの。早く食べたいんですけど、まだ話続きます?」

「……いえ、ごゆっくりどうぞ」


 なかなかに手強い女性客たち。

 虎之介からバシッと言ってもらわないと、諦めがつかなそうだ。


 そんな女性客たちがいる席から離れた時だった。


 ——— ガラガラガラ


 店の引き戸が開き入り口を見ると、どう見てもカタギじゃない風貌の男2人が威圧感を出しながら店内を見渡していた。1人は虎之介ほどの大男でセンスが壊滅的な柄シャツを身に纏い、もう1人の男は小柄で童顔、虎の刺繍が入ったスカジャンを羽織っている。こんなにも分かりやすい見た目のお客は初めてだ。


「あれ? ここにいるって風の噂で聞いたんスけどね」

「いや、ヤツの気配を感じる。おい、あんちゃん。ここに虎之介っちゅうヤツがおるやろ」

「ひっ……い、いますけど」

「おい、虎! 隠れとらんと顔出さんかいッ!」


 怒号にも似たドスの効いた声を店内に響き渡らせ、お客たちは一斉に静まり返る。

 厨房にいた虎之介は声を聞きつけて顔を出すと、大男は虎之介を目で捉えた瞬間に表情が一変した。


「はわっ……やっぱりここにおったんやなぁ! 虎、会いたかったでー!」

「お前は……」


 うわずった声を出しながら大男は勝手にカウンター内に入り、驚く虎之介を力強く抱きしめた。店にいたお客も唖然とし、目の前で起きている出来事に理解が追い付かないようだった。しかし、俺はこれがチャンスだと思い、すかさず虎之介ガチ恋勢の女性客たちの元へ向かう。


「お客さん。見ての通り、虎之介はそういうアレなのでご理解いただけませんか」

「え……虎之介さんに限ってまさか……」

「そ、そんなの信じられません!」


 ここはやはり虎之介の口添えがないと納得しないか。


「虎之介! そちらの方とそういうアレなんだよな?」

「は? なんだ、そういうアレって……」


 俺は女性客がいる方面に目線をチラチラやると、勘付いたように小さく頷く。


「あ、あぁ、そういうアレだ。オレはこいつと……いい仲なんだ」

「虎ぁ、お前ほんまにワシのこと好きやんな。ワシもな、虎のことが忘れられんくて、もう一度ヨリを戻したかってん。あの時はつい感情的になってしもたけど、ワシにはお前しからおらん。それにしても、相変わらずええ体しとるなぁ……その逞しい腕で毎晩のように抱かれてた頃が懐かしいわぁ」

「お前は黙ってろ」


 虎之介にしなっともたれかかり、胸元に頬を寄せる大男。

 一連のやり取りを見ていたガチ恋勢の女性客たちはみるみる青ざめていき……。


「イ、イヤアァァァァァッ!」

「それ以上は聞きたくないぃぃぃッ! ごちそうさまでしたぁぁぁッ!」


 目の前の現実を受け入れたのか、女性客たちは絶叫しながら店を去って行った。

 しかし、一難去ってまた一難。

 この男たちは一体誰なんだ。


 事が収まったことを確認して虎之介たちはすぐさま体を引き離し、先ほどまでの茶番はどこへやら、お互いに睨みあう始末。


「おい、虎。なんでワシがお前に抱かれなあかんねん」

「お前が勝手に言ったんだろ。べたべたとくっつきやがって、鳥肌が治まらねぇ」

「ただの挨拶じゃボケェ。ワシには美人な嫁がおんねんから、勘違いすなよ?」

「するわけねぇだろデコ助野郎」

「誰がデコ助じゃコラこのM字ハゲ」

「ハゲてねぇし」

「まぁ、なんや知らんけど迷惑な客を追い払えたみたいやし、一件落着やな。そんなことより……ワシは腹が減っとるんじゃ! なんか美味いもん食わせんかいッ!」

「上等だコラお好きな席へどうぞッ!」

「おおきにッ!」


 情緒どうなってんだよ。


 龍さんは腹を抱えながら終始爆笑し、玲子さんは怪訝な顔でデコ助さんを見つめていた。そんな中、もじもじしていたもう1人の童顔男性は、騒動が収まったのを見計らって虎之介に話しかける。


「あの……自分のこと忘れてません?」

「あ? お前、もしかして銀之丞ぎんのじょうか?」

「うっス! お久し振りっス、虎の兄貴!」


 弾けるような笑顔で返事をするこの童顔男性とデコ助さんは、虎之介の知り合いらしい。そしてもう1つ分かったことがある。


 この2人は虎之介と同じ匂いの高い霊力を持った妖怪である。

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