第63話 鴨と兄弟

 鴨といえば定番の鴨鍋。

 俺としては鴨鍋よりも鴨の味をダイレクトに楽しめる料理を提供したいと思っていたが、やはり寒い時期には身体が温まる鴨鍋は欠かせない。それに、遠方から足を運んでくれた客人もいるのだから、代々受け継いでいる秘伝の味をぜひ味わって欲しいと思った。鴨鍋に加えて、鴨のロースト、鴨刺し、鴨の炊き込みご飯も用意するつもりだ。特に鴨のローストは焼いて蒸して寝かせる工程をしなければならないため、半日以上を要する。昼営業の準備は2人に任せたため、午前中のうちに仕込みを万全にしておいたのだ。


「へえ~、鴨肉かぁ。あたしは鶏のほうが好きだな。鴨ってちょっとクセがあるんじゃん?」

「そのクセがいいんじゃない。お酒によく合うし、赤身なんて牛より美味しいんだから。天然の鴨を食べられる機会なんて滅多にないのよ」

「僕は食べたことがないですね。せっかくの機会なので、明日にでもはーちゃんと食べにきます」

「それにしても、あんたとはーちゃんが付き合うことになるとはねぇ。どこがよかったのかしらねぇ」

「河ちゃんって黙ってればイケメンだけど、それ以外はちょっと」

「あぁ、なるほど。僕に恋人ができて先を越されたからって嫉妬してるんですか?」

「……」

「ふふっ、んふふっ。嫉妬の的になるのも悪くないですね」

「あのさ、そういうところ」


 仲がいいのやら悪いのやら。

 昼に訪れた玲子さん、美影さん、河合さんは、手書きの「夜限定・おすすめメニュー」を眺めながら鴨肉談義をしていた。今日からしばらくは鴨肉を使ったメニューを数品提供する予定で、試作を兼ねて彼らにとある料理を味見してもらおうと思った。


「鴨料理は夜だけの限定メニューなんだけど、これはサービス。味見してみてよ」

「ハッ、から揚げ!? ……のような感じだけどタレがかかってる」

「うん。鴨の手羽先揚げを甘辛なヤンニョムソースで絡めてみたんだ。肉屋の松さんが手羽先をたくさんサービスしてくれたから、使わない手はないと思ってね。煮込めば骨まで食べられるけど、時間がなかったからから揚げにしてみた」

「へえ、美味しそう! じゃあ、お言葉に甘えて……」

「では僕も」


 ——— ボリッ、バリッ、ボリボリ……


「えっ」


 さすが妖怪と言うべきか。彼らは手羽先の骨をスナック感覚で咀嚼し始めた。


「え、骨、いける?」

「こんな細い骨なんて骨のうちに入らないわよ、バリバリッ」

「なかなか歯応えがあって美味しいですね、ボリボリッ」

「手羽先って骨の食感がいいんだよね、バリボリッ」

「そ、そう。丈夫な歯だね」


 手羽先を食べているとは思えない音だが、どうやら気に入っていただけたようだ。歯が丈夫な人は骨までいけるってことで、これもメニューに加えておこう。


 そして夜営業開始時刻の17時30分になったと同時に、例のお客人が店へとやってきた。


「こんばんは」

「いらっしゃい。今朝はありがとう、松さん」

「いいってことよ。今夜はたくさん食べようと思って昼を抜いてきたんだ。なぁ、圭太」

「うん。もうお腹ペコペコだよ」

「圭太、夏祭り以来じゃないか。彼女とは順調なのか?」

「もちろん! だって僕たち大人になったら結婚するんだよ? 彼女の両親にはとっくに挨拶も済ませた!」

「えっ、マジ? 行動力すごいね……高校生に先を越されちゃったのか、俺」

「ははっ。大史くんはこれからだろう。大史くんの性格なら、絶対にいい人と出会えるよ。子供の頃から知っているおれが言うんだから、自信持ちなさいよ」

「松さん……!」


 こうして俺のメンタルは保たれた。

 しかしながら、今の俺にはまったく出会いがない。河合さんとはーちゃんが出会ったように、マッチングアプリをやってみようか。虎之介の写真を使って。もし会うことになっても「加工してた」と言えば許してくれるだろう。


 運命の人と出会う方法について思考を巡らせていると、店の外から膨大な霊力を察知した。

 これは間違いない。

 今朝出会ったあの客人たちだ。


 ———— ガラガラッ!


「いらっしゃ……」

「おうおうおう! 愚民ども、閻魔様のお出ましだぜッ!」

「こらっ」


 背後から閻魔様にどつかれた羅門は「いでっ」と声を漏らすと、途端におとなしくなった。その様子はまるで父と子のようで……。


「すまん……お、おや、親父」

「うむ、それでいい。うちのバカ息子がお騒がせしました」

「いえいえ。そちらも親子でいらしたんですか? うちと一緒だ。しかし、その息子さん……」

「虎之介兄ちゃんにそっくりだ! 双子みたい! こっちの兄ちゃんはちょっと悪そうな感じでめっちゃカッコいい」

「ふふん、めっちゃカッコいいだろう? 見る目があるな、そこのガキ」

「黙りなさい。まぁ、双子といえば双子のような……複雑な家庭の事情がありましてね」

「あ、いえ、お気になさらず。どうぞどうぞ、座ってくださいよ」


 松さんには閻魔様と羅門が親子に見えるらしい。自分たちが座る席の隣に案内すると、閻魔様もどこか嬉しそうにその言葉に便乗し、「お邪魔します」とにこやかに返しながら羅門を隣に座らせた。


「あんたら、飲み物はどうする?」

「おれはビールをもらおうかな。圭太はオレンジジュースでいいか?」

「うん」

「では、私もビールにしよう。羅門も同じでいいだろう?」

「……気に食わねぇ。偉そうに指図するんじゃねぇよ、俺の偽物野郎め」

「あ? オレはオレの仕事をしているだけだ。気に食わねぇのなら、外で相手してやってもいいぞ。オレも前からお前の態度が気に食わなかったからな」

「上等だコラ。どっちが上か格の違いを思い知らせてやんよ。獄卒の鬼をなめんじゃねぇぞ!」

「やってみろよ、このすっとこどっこい。オレがぶちのめしてやる!」

「お、おい……!」

 

 俺の静止も虚しく、店から出て行こうとする虎之介と羅門。しかし、焦る俺に対して、閻魔様は「まぁまぁ」と穏やかな口調でなだめた。


「大史! ちょっと近くの公園まで行ってくる!」

「え、あ、うん……」


 なにその「友達と遊んでくる!」みたいなノリ。俺はお前のかーちゃんか。

 2人は店の外へ出ると、再び罵り合いを始めた。


「公園に遊びに行ったのかな?」

「ははっ。そんなところだね」

「兄弟喧嘩か、微笑ましいね」


 圭太の言葉に閻魔様は笑う。まるで子供の喧嘩を優しく見守るような父性を感じ、それは松さんも同じだった。デカくてムキムキな大男たちだというのに、親からしてみれば子供はいつまでも子供のようだ。というか、閻魔様にいたっては実の子ではないだろうに。


「龍さん、虎之介の代わりに飲み物を出してくれるかな」

「うむ! まったく馬鹿な鬼どもだ」

「ところで今日のメニューなんですが、まずは鴨刺しと鴨のロースト、メインに鴨鍋、鴨の炊き込みご飯を用意してますが、どうします? もちろん単品でも構いませんよ」

「おお、豪華だね。全部食べるに決まっている!」

「僕も!」

「もちろん私も。朝から楽しみにしていたんだ」

「ありがとうございます。では、少々お待ちを」


 そう言ってくれる思って準備を進めていたため、ほっと一安心。羅門の分は一応取っておくことにして、まずは前菜代わりの鴨刺しと鴨のローストをを出すことにした。

 鴨刺しは新鮮な鴨でしか食べることのできない貴重な一品である。刺し身にする部位はロース、ハツ、レバー。わさび醤油か生姜醤油、ポン酢と合わせても濃厚な味わいが負けることなく、本来の旨みを存分に楽しめる品だ。

 時間をかけて調理した鴨のローストは、醤油とみりん、酒、砂糖などで味付けをした和風な味わいに。低温調理をしたので中は綺麗なピンク色となり、旨みが凝縮されている。どちらも酒が進むこと間違なしの一品だ。


「鴨刺しなんて久々だよ。綺麗な赤身の見た目はもちろんのこと、やっぱり新鮮な鴨は美味いな!」

「僕はポン酢で食べるのが好きだな。魚の刺し身より味が濃い感じがする」

「こんな新鮮な鴨が現世で食べられるとは。いやあ、本当に来てよかった。鴨のローストだっけ? これも柔らかくて味が染み込んでいるからすごく美味しいよ」

「酒が進むねぇ。そちらのお父さん、ビールお注ぎしますよ」

「おや、すみませんね。では私も」

「こりゃどうも」


 互いにビールを注ぎあう松さんと閻魔様。まさかビールを注いだ相手が、冥界の王である閻魔様だとは思いもしないだろう。


「うちの息子は今年で17になるんですが、そちらは?」

「ははっ、もうとっくに成人してますとも。成人して数百年どころではないですがね。子供の頃と何も変わらず、喧嘩っ早くて口が悪いんですよ。私の教育が至らないばかりに……。しかし、情に厚くて本当は心の優しい子なんです。私は実の親ではないんですが、我が子同然に育ててきました。今は立派に働いてますが、もう少し年齢相応に落ち着いて欲しいものです」

「ははっ。ヤンチャそうな息子さんですけど、おれは一目でわかりましたよ。ちゃんと親孝行のできる優しい子だってね。義理の息子ということは、双子の虎之介くんとも一緒に暮らしていたんですか?」

「そこはちょっと違うんですよ。虎之介は生まれてすぐに別のところに引き取られまして、彼らは双子なのに双子だという事実をまだ知らないんです。虎之介にいたっては、私とも今日が初対面ですしね」

「なるほど。しかし、家族のあり方ってのは千差万別ですから。成人していれば尚のことそれぞれの生き方があるでしょうしね。過去は過去、今は今。色々あっても、こうやって家族が再会できるなんて素敵じゃないですか」

「ええ。私もそう思います」


 閻魔様は松さんの家族談義に話を合わせているのかもしれないが、虎之介と羅門が双子だという話に関しては本当な気がする。生きてきた環境のせいで多少の性格の違いがあるが、顔も体格もよく似ている。しかし、虎之介の幼少期の話の中で兄弟がいたという事実は聞いたことがない。


 真偽を聞いてみたくてうずうずしていると、再び店の戸が勢いよく開いた。


 ——— ガラッ!


「ただいまっ!」

「あー、腹減ったぁ」


 デカい子供たちが帰ってきたようだ。


「お、おかえり……うわっ! 傷だらけじゃん! マジもんの喧嘩してたの?」

「当然だ。こいつなかなか強くてな、決着がつかなかった。な、兄弟!」

「おう。まさかこの俺様と互角に戦えるヤツがいたとはな! 楽しかったぜ、兄弟!」

「きょうだい?」


 互いに肩を組んで笑っている様子に、俺たちは唖然とした。先ほどまで殺伐とした空気だったというのに、拳を交えただけでここまで仲良くなるとは想定外だ。

 やはりこの2人は……。


「こいつと会うのは2回目だが、昔から知っているような気がしてな」

「実の兄弟じゃねぇけどよ、他人には思えねぇんだ」

「そ、そう」


 多分、他人じゃないんだよなぁ。

 閻魔様のほうをチラッと見ると、彼らを見ながら必死に笑いを堪えていた。

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