第27話 猫又と未来の予言①

 翌日、待ち合わせ場所のとある雑居ビルへと向かった。


 築数十年であろうビルは所どころ外壁が崩れ落ち、外観だけで不安感を煽る佇まい。外に掲げられている看板を見る限り、街金とスナック2軒、マッサージ店がテナントに入っている。智香に紹介された占いの館は地下1階にあるようで、このビルに入ることさえ躊躇してしまうほど陰の気が凄まじい。


「ほ、本当にここでいいんだよな?」


 ビルの前でおろおろしていると、背後から聞こえた見知った声に安堵する。


「大史くん、お待たせ」

「あ、ヤマさん! よかった、来てくれて……あれ、隣いるのは河合さん? ヤマさんの友達って河合さんだったの?」

「おや、大史さんじゃないですか。なんとも不思議な巡り合わせですね」


 いつものようにスーツをビシッと着こなした河童の河合さんは、エレガントな立ち姿で爽やかに微笑んだ。占いなんて興味なさそうなのに、なぜ連れてきたのか謎である。


「あぁ、そっか。河合くんもお店の常連だったもんね」

「うん。2人ってどういう接点で知り合ったの?」

「実は…‥‥」


 河合さんはうちの店でランチをした帰り、偶然陽仰寺の前を通りかかったそうだ。人で賑わう境内を覗きに行くとさまざまな焼菓子を販売していたので、それほど人気なら購入してみようと思ったらしい。


「河合さんって甘いもの好きなんだね」

「いえ、私というよりは部署の同僚にと購入したのです。人数分の焼菓子を買って配ると、みんな喜んでくれたんですよ。これは賄賂として役に立つと思った僕は、毎週のようにヤマさんの焼菓子を買いに行きましてね。やはり人の心を開くには賄賂が一番です」

「賄賂っていう言い方は些か疑問だけどね」

「ははっ。でも、食べてくれる人が喜んでくれるならこれ以上嬉しいことはないよ。河合くんはちょっと不器用なところがあるけど、本当は優しい性格だから」

「ヤマさんは僕の本質を理解してくれる唯一の友達なんですよ」


 お互いに分かり合えている2人は、なんだか似たような空気感を纏っている。人間社会に馴染もうとする河合さんと、人間社会を学び道徳心を得たヤマさん。どちらも妖怪であるのに、この社会で懸命に生きようとする姿は胸を打たれる。


 そんな中、俺ときたら元カノとヨリを戻したいがために、毎日うじうじと悩んでいた。虎之介の『情けねぇ野郎だ』という言葉が、今さらながら重くのしかかる。


「俺の悩みなんて、ミジンコほどにちっぽけなもんだ……いや、ミジンコに失礼だな。ミジンコだって懸命に生きてるんだ」

「え、どうしたの?」

「2人を見ていたら自己嫌悪に陥ってしまったよ」

「悩みは人それぞれだよ、大史くん。本人が悩んでいるのなら、大きいも小さいもないんだ。それを解決しようとする姿勢があるなら、おのずと良い方向に未来は変わっていくから。だから自己嫌悪に陥る必要はないよ」

「ヤマさん……俺、ヤマさんの言葉で救われたから、今日はもう帰ろうかな」


 心が満たされた俺は自宅へ引き返そうとすると、河合さんにがっちり腕を掴まれる。進もうとする方向と逆に腕を引っ張られたため、ぐいんっと体が浮いた。


「ねぇ、力加減考えてくれないと脱臼しちゃう」

「すみません、加減を誤ってしまいました。せっかく来たのですから、占ってもらいましょうよ」

「だってこのビル、なんか空気が淀んでるし入りたくないんだよ。っていうか、河合さんはなにを占ってもらうの?」

「僕は今後の人生ですね。人間社会でもっとうまく立ち回れるようになりたいので、その助言をいただきに来たんです」

「なるほど、河合さんらしい。仕方ない。ここは覚悟を決めて行くとするか」


 俺1人では絶対に入りたくないが、ヤマさんと河合さんがいれば幾分か心強い。なにかあれば、2人を盾にするつもりだ。すまんな、同志よ。


 ビルの中に入ると、ひんやりと冷たい空気に妙なカビ臭さを感じる。それはまさしく、ヤマさんが以前住んでいた洞窟のような雰囲気だ。地下への階段を下りると、いくつかテナントがあるものの、営業している気配は一切ない。通路の蛍光灯が点滅している中で、その奥に唯一明かりの点いている看板を見つけた。


『占いの館・メルティローズ』


「ここだな」

「ネーミングセンスからして、気の強い中年女性がやっていそうなお店ですね」

「まぁ、こんなところで占いをやっているくらいだから、それもあり得る」

「そ、そうなの? 気の強い女性はちょっと苦手だな」

「みんな、気合いを入れて行くぞ」


 いざ入店するとドアベルが鳴り、薄暗い室内から品のある中年女性が顔を出す。


 よかった。なんだか優しそうな人だ。


 そう思ったのも束の間。入店したと同時に、独特な甘い匂いが漂い始める。要するに、妖怪がいるということだ。これはヤマさんや河合さんの匂いではなく、また別の妖怪の匂い。目の前にいる中年女性は人間のようだが、別の部屋から気配を感じた。


「いらっしゃいませ。3名様ですか?」

「は、はい」

「では、すぐにご案内しますね」


 どうやらこの女性が占い師というわけではなく、受付けを担当しているだけらしい。案内する女性の後ろに続きながら、小声でヤマさんに話しかける。


「もしかしてだけど、占い師って妖怪?」

「そうだね。なんだか強い霊力を感じるよ」

「な、なにかあった時は……ヤマさんが盾になってくれ」

「えっ」

「ヤマさんって結構強いじゃん? ワンパンでいけるよね?」

「そ、そんな無茶な……人の姿じゃ力を発揮できないよ」


「落ち着いてください。こんなこともあろうかと秘策を用意してきました。下調べの段階で、占い師が妖怪であることは把握済みですから」

「河合さん……!」


 なんとも頼もしい。それよりも、占い師が妖怪であることをなぜ黙っていたんだ。いや、もはやそんなことはどうでもいい。


 何とも言えない緊張感の中、受付けの女性はとある部屋の前で立ち止まる。


「猫屋敷先生。お客様が3名ご来店です」

「……どうぞ」


 ドアを開けて中へ通されると、鼻から下を黒いベールで覆った女性がこちらをギロリと睨む。あまりにも鋭い眼光に体が硬直し、その場で動けずにいると占い師の女性は不機嫌そうに一言。


「私が気の強い中年女性ですって? 古くさいネーミングセンスで悪かったわね!」


 どうやら会話が筒抜けだったらしい。


 例の言葉を言い放った張本人は、怒りに震える占い師に臆することなく近づき、彼女の顔を覗き込む。


「どう見ても中年女性でしょう。ベールで顔を隠しても目元に年齢が現れていますよ。噂によると、あなたの正体は猫又ですね? 人間に化けるなら、もっと若い女性にも化けれたのでは? あ、やはり妖怪と人間の年齢は比例するものなのでしょうか。僕なんかはまだ若いですが、あなたはずいぶんをお年を召しているようで……あ、気を悪くしてしまったらすみません。喧嘩を売っているのではなく、事実を言ったまでです」


「……帰れっ!!」


 なぜ火に油を注いだんだ。

 そういうところだぞ、河合さん。

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