第26話 休日スイーツとデリバリーピザ

 あの不思議な出来事から数日後のこと。


「ほう。こりゃ、明治時代の百圓札だね。こんなに状態のいいものは初めて見た」


 男性からもらった紙幣を近所の骨董屋に持っていくと、店主は拡大鏡を覗き込みながら珍しそうに眺める。決して疑っていたわけではなく、百圓札というのは現代ならいくら分の価値なのか知りたかったのだ。『釣りはいらない』と言われたが、もしまた来てくれた時には幾分かサービスしたい。


「その百圓札っていうのは、現代でいうといくら位なんでしょう? 1000円くらいですかね?」

「いやいや、そんなもんじゃないよ。この紙幣が発行されていた明治40年代なら、1円はおおよそ1000円。現代に換算すると10万くらいだな」

「えっ! じゅ、10万ですか!?」

「こんな貴重なもの、一体誰からもらったんだい?」

「えっと……幽霊さんです」

「だははっ。冗談が過ぎるよ、あんちゃん。幽霊から金をもらえるなら、僕だって是非ともいただきたいねぇ。しかし、こんな美品の紙幣はかなりの価値がある。うちなら50万で買い取るけど、どうする?」

「ご、50万!? ……ご提案はありがたいんですが、これは取っておきたいんです。お金をくれた人がまた店に来るかもしれないので、その時は盛大にサービスしてあげたいなと」

「ほう。相手が幽霊だってのに、なかなかロマン溢れることを言うものだ。まぁ、それなら仕方ないね。もし他にも珍しいものがあるなら、いつでも持ってきなよ」

「はい。ありがとうございます」


 なぜあの人はこんな大金を置いていったのだろうか。しかも、会いたかったであろう虎之介に会うこともなく、忽然と姿を消した。料理帖を発見したこととなにか関りがあるのかもしれないが、その真相を知るすべもない。年代からすると、あの人はじいちゃんのじいちゃんにあたる人なのだと思う。


「——— 今度はさ、もっとゆっくりしていってくれよ。 サービスしてもし足りないけど、なんでもご馳走するから。それと、虎之介にも会ってやって欲しい。俺も聞きたいことや話したいことがたくさんあるんだ、小太郎さん」


 夕暮れの空を仰ぎながら呟くと、学校帰りの小学生が偶然通りかかる。


「うわぁ。あのおじさん独りごと言ってる」

「変な人と目を合わせちゃダメってお母さんが言ってたよ。早く行こ」


「……」


 ちょっとカッコつけながらセンチメンタルな気分に浸っていたのに、急に恥ずかしくなってしまい早足で家に戻る。まるで俺が不審者のようではないか。


 すると、店の前で佇んでいるヤマさんを発見。


「ヤマさん。どうしたの?」

「あ、大史くん。よかったぁ。実はお菓子を作ったからお裾分けしようと思ったんだけど、お店が閉まってたから」

「わざわざありがとう。今日は定休日だからさ……」

「え、どうしたの? なんで涙目なの?」

「……なんかぁ、穴があったら入りたいっていうかぁ、俺はおじさんでも不審者でもないのにぃ、ちょっとセンチメンタルな気分に浸りたかっただけなのにぃ」

「わ、わかったから。キミはなにも悪くないよ」


 子供をあやすように背中を摩られ、溢れ出そうになる涙を堪えた。大妖怪である八岐大蛇に慰められる成人男性は、俺くらいではないだろうか。そんなヤマさんを家に招き、せっかくなので夕飯を一緒に食べないかと提案をする。


「いいの? じゃあ、お言葉に甘えて」

「今日は久々に出前を取ろうと思うんだけど、ピザでいい?」

「うむ! 我はいっぱい食べるのだから、でっかいやつを注文するのだ!」

「あとポテトとチキンもな」

「はいはい。ヤマさんもそれでいい?」

「もちろん、お任せするよ。ボク、ピザなんて初めて食べるなぁ」

「なんと! ぬしは人間の姿ありながらピザを食したことがないのか。もったいないのう。あの体に悪そうな油のギトギト感や、食べ進めると胃もたれを起こしてしまうほどの重厚さ。ピザとは背徳感を楽しむ食べ物なのだ。覚えておくがよい!」

「う、うん」


 その説明だと、あまり美味しそうに感じない。Lサイズのピザを3枚とポテトとチキンを3セットずつ注文すると、2万円近くかかってしまった。たまにの出前なら仕方ないが、ピザ高すぎ問題について日本政府は早急に対処して欲しいものだ。


 届く間も『腹が減った』と喚く虎之介と龍さんには、ヤマさん手作りのお菓子を与える。クッキーやマフィン、ドーナツなど手作りとは思えないほどのクオリティだった。さすが、セルフ婚活パーティーで培ったきた製菓技術は伊達じゃない。


「甘いものは普段食べないが、あんたの菓子はどれも美味い」

「そ、そうかな。ありがとう」

「我はドーナツが気に入った! もさもさして口の中の水分が持っていかれるこの感じ、なんとも食べづらいがクセになるぞ!」

「うーん、感想が独特だね。実はお師匠様の許可を得て、毎週末に寺の境内で手作りお菓子を販売してるんだ。売り上げの一部は寺に寄付しつつ、いずれは自分の洋菓子店を開きたいから、地道にお金を貯めてるんだよね」


「へえ、やりたいことが見つかったんだ。ヤマさんはお菓子作りもプロ級だし、店をやれば絶対に繁盛するよ。なんだか、ヤマさん変わったね。あ、いい意味で」

「ボクも自分でそう思ってる。お師匠様やてっちゃんと出会って、人間として暮らすのがこんなに楽しいとは思いもしなかったよ。最近では美影さんとも仲良くなったし、友達も出来たんだ。こうやっていろんな人や妖怪と関わっていくうちに、恩返ししたいって思うようになって。あの時、大史くんや赤鬼くん、てっちゃんが洞窟からボクを連れ出してくれなければ、今の生活は考えられないよ。だからキミたちには本当に感謝してる」


 ヤマさんの言葉に胸の奥がジーンとなり、先ほどまで傷心だった俺の心はみるみる癒されていく。ひねくれていたあの頃が遠い昔に思えるほど、ヤマさんは仏のような心を持ち合わせていた。これも才雲さんの元で修業している成果なのだろう。


「べ、別に礼を言われる筋合いはねぇよ」


 本当は嬉しいくせに、照れ隠しでクッキーを口いっぱいに頬張る虎之介。面と向かって感謝を伝えられると照れる様はいつものことだが、もうちょっと素直になってもいいと思う。ほら、そんなにクッキーを詰め込むからハムスターみたいになっている。


「虎め。我のクッキーまで食べるとは食い意地の張ったヤツよ」

「……」


 龍さんもドーナツをほぼ全部食べてしまったのだから、お互い様だ。


 そんなティータイムを過ごしていると、ようやくお待ちかねのピザが届く。1人と1匹はあれだけお菓子を食べたというのに、ピザを目の前にすると途端に目を輝かせる。


 今回頼んだのは、オマール海老をはじめとする豪華魚介がのった期間限定シーフードピザ、和牛を贅沢に使用したプルコギ風ピザ、そして定番のマルゲリータとペパロニ、ジェノベーゼ、クアトロフォルマッジの4種が1枚になった盛り合わせピザ。なんとも迫力のある見た目に圧倒されながらも、体は正直なもので腹の虫が鳴いてしまう。


「さあ、キミたち。存分にお食べ。ヤマさんも遠慮せず好きなだけ食べてよ」

「うん。じゃあ、いただきます!」


 出前のピザなんて数年振りだが、やはり美味そうだ。初めに手に取ったのはシーフドピザ。豪華な見た目だけではなく、濃厚で甘味の強いオマール海老や、イカとエビのプリっとした食感、トマトやオリーブの風味がアクセントとなり、さらにチーズの海が一体感をもたらしてくれる。


「はあ。ピザってこんなに美味かったっけ……やっぱりお値段なりの味だわ」

「初めて食べたけど、もっちりした生地にチーズと具材のバランスが本当に美味しいね。確かにカロリーは高そうだけど、これが背徳感というものかぁ」

「そうだぞ! 背徳感こそ、さらにピザを美味くさせるスパイスとなるのだ!」

「どこでそんな言葉を覚えたんだよ」


 営業中は2階の住居でひたすらテレビを観ているという龍さん。中でもグルメ番組が大好きなようで、テレビで見たあれを作れだの、無理難題を言われることもしばしば。


「ところでよ、あの紙幣の鑑定結果はどうだったんだ? 百圓札っていうくらいだから、現代でも100円くらいの価値なんだろう? まったく、100円じゃジュースすら買えないってのに、あいつはケチだな」

「あのな、小太郎さんを見くびるんじゃないよ。百圓札は今の価値にすると約10万だ。こんな大金を置いていってくれたんだから、次来た時には盛大におもてなししないとな」

「な、なん、だと……!」


「なあ、龍さん。この前にみたいに、小太郎さんがこちら側に来られる条件ってなにかあるの? 龍さんの力で呼び寄せられない?」

「無謀なことを言うでない。常世には常世のことわりがあるから、たとえ神であろうとも我は干渉できぬ。今回こちらに来れたのは、彼岸の時期であったからだろう。次の機会なら盂蘭盆うらぼんだな。本人がまた来ると言ったのだから、焦らずとも気長に待てばよい」

「おぉ! そういうことなのか。じゃあ、夏まで楽しみに待つとするか。虎之介、それまで待てるか? 寂しいからって泣くんじゃないぞ?」

「あ? 泣かねぇよ」


 強がっていても俺にはお見通しだ。鬼のくせに意外と寂しがりやで、その証拠に喧嘩ばかりの龍さんといつも一緒にいる。一方、龍さんも家では虎之介の後ろついて回り、いつもちょっかいを出している。小太郎さんに会えない寂しさを紛らわすには、龍さんがいてくれてよかったのかもしれない。


「なんだか話が見えないけど、不思議なことがあったんだね。常世のことなら、お師匠様もなにか知ってるかもしれないよ」

「そういえばそうだった! ナイスだよ、ヤマさん。ところでヤマさんは明日暇? なにか予定ある?」

「え? 特にはないけど」

「よかった。じゃあさ、俺と一緒に占いに行かない? 店を開く夢があるなら、アドバイス欲しいでしょ? よく当たる占い師を紹介してもらったんだ」

「へえ、すごく興味があるよ。じゃあ、一緒に行こうかな。ついでに、友達も誘っていい? ていうか、大史くんはなにを占ってもらうの?」

「え、俺? ……ひ、ひみつ」


 初めての占いは、1人で行くのはどうしても勇気が出なかった。虎之介を誘っても鼻で笑われただけで、そういう類いは一切信用しないようだ。


「はあ。色恋をインチキな占いに頼るとは。なんとも情けない野郎だぜ」

「人間というのは愚かな者よなぁ」


「だまらっしゃい」


 人間の繊細な情緒を理解できないとは。

 純真無垢なヤマさんを見習って欲しいものだ。

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