第28話 猫又と未来の予言②

 今にも捕食しそうな勢いで俺たちを威嚇する占い師。

 真の正体は猫又である。

 

「シャーッ」


 ビビり散らかす俺はヤマさんの後ろに隠れ、ヤマさんも収拾のつかない状況に慌てふためいている。そんな中、手に持っていた紙袋から、思い出したかのように何かを取り出す河合さん。


「すっかり忘れていました。大したものではありませんが、賄賂だと思ってどうぞお納めください。ついでに、先ほどの無礼をお許しください」


 ついでに詫びを請うんじゃないよ。


 賄賂としてテーブルの上に置かれたのは、ラベルに『またたび酒』と書かれた酒瓶だった。確かに猫はまたたびが好きだと聞いたことがあるが、こんなテンプレなもので機嫌が直るはずもない。


「いや、河合さん。賄賂なんて言ったら余計に……」

「あら! あなた気が利くじゃない!」

「えっ」

「しかも限定品じゃないの。私もこのお酒を探してたんだけど、なかなか手に入らなくてね。まぁ、さっきの発言はこの賄賂に免じて許してあげるわ」


 機嫌、直ったね。


「さあ、とっとと座りなさい」


 占い師とテーブルを挟んで横並びに座った俺たち。ようやくお客だと認識してくれたのか、目の前に名刺を差し出される。


「サマンサローズ・猫屋敷……ぶふっ。このネーミングセン」

「すてきなお名前ですね」


 デリカシーのない発言をしようとした河合さんの口を咄嗟に塞ぐ。

 これ以上の謀反は許されないぞ、河合さん。


「そう? ありがとう。私の占いは霊視鑑定。手に触れるだけで過去や未来を見ることが出来るの。3人もいると時間がかかるから、パパッといくわよ」

「よ、よろしくお願いします。じゃあ、ボクから……」


 猫屋敷さんはヤマさんの両手を軽く握り、静かに目を閉じる。その間も余計な言葉を発さないよう、俺は河合さんの口元を手で覆っていた。


「あなた、宝くじでも買ってみなさい」

「そ、それはなぜですか?」

「今思い描いてる夢を実現するには、お金が必要よね? 現状だと何十年もかかってしまうわ。過去にはいろいろあったみたいだけど、あなたはもう反省して別の人生を歩んでいる。そんなあなたには仏の加護がついているから、懸命に励むご褒美として、予期せぬ臨時収入が手に入るわ。諦めずに頑張りなさい」

「は、はい……!ありがとうございます」


 的を得た内容で正直驚いた。こちらが悩み事を口に出さなくとも、猫屋敷さんには霊視とやらで過去や未来が見えているらしい。やはりこの人は本物だ。


 俺の手を振り払った河合さんは、苦しかったのか息を大きく吸い込んで呼吸を整える。「次は僕を」と両手を差し出すと、猫屋敷さんは先ほどのように手を握った。


「そうねぇ。あなたは人間界に来るまでは1人ぼっちだったから、どうやって他人と関わっていいのか分からないのね。だけど、あなたは人間になってまだ日が浅いから、焦らなくても今はまだその時じゃないの。いろんな人間と関わっていく中で、いろんな感情を理解していく方が先決だわ。思ったことをすぐ口にするのは気を付けた方がいいとして、どのようなになりたいかを自分自身で考える時期よ。感謝の気持ちを忘れずにいると心は成長していくから、それだけは心に留めておくように」

「……うっ……っ」


「えっ」


 猫屋敷さんの助言が心に響いたのか、ふと隣を見ると河合さんは滝のような涙を流していた。この様子から思うに、焦る気持ちがあったということは、人付き合いに関してかなり悩んでいたのだろう。普段はポーカーフェイスなのでイマイチ感情が掴めなかったが、ヤマさんが言うように河合さんも心優しい妖怪なのだ。


「じゃあ、最後に俺を見てください!」

「ほら、手を出しなさい」

「はい!」


 はやる気持ちを必死に抑え、手を差し出す。

 しかし俺の手に触れた途端、猫屋敷さんは眉間にシワを寄せる。


「ど、どうしました?」

「うーん……何度見ても結果は同じね。意中の女性との縁は、とっくに切れているわ。諦めなさい」

「えっ」

「お付き合いをしていた仲だったみたいだけど、一度割れたお皿は綺麗に戻らないのよ。その相手も、他に気になる人がいるみたいね。あなたにいい縁が訪れるとしたら……3年後、または5年後くらいかしら。まぁ、気長に待ちなさい」

「そ、そんな……」


 この流れならきっといい結果がもらえると信じていたのに、絶望的な仕打ちに目の前が真っ暗になる。しかも智香には気になる相手がいるなんて、今の俺にはどの答えも受け入れられそうにない。


「それと、あなた隠し子がいるでしょう? 10歳くらいの」

「……え? いや、えっ?」

「ずいぶんとわがままな子みたいだけど、愛情をもって育て上げなさい。以上」

「ま、待ってください! 隠し子ってなんのことですか!?」


 時間が迫ってしまったせいで、俺たちは部屋から追い出されてしまった。

 呆然とする俺に向けられた2人の冷ややかな視線。


 そんな目で見るなよ、頼むから。


「まさか自分の子供を認知していなかったとはね……大史くん、キミってやつは」

「人間というのは表と裏があるんですね。恐ろしいものです」


「待って、違う! 本当に! 絶対になにかの間違いだ!」


 完全に誤解されたまま、その場で解散となってしまった。


 現在10歳ということは10年前に生まれた子供。その頃は智香とも出会う前だったし、いたって健全な日常を送っていたので、心当たりがまったくない。もしかしたら俺ではなく虎之介の隠し子ではないだろうか。それもそれで驚きなのだが、思い当たることと言えばそれしか考えられない。


 いや、待てよ。

 10年前といえば友人の結婚式に参列し、二次会で記憶をなくした俺は翌朝ホテルの前で寝ていたことがある。記憶をなくしていた間、なぜ俺はホテルの前にいたのか。朧げな記憶で、見知らぬ女性と一緒だったような……。

 

 そんなことを悶々と考えていると、いつの間にかうちの店に辿り着いていた。入り口の戸を開けようとすると、店内から聞こえてきた声に心臓が飛び上がる。それは虎之介の声と明らかに子供の声だった。


「もうすぐ帰ってくるはずなんだけどな」

「ジュース!」

「またジュース飲むのか? 夜中におねしょするなよ?」

「大丈夫!」


 嘘だろ。なぜここにいるんだ。

 いや、まさかそんな……。


 恐るおそる戸を開けると、カウンター席の椅子に座っている子供と目が合う。まさしく10歳くらいの年齢で、俺を見つめるその目には覚えがあった。


「キ、キミ、キミは……」


 脈打つ心臓がやけに煩く、額から一筋の汗が垂れる。


 子供が口を開いたと同時に、俺の意識はそこで途切れてしまった。

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