第47話 小暑のまにまに
梅雨の合間の晴れ日ときたら、蒸し暑さがピークを迎える時期だ。
そんな過酷な時期に、とある事件が起きた。
「暑い、暑すぎるぞ! 昔はこんな猛暑の日などなかったというのに」
「龍、お前は神様なんだからなんとかしろよ。これじゃあ、ろくに客も来やしねぇ」
「阿呆! 我がどうにかできるのなら、とっくにやっておるわ」
「まったく、役に立たねぇ神様だな」
「なんだとお! ぬしの吐く二酸化炭素が地球温暖化とやらを悪化させているのが分からんのか! 息をするな! 無駄にデカい体のせいで、たたでさえ暑苦しいというのに」
「無茶を言うんじゃねぇよ。じゃあ、お前も息をするな」
「あのさ、暑くてイライラするのは分けるけど、小学生みたいな喧嘩はやめてくれないかな」
一昨日、店の空調設備が故障していまい、冷房が使えなくなってしまったのだ。
火を扱う厨房があるため、必然的に店内温度も上がる。なので、毎年この時期は冷房をガンガンに効かせて涼しくしているのだが、一昨日から店内は蒸し風呂状態。
空調が故障した旨を張り紙に記し、扇風機2台を回して営業しているのだが……当然のようにお客が来ない。こんな猛暑の中、わざわざ暑い店内でメシを食いたいとは思わないのだろう。設備業者もこの時期は忙しいらしく、明日にならないと修理に来れないという。
「毎日来ている玲子と河童も今日は顔を見せないな」
「そうだねぇ。こんな暑い日じゃ、わざわざ出歩かないでしょ。仕方ない。今日は営業を休もう」
暖簾を片付けようと店の外へ出た時。
「おーい! 大史兄ちゃん! 今日はもう店じまいなのか?」
手を振りながらこちらに駆け寄ってきたのは、松さんの息子である圭太だった。
高校生になって部活が忙しくなり、滅多に顔を出さなくなったが、久々に見た圭太は身長が伸び青年のような雰囲気になっていた。
「久し振りだな、圭太。いつの間にでっかくなりやがって。俺を追い越さないでくれよ」
「そりゃ無理な話だよ。だって僕、バスケ部だもん」
「育ち盛りって羨ましいなぁ。実は店の空調が壊れちゃってさ、お客も来ないから今日は休業しようと思って」
「父ちゃんから話は聞いたよ。だから、今日は差し入れ持ってきたんだ。みんなで食べようよ! ついでに、暇ならちょっと相談に乗って欲しいことがあるんだけど……」
「相談? もちろん、いいぞ」
圭太は手に持っていたビニール袋をずいっと差し出すと、その中にはコンビニで買ったであろうかき氷のカップアイスが4つ入っていた。
蒸し暑い店内へと招き、またもや喧嘩を始めていた2人にアイスの差し入れを告げると、ぴたっと手を止めて圭太を見つめる。
「気が利くではないか!
「こ、こわっぱ?」
「おお、松さんの
「う、うん」
龍さんと虎之介に圧倒される圭太だったが、お礼を言われると恥ずかしそうに微笑んだ。父親である松さんの人柄のおかげか、思春期真っ只中だというのに素直で優しい子。こりゃ、学校でもモテる部類に違いない。
扇風機を回しながら、灼熱の店内で冷たいかき氷アイスを食べる俺たち。
少し溶けて柔くなったかき氷だが、氷の粒が口の中を瞬時に冷やしてくれる。子供の頃は一気に食べたせいで頭がキーンしていたが、それも夏の醍醐味かもしれない。
「龍さん、一気に食べるとキーンとしちゃうよ」
「ぬおぉっ! な、なんだこれは! 頭を射られたぞ!」
忠告が間に合わなかったせいで悶絶する龍さんは、それでも食べる手を止めなかった。まぁ、溶けてしまうから急いで食べたい気持ちも分かる。
そんな中、圭太はかき氷アイスをスプーンでシャクシャクと崩しながら、何か言いたそうにチラチラと俺を見る。
「そういえば、さっき相談したいことがあるって言ってたな。頼りになる大史お兄さんに何でも言ってごらんよ。アイスのお礼も兼ねて」
「えっとね……今夜、夏祭りがあるでしょ?」
「あ! そういえばそうだった。松さんも焼き鳥の屋台を出すんだってね」
店の空調が故障したことに頭がいっぱいだった俺は、夏祭りがあることをすっかり忘れていた。毎年恒例の夏祭りは、歩いて5分の商店街通りに屋台がずらっと並び、大勢の人で賑わう。その先にある公園がメイン会場となり、カラオケ大会や抽選会などの催しが行われている。地元民が楽しみにしている年に1回の大イベントだ。
「屋台だと!? 焼き鳥の他になにがあるのだ?」
「たこ焼きに焼きそば、イカ焼き、牛串、かき氷、チョコバナナとか。食べ物だけじゃなく、射的や金魚すくいとか、遊べる屋台もあるよ」
「なんと! 今から行くぞ!」
「オレも行く!」
「そう言うと思った。ていうか、夕方からだからまだ準備中だって」
食い意地の張った2人なら行かないはずはない。
先ほどまで喧嘩をしていたというのに、何を食べるか仲良く会議を始める始末。
「それで、夏祭りがどうしたんだ?」
「実は、好きな女の子を誘ったんだけど……今日告白しようと思うんだ。だから、どんなシチュエーションでどんな言葉がいいのか教えて欲しくて。大史兄ちゃんしか頼れる大人がいないんだ! 確か、美人な彼女がいたでしょ?」
「いや、もうとっくに別れたよ……向こうには好きな人もいるみたいだしね」
「そうなの? 大史兄ちゃんイケメンなのになぁ。もったいないね」
「……ふっ。圭太、お前はよく出来た子だな」
圭太の肩に手を置きながら、褒めてくれたことを労っていると、龍さんは空気の読めない言葉を言い放つ。
「小童よ、大史に恋の相談をしても無駄だぞ。こやつは意気地なしで面白味のない男だから、女にフラれたのだ。
「ふくすいぼん?」
「ちょっと、龍さん。ようやく吹っ切れようとしてたんだから……」
「どうだか。寝言で泣きながら女の名前を叫んでおったではないか。女々しいヤツよ」
「えっ、うそ、マジ?」
「嘘だぞ。ぷぷっ」
「……」
焦った俺を見ながら愉快に笑う龍さんは、本当にタチが悪い。
圭太の前で大人対応を見せようと思ったのに、これじゃ台無しだ。
「じゃあ、そこの大きいお兄さんはどう? モデルみたいにカッコいいし、女の子にモテそうだし! ねえ、どうやって告白したらいいと思う?」
「は? な、なんでオレなんだ。どうやってって言われても……」
頭を掻きながら戸惑う虎之介を見て、龍さんは大きく溜息を吐く。
「はあ。小童、ぬしは見る目がないな。こやつも女に縁がないから、恋のあれこれは分からぬのだ。そういうことは我に聞くがよい」
「だ、だって、ただの子供じゃん……」
「むむっ。見た目は子供だがな、こう見えても人間でいうと人生100回目だ」
「えぇ……なんかよく分からないけど、じゃあアドバイスをお願いしようかな」
「ふふん。耳を貸せ」
自信満々に鼻を鳴らした龍さんは、圭太にコソッと耳打ちをする。内容が気になった俺と虎之介は至近距離で聞き耳を立てるも、龍さんに手で追い払われた。
「……おお! 直球でいいね! 僕、頑張ってみるよ」
「うむ。この言葉を言えば、未来永劫に夫婦円満、子孫繁栄するだろう」
「え、いや、告白するだけでしょ? 変なこと教えてないよな?」
「変なこととはなんだ。とっておきの言葉を教えたまでだ」
「不安だ……」
「ありがとう、おチビちゃん! なんだかいけそうな気がするよ!」
龍さんの頭を撫でながらお礼を言った圭太は、やる気に満ち溢れた表情で颯爽と店を後にした。
ものすごく不安だが、本人が納得しているのだから見守るとしよう。
「店の片付けしたら、あとで祭りに行こっか。屋台のメシも久々だし、ビールでも飲みながら店を回りつつ……」
「我はな、チョコバナナとかき氷と牛串が食べたい!」
「それならよ、全部の屋台を制覇しようぜ!」
「……俺は奢らないからな」
そんなことを言いながらも、少しだけ浮足立っている自分がいた。
夏祭りというのは大人になってもなぜかワクワクするものだ。
こんな束の間の休息も悪くない。
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