第46話 縁とご加護とホタル

 動揺するヤマさんを椅子に座らせ、彼にも特製の梅シロップソーダを出した。

 一息ついてグラスに口を付けると、こくりと喉を鳴らす。


「はあ……美味しい。これって梅のシロップ?」

「そうだよ。俺が作ったんだ」

「へえ、僕も作ってみたいな。あとで作り方を教えてもらえるかな?」

「もちろん。そんなことよりヤマさん、高額当選の話はあまり口外しないほうがいいんじゃないかな」

「え? な、なんで?」


 幸い、店にいたのは俺たちと銀之丞くんだけ。

 唖然としていた龍さんと虎之介は我に返ると、目にも止まらぬ速さでヤマさんの両隣に瞬間移動した。1人は目を輝かせながら顔を覗き込み、もう1人は長年の親友のように肩を組む。


「おい、ヤマさん! 3億当たったのは本当か!? 我に一生分のピザを奢れ!」

「オレは酒でいいぞ。山崎50年とか。オレとお前の仲だろう」


「ほらね。こういうたかってくる輩がいるから、気を付けないと」

「あ……そうだね。ごめん」

 

 用意していたまかないを口実に2人を追い払い、何が起こっているのか分からない様子の銀之丞くんに声をかけた。


「えっとね、こちらはお寺で修業中の八岐大蛇こと、ヤマさんだよ。毎週末、お寺の境内で焼菓子を販売してるんだ」

「おお! 常々噂では聞いてましたけど、あなたが八岐大蛇なんスね。自分は銀之丞っていいます。兄さんの焼菓子、以前に姐さんからいただいて食べたことあります! めちゃくちゃ美味かったっス」

「そ、そう? へへ、ありがとう」


 雰囲気が似ている2人から和やかな空気が漂う。


「ところでヤマさん。その宝くじの当選金だけど、使い道は決まってるの?」

「うん。もし高額当選したら、お世話になっているお寺に7割を寄付して、残りは洋菓子店の開業資金にしようかと思ってたんだ。でも、とんでもない額だったから、まだ実感が沸かないんだよね……」

「才雲さんが知ったら、腰を抜かしちゃうだろうなぁ。じゃあ、念願の資金も手に入ったことだし、あとは物件と従業員探しってところかな」

「そうだね。一応、目ぼしい物件は見つけてあるんだ。このお店のはす向かいに蕎麦屋があるでしょ? その隣の物件が格安で売っていたから、そこにしようかなって」


 ヤマさんの言う空き物件は、徳次郎さんというおじいちゃんが八百屋をやっていた元店舗だ。10年前に店を畳んでから空き物件として売りに出されていたが、なんせ築70年以上というヴィンテージ物件のため、長年買い手が付かなかった。放置されていたせいで屋根瓦や外壁は剥がれ落ち、内装もボロボロで住める状態ではないので、リフォームを実費で施す必要がある。


「ずいぶんと渋い物件を選んだね。改装したとしても、洋菓子というか和菓子を販売してそうな佇まいだけどいいの?」

「うん、ちょっと考えてることがあってね。綺麗にリフォームした暁には、カフェスペースも作りたいんだ。古民家カフェみたいなイメージかな。お洒落すぎる外観より、馴染みのある外観のほうがお店に入りやすいし、老若男女問わずいろんな人に来て欲しいからね」

「おお、いいね。カフェスペースも作るとなると、当然従業員も必要になるよね?」

「うん。できれば調理の補佐と接客が出来そうな人を……」


 静かに話を聞き入っていた銀之丞くんは、ハッとして椅子から立ち上がると、勢いよく右手を上げた。


「はいッ! ここに! ここにいますよぉッ! 自分、調理の仕事に就きたかったので、念のため食品衛生責任者資格を取得しました! 接客経験もありますし、笑顔には自信がありますッ」

「え……すっごいグイグイ来るね……」


 興奮気味な銀之丞くんに困惑気味のヤマさん。

 彼が抱える事情を話すと、さすが仏のヤマさんと言うべきか、すんなりと受け入れた。


「ボクとしては大歓迎だよ、銀之丞くん。とは言っても、お店の開店はリフォームを含めて半年以上はかかると思うけど、それでも大丈夫?」

「はい、もちろんです。なんなら、自分もお手伝いしますよ! 体力が有り余ってますんで! それと、洋菓子作りに関してほとんど知識がないので、開店までの間はお寺で販売するお菓子作りを手伝ってもいいっスか?」

「もちろんだよ。こちらこそお願いしたい。こうやって仲間が出来ていくのって、なんだか嬉しいな」

「へへっ、自分もっス!」


 ほわほわとした空気の中、それは突然だった。


 ——— ぐぅ~……


 腹の虫の主は銀之丞くんだ。

「ほっとしたら急にお腹空いちゃって」と、頭を掻きながらへらっと笑う。


「よかったね、銀之丞くん。なにか食べる? 食べたいものなんでも言ってよ」

「そうっスね……ちなみに、今日のまなかないって何なんですか?」

「え、まかない? 今日は豚バラのすき焼き丼、温玉のせだよ」

「うわあ、美味そう。自分もそれが食べたいっス!」

「はいよ。ヤマさんは?」

「じゃあ、ボクもお願いしようかな」

「了解。少々お待ちを」


 既にまかないを食べていた虎之介と龍さんは、おかわりをして2杯目もあっという間に平らげていた。食いしん坊な彼らの胃袋は業が深い。


 豚バラのすき焼き丼は、最近ハマっているまかない丼のひとつ。もちろん牛肉のすき焼き丼も美味しいのだが、豚バラ肉の甘味とすき焼きダレのコク感が相まって、どんどん食べ進めたくなるほど絶品なのだ。


 銀之丞くんとヤマさんにもまかない丼を提供すると、よほどお腹が空いていたのか5分足らずで完食。俺の分がなくなってしまったが、美味しそうに食べてくれたのでヨシとしよう。


「やっぱり大史くんの作るメシはマジで美味いっス! 元気が出てきました!」

「僕も同じく。なんだか気持ちが前向きになったよ」

「そ、そう? そんなに褒められると照れちゃうな」


 先ほどまで元気のなかった銀之丞くんと、顔面蒼白だったヤマさんの表情は明るくなり、食事後もしばらく2人で談笑していた。


 つくづく思うのだが、この店は不思議な縁が多い。

 俺がいろんな人や妖怪と出会えたように、お客同士でもさまざまな縁が生まれている。これは代々店を受け継いできたご先祖様の力なのか、はたまた商売繁盛や縁結びのご利益がある、九頭龍大神こと龍さんのおかげなのか。この2人もまた、そのご加護の元に縁が結ばれたのだと思う。



 その日の夜。

 風呂上りに冷えた缶ビールを片手にベランダへ出てみる。

 降り続いていた雨は止んで、ほんの少し涼しい風が吹き抜けた。


「おい、大史! 我は虎とアイスを買いに行ってくる!」


 後ろを振り向くと、龍さんが窓からひょこっと顔を出していた。


「コンビニに行くのか? ついでに俺の分も頼むよ」

「あいわかった!」

「……あっ! ちょっと待った! 龍さん動かないで!」

「なんだ」


 黄緑色に発光する物体が飛来してきたかと思うと、龍さんの頭の上にそっと乗っかった。ここ最近はめっきり見なくなっていたので、それを見て思わずテンションが上がってしまう。


「ホタル! 龍さんの頭にホタルが止まってる!」

「なんだと! 我も見たい!」

「こらこら、動いちゃダメだって! スマホで写真撮ってあげるから。龍さんの髪、ふわふわだから居心地がいいのかな」

「ふふん。我を選ぶとは、見る目があるな!」


 騒ぎを聞きつけた虎之介は、龍さんの光る頭を見て爆笑する。

 ホタルの写真を撮るついでに……。


 ——— パシャッ


 3人が画角に入るようスマホを掲げる俺と、誇らしげにピースをする龍さん、その背後で腹を抱えながら笑っている虎之介。撮影した写真を見た俺は、ふとこんなことを思った。


「なんか、兄弟みたい」

「我が長男だな」

「いや、オレだろう。一番体がデカいからな」

「いやいや、そんなのズルいだろ。長男は家主であるこの俺!」


 そんな言い合いをしているうちに、龍さんの頭に止まっていたホタルは空高く飛んで行ってしまった。先ほどまで雲に覆われていた空からは星が覗いている。


「明日もいい縁があるといいね」


 龍さんは「大史も行くぞ!」と俺の手を引っ張り、そのまま外へ連れ出された。

 コンビニまでの道中、3人で歩きながら決着のつかない長男論争をひたすら繰り広げる。こんな不毛な会話が一番楽しいと知ったのは、彼らに出会ってからだ。

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