第34話 疑惑のミックスフライ定食

「なにかあったらいつでも相談に乗るよ。今日はご馳走さま」


 賑やかな夜がお開きとなったあと、滑瓢ぬらりひょんことぬらりさんは、下級妖怪を封じた鉛玉を革鞄に詰め、穏やかな笑みで店を去って行った。報酬は後日振り込むと言ってくれたので、数日後に口座を確認すると、ゼロの数がバグに思えるほどの金額が振り込まれていた。この報酬は手伝ってくれた玲子さん、ヤマさん、河合さんと分配したのだが、みんなは想像以上の金額に各々驚愕。虎之介や龍さんにも、俺の取り分から3等分にして分配した。2人にはちょっと多めに心付け。


「いや、こんなにもらっていいのか?」

「アイスとお菓子とアイスが好きなだけ買えるではないか……!」

「滑さんのご厚意だよ。龍さん、無駄遣いはダメだぞ。アイスは1日1個まで!」


 俺なんかよりも虎之介は頑張ってくれたし、龍さんがいなければ命の危機でもあった。今回だけじゃなく、店を営業するにあたって2人にはいつも助けてもらっているので、心ばかりのお礼でもある。


「今日も1日よろしく頼むぞ」

「おう、当然だ!」

「我に任せるがよい!」


 いつもに増して気合いが入っているのは、臨時収入のおかげだろう。


 この日、久し振りに来店したのは、先日焼きおにぎりを注文した峯田和恵さんの夫である俊彦さん。最近は2人で来店することが減り、個々で来ることが多くなっていた。


「俊彦さん、いらっしゃい。久し振りだね」

「ああ、久し振り。最近は休日になっても疲れが取れなくて、外出するのが億劫になってしまってね。おれも年を取ったもんだ」

「出張の多い仕事は大変だね。なんだか顔も疲れてるような」

「ははっ。ただの加齢だよ。今日も、いつものやつを頼むよ」

「はいよ、いつものやつね」


 俊彦さんはいつもミックスフライ定食を注文する。うちのミックスフライは基本、エビフライ、メンチカツ、コロッケを盛り合わせている。仕入れ状況によって、たまにアジフライやから揚げを盛り合わせたりするが、祖父母の代からラインナップは変わらない。


 付け合わせは千切りキャベツにミニトマト、ポテトサラダ、レモンの半月切り、タルタルソースを添えて提供。別添えのウスターソースは、野菜や果物をふんだんに使用した自家製ソースで、甘みがあってさっぱりした味わいとなっている。


「俊彦さん、お待たせ。ミックスフライ定食ね。今日はあさりのみそ汁付き」

「おお、あさりが入っているなんてラッキーだ」

「いつもミックスフライ定食頼むけど、揚げ物好きなの?」

「まぁね。和恵は家で揚げ物を作らないからさ、外出した時はつい揚げ物を頼んじゃうんだよ。まぁ、油飛びの掃除も大変だし、いつも料理を作ってくれる和恵にはわがまま言えないから」

「へえ。俊彦さんは優しいね」

「ははっ、どうだか。でも最近、和恵の様子がどうも変なんだよ。化粧をしたり新しい服を買ったり、見た目に気を遣い出して、なんだか雰囲気が変わったんだ。よく外出しているようなんだけど……あ、こんなこと喋ってるうちに揚げ物が冷めちゃうな。いただきます」

「あ、うん。冷めないうちにどうぞ」


 和恵さんならついこの前店に来たばかりだが、どこもおかしな様子はなかった。確かに化粧はバッチリしてたけど、あの日は女子会があると言って、団三郎さんの店に行っただけ。


 先日、店に行った龍さんの話によると、やけに女性客が多いと言っていたが、その層にウケる店になるとは意外だった。以前のように術のようなものは使っていないはずだが、客層が少々気になっていたのだ。


「おれさ、このタルタルソースが好きなんだよ。卵の風味がしっかりあって、ご飯にも合うんだよなぁ」

「分かるぞ! 我はな、タルタル丼が好きだ。ご飯にタルタルソースだけをたっぷり乗せるのだ」

「そりゃ贅沢な食べ方だなぁ。おれたちは同志だな、可愛い店員さん」

「うむ、同志だ! タルタルソースはおかわりも出来るぞ!」

「ははっ。ありがとう」


 またもやお客さんの隣に座り、当たり前のように話しかける龍さん。しっかり営業トークもしてくれるので、今ではよく見る光景だ。


「さっき話していたお姉さんのことだが」

「お姉さん? あ、和恵のことか」

「うむ。なぜ容姿が変わっただけで変に思うのだ?」

「いや、だって急に見た目に気を遣い出すからさ、もしかして浮気してるんじゃないかって。この前、誰かと電話で話しているのを偶然耳にしたんだけど、団三郎様がどうのこうのって言ってたんだ。歌舞伎役者みたいな名前だったから、どんなヤツなのか気になっちゃってさ」

「なんだ、狸のことではないか」

「狸?」

「この前来た時、我にだけこっそり教えてくれたのだが、お姉さんは『団三郎ふぁんくらぶ』という組合の会合をすると言っていたぞ。その団三郎とうのは、はす向かいにある蕎麦屋の店主だ」

「え、蕎麦屋の店主? ますます訳が分からない……」


 俺には女子会だと言っていたが、要するに団三郎ファンクラブのファンミーティングってことか。そもそもファンクラブがあったことも驚きだ。長い黒髪を1つに結い、和服姿が似合う団三郎さんは、確かに歌舞伎役者のような男前ではあるので、蕎麦屋に女性客が多いことについて謎が解けた気がする。


「俊彦さん、和恵さんは多分浮気なんてしてないよ」

「そうかなぁ……実は和恵のやつ、今日もおめかしして出かけたんだ。まさかさとは思うけどさ、また蕎麦屋に入り浸っていたりしてな。団三郎って男がどんなヤツなのかも気になる」

「それなら偵察に行ってみる? 自分の目で確かめれば、疑惑が晴れるかもしれないよ。虎之介、少しの間店を頼めるか?」

「おう」

「我も行く!」

 

 本格的な浮気調査ならば適任の人を知っている。探偵事務所のあの人なら、きっと朝メシ前だと思う。本人から聞いた話によると、依頼の大半は浮気調査だという。しかしそんな依頼も滑瓢ぬらりひょんの手にかかれば、最短1日、最長3日で調査が完了するらしい。どのようにして短期間で証拠を掴むのかは企業秘密だと言われたが、その分、依頼料も高額。商売上手なのはさすが妖怪のおさとも言うべきか。


 だが、俺だってこのくらいなら人の役に立てる。なんせ、どちらも顔見知りなのだから。和恵さんと団三郎が浮気だなんて、想像もつかない。俺の想像力がないといったらそれまでだが、双方の人柄を知っている分、絶対にありえない。と、思いたい。


 俊彦さんと龍さんを引き連れて団三郎さんの店に入店すると、渦中の人物がにこやかに顔を出す。


「いらっしゃいませ。おや、わたしの主人はお客様を連れてきてくださったのですねぇ」

「わたしの主人……? 大史くん、この御仁とはそういう主従関係なのかい?」

「なんかデジャヴを感じるな。いや、違うよ。主従関係なんてない。団三郎さん、その呼び方は誤解を招くからやめてくれ」

「気に入っていたのに残念です。今日はどうしたのですか?」

「ちょっと人探しに……うん? あの団体は」


 目線の先には中年女性の団体客が仲良く談笑していて、その顔ぶれの中には和恵さんと、もう1人見覚えのある女性と目が合う。


 あの人は……


「あら、あの時の! その隣の子は……あなた本当に隠し子がいたの?」


 サマンサローズ・猫屋敷……!

 猫屋敷さんの大きなひと声で、マダムたちは一斉にこちらを凝視する。


「か……隠し子なんかじゃありませぇんッ!」


 必死の抵抗も虚しく、冷ややかに集まる視線の恐怖に思わず足がすくんでしまった。

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