第34話 疑惑のミックスフライ定食
「なにかあったらいつでも相談に乗るよ。今日はご馳走さま」
賑やかな夜がお開きとなったあと、
「いや、こんなにもらっていいのか?」
「アイスとお菓子とアイスが好きなだけ買えるではないか……!」
「滑さんのご厚意だよ。龍さん、無駄遣いはダメだぞ。アイスは1日1個まで!」
俺なんかよりも虎之介は頑張ってくれたし、龍さんがいなければ命の危機でもあった。今回だけじゃなく、店を営業するにあたって2人にはいつも助けてもらっているので、心ばかりのお礼でもある。
「今日も1日よろしく頼むぞ」
「おう、当然だ!」
「我に任せるがよい!」
いつもに増して気合いが入っているのは、臨時収入のおかげだろう。
この日、久し振りに来店したのは、先日焼きおにぎりを注文した峯田和恵さんの夫である俊彦さん。最近は2人で来店することが減り、個々で来ることが多くなっていた。
「俊彦さん、いらっしゃい。久し振りだね」
「ああ、久し振り。最近は休日になっても疲れが取れなくて、外出するのが億劫になってしまってね。おれも年を取ったもんだ」
「出張の多い仕事は大変だね。なんだか顔も疲れてるような」
「ははっ。ただの加齢だよ。今日も、いつものやつを頼むよ」
「はいよ、いつものやつね」
俊彦さんはいつもミックスフライ定食を注文する。うちのミックスフライは基本、エビフライ、メンチカツ、コロッケを盛り合わせている。仕入れ状況によって、たまにアジフライやから揚げを盛り合わせたりするが、祖父母の代からラインナップは変わらない。
付け合わせは千切りキャベツにミニトマト、ポテトサラダ、レモンの半月切り、タルタルソースを添えて提供。別添えのウスターソースは、野菜や果物をふんだんに使用した自家製ソースで、甘みがあってさっぱりした味わいとなっている。
「俊彦さん、お待たせ。ミックスフライ定食ね。今日はあさりのみそ汁付き」
「おお、あさりが入っているなんてラッキーだ」
「いつもミックスフライ定食頼むけど、揚げ物好きなの?」
「まぁね。和恵は家で揚げ物を作らないからさ、外出した時はつい揚げ物を頼んじゃうんだよ。まぁ、油飛びの掃除も大変だし、いつも料理を作ってくれる和恵にはわがまま言えないから」
「へえ。俊彦さんは優しいね」
「ははっ、どうだか。でも最近、和恵の様子がどうも変なんだよ。化粧をしたり新しい服を買ったり、見た目に気を遣い出して、なんだか雰囲気が変わったんだ。よく外出しているようなんだけど……あ、こんなこと喋ってるうちに揚げ物が冷めちゃうな。いただきます」
「あ、うん。冷めないうちにどうぞ」
和恵さんならついこの前店に来たばかりだが、どこもおかしな様子はなかった。確かに化粧はバッチリしてたけど、あの日は女子会があると言って、団三郎さんの店に行っただけ。
先日、店に行った龍さんの話によると、やけに女性客が多いと言っていたが、その層にウケる店になるとは意外だった。以前のように術のようなものは使っていないはずだが、客層が少々気になっていたのだ。
「おれさ、このタルタルソースが好きなんだよ。卵の風味がしっかりあって、ご飯にも合うんだよなぁ」
「分かるぞ! 我はな、タルタル丼が好きだ。ご飯にタルタルソースだけをたっぷり乗せるのだ」
「そりゃ贅沢な食べ方だなぁ。おれたちは同志だな、可愛い店員さん」
「うむ、同志だ! タルタルソースはおかわりも出来るぞ!」
「ははっ。ありがとう」
またもやお客さんの隣に座り、当たり前のように話しかける龍さん。しっかり営業トークもしてくれるので、今ではよく見る光景だ。
「さっき話していたお姉さんのことだが」
「お姉さん? あ、和恵のことか」
「うむ。なぜ容姿が変わっただけで変に思うのだ?」
「いや、だって急に見た目に気を遣い出すからさ、もしかして浮気してるんじゃないかって。この前、誰かと電話で話しているのを偶然耳にしたんだけど、団三郎様がどうのこうのって言ってたんだ。歌舞伎役者みたいな名前だったから、どんなヤツなのか気になっちゃってさ」
「なんだ、狸のことではないか」
「狸?」
「この前来た時、我にだけこっそり教えてくれたのだが、お姉さんは『団三郎ふぁんくらぶ』という組合の会合をすると言っていたぞ。その団三郎とうのは、はす向かいにある蕎麦屋の店主だ」
「え、蕎麦屋の店主? ますます訳が分からない……」
俺には女子会だと言っていたが、要するに団三郎ファンクラブのファンミーティングってことか。そもそもファンクラブがあったことも驚きだ。長い黒髪を1つに結い、和服姿が似合う団三郎さんは、確かに歌舞伎役者のような男前ではあるので、蕎麦屋に女性客が多いことについて謎が解けた気がする。
「俊彦さん、和恵さんは多分浮気なんてしてないよ」
「そうかなぁ……実は和恵のやつ、今日もおめかしして出かけたんだ。まさかさとは思うけどさ、また蕎麦屋に入り浸っていたりしてな。団三郎って男がどんなヤツなのかも気になる」
「それなら偵察に行ってみる? 自分の目で確かめれば、疑惑が晴れるかもしれないよ。虎之介、少しの間店を頼めるか?」
「おう」
「我も行く!」
本格的な浮気調査ならば適任の人を知っている。探偵事務所のあの人なら、きっと朝メシ前だと思う。本人から聞いた話によると、依頼の大半は浮気調査だという。しかしそんな依頼も
だが、俺だってこのくらいなら人の役に立てる。なんせ、どちらも顔見知りなのだから。和恵さんと団三郎が浮気だなんて、想像もつかない。俺の想像力がないといったらそれまでだが、双方の人柄を知っている分、絶対にありえない。と、思いたい。
俊彦さんと龍さんを引き連れて団三郎さんの店に入店すると、渦中の人物がにこやかに顔を出す。
「いらっしゃいませ。おや、わたしの主人はお客様を連れてきてくださったのですねぇ」
「わたしの主人……? 大史くん、この御仁とはそういう主従関係なのかい?」
「なんかデジャヴを感じるな。いや、違うよ。主従関係なんてない。団三郎さん、その呼び方は誤解を招くからやめてくれ」
「気に入っていたのに残念です。今日はどうしたのですか?」
「ちょっと人探しに……うん? あの団体は」
目線の先には中年女性の団体客が仲良く談笑していて、その顔ぶれの中には和恵さんと、もう1人見覚えのある女性と目が合う。
あの人は……
「あら、あの時の! その隣の子は……あなた本当に隠し子がいたの?」
サマンサローズ・猫屋敷……!
猫屋敷さんの大きなひと声で、マダムたちは一斉にこちらを凝視する。
「か……隠し子なんかじゃありませぇんッ!」
必死の抵抗も虚しく、冷ややかに集まる視線の恐怖に思わず足がすくんでしまった。
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