第33話 おにぎりとタケノコ三昧

 鉛玉に封じ込めた妖怪は全部で134体。

 意外にも奮闘したヤマさんは40体も仕留めていた。どうやってこんなに多くの妖怪を封じたのか聞いてみると、ヤマさんの正体が八岐大蛇やまたのおろちだと気付いた妖怪は、抵抗することなく素直に応じたそうだ。


「自分でもよく分からないんだけど、なぜかみんな怯えていたんだ。ボクは優しく話しかけたつもりだったんだけど……」

「そりゃ当然だよ。恐れていた隠れ里のぬしが突然目の前に現れたのだから、自分より強大な力を持つ相手に反抗なんてしないさ。いやあ、キミが協力してくれて本当に助かった」


 穏やかに笑うぬらりさんは、ヤマさんを労うように肩をひと叩きする。


「ヤマさん、キミにはもうひとつお願いがあるんだ。隠れ里と現世うつしよの結界として、キミのウロコを1枚いただけないだろうか。それだけで隠れ里の妖怪は八岐大蛇の存在を認識できるから、このような事態にならずに済む。元の住処には戻るつもりはないんだろう?」

「はい。ボクはここが好きなので、これからも現世で暮らしていきます。ウロコが役に立つのなら、いくらでも差し上げますよ」

「そうか。ありがとう」


 ヤマさんはすっかり人間界が気に入ったようで、元の住処に帰る気配はない。今までずっと1人ぼっちだったが、いろんな人間や妖怪と関われるこの世界は、ヤマさんにとって希望をもたらしてくれるものなのだろう。それはここにいる妖怪たちも同じこと。何百年と生きる中で、人の営みが尊いことを身をもって感じているはず。


「みんな、お腹空いたでしょ? メシにしよっか。今日は臨時休業しちゃったから、ほとんど仕込みが出来てないんだけど、作れるものなら作るよ」

「から揚げ一択で」

「僕はきゅうりと魚がいいです」

「ブレないね、キミたちは」

「オレは白米が食いてぇ」

「我は腹が膨れればなんでもいい!」


 そういえば、ヤマさんの好みってなんだろうか。

 お菓子が好きなことは知っているけど、食事系の好みは聞いたことがない。


「ヤマさんは? 好きな食べ物はある?」

「ボクは……おにぎりかな。シンプルな塩味が1番好きなんだ。なぜか分からないけど、人が握ったおにぎりってすごく美味しく感じるんだよね」

「もしかして、てっちゃんお手製の?」

「えっ。まぁ、その……うん」


 てっちゃんじゃなくて申し訳ないけど、おにぎりならすぐにでも用意できる。もじもじしながら言うものだから、ついリクエストに応えたくなってしまった。


「じゃあ、今日はおにぎりパーティーにしようか。いろんな具材を入れれば、いろんな味が楽しめるだろ? それと、近所の人からタケノコをたくさんもらってあるから、タケノコの天ぷらとか刺し身とか……」

「それはいいね。僕はタケノコが好物だから、ぜひともいただきたい」

「はいよ。では、少々お待ちを」


 虎之介と龍さんも手伝いを申し出てくれたので、早速分担して調理を進める。おにぎりの具材には鮭、から揚げ、鮪の漬け、梅ひじき、煮卵など、作り置きや冷蔵庫にある食材を使うことにした。もちろん、塩おにぎりも忘れずに。それらは虎之介と龍さんに任せることにして、俺はアク抜きしていたタケノコを調理することにした。


 タケノコの刺し身にする場合は、穂先から4、5cmくらいが一番美味しい部分とされている。カットした穂先をさらに縦方向へ切り、薄くスライスするとタケノコの刺し身が完成。さらに、水気を取ったタケノコのバター醬油炒めに天ぷら、かつお出汁をベースにタケノコとワカメを入れたお吸い物、若竹汁もおにぎりのお供に。


 虎之介は綺麗な三角形に仕上げてくれたのだが、龍さんが握ったおにぎりは小さくていびつなものだった。しかし、これはこれで可愛らしいので、そのままみんなが待つテーブルへと運ぶ。


「お待ちどうさま。ロシアンおにぎりと、タケノコ料理各種です」

「ロシアンおにぎり……このどれかにわびが大量に入ってたり?」

「ヤマさん、それはないから安心して。食べてみるまで中身はお楽しみ。好きな具材が入ってたらラッキーってことで」

「よ、よかった」

「じゃあ、食べようか」


『いただきます』


 手に取ったおにぎりの中身は煮卵だった。味の染みた白身と半熟の濃厚な黄身が白米とよく合い、おにぎりにすることでさらに旨みが強く感じるのは不思議なものだ。旬のタケノコも柔らかく甘みがあり、塩で食べる天ぷらは特にお気に入り。


 玲子さんはいつの間にか膝の上に龍さんを乗せ、2人で仲良くおにぎりを頬張っていた。


「やったー! 中身から揚げだった!」

「それは我が握ったのだぞ。美味いか?」

「うん、超美味しい。龍ちゃんはおにぎり握るの上手だね」

「ふふん! 我ならこれくらい容易いのだ!」


 口の周りにご飯粒をたくさん付けながら、誇らしげにする龍さん。いびつな形はお世辞にも上手とは言えないが、母性が芽生えた玲子さんは、形よりも一生懸命作ってくれたことに嬉しさを感じているのだろう。


「これは焼き鮭ですね。生の魚も好きですが、香ばしく塩気のある魚もご飯によく合います」

「ボクのは塩味だったよ。ご飯の甘味が引き立って、やっぱりシンプルなおにぎりが一番好きだな。それに、タケノコのお吸い物もすごくほっとする味わいだね」

「そうだね。体に染み渡っていくような美味しさだよ。柔らかく新鮮なタケノコの刺し身や、バター醬油炒めもおにぎりによく合う」

「……どれもうめぇ」


 腹が減り過ぎていた虎之介は黙々と食べ進め、河合さんとヤマさん、滑さんはゆっくりと味わっていた。美味そうに食べてくれる姿は、いつ見ても心が満たされる。どんなに大変なことがあっても嫌なことがあっても、この瞬間だけは生きていてよかったと思える。大袈裟かもしれないが、この感情は代々メシ屋を受け継いできたさがなのかもしれない。


「大史! 大変だ、おにぎりがなくなったぞ!」

「虎之介が食べ過ぎなんだよ。俺まだ1個しか食べてなかったのに。炊飯器は空だし、冷凍ご飯しかないけどチャーハンでも作ろうか?」

「あんかけ! あんかけチャーハンが食べたい!」

「はいはい。他に食べたい人いる? 麺もあるから、あんかけ焼きそばも出来るけど……」


 勢いよく手を挙げる者、遠慮がちに手を挙げる者。

 全員が手を挙げたので、その光景を嬉しく思いながら俺は再び厨房に立った。

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