第32話 狩りの時間だぜ②

 妖怪たちは個々に動けるとしても、俺1人ではどうしても心細かったので、龍さんと秘密兵器を持参して狩りに出かけた。下級妖怪を封じるのは容易だが、人間に憑りついた妖怪も見つけ出さなければならない。虎之介は「もし手に負えないようならオレを呼べ」などと言っていたが、どうやって呼んだらいいんだ。口笛?狼煙?


「案ずるな。我がいるのだから」

「龍さん! ちっこいのに頼もしい!」

「しかし、大史よ。なぜタケノコを持ってきたのだ」

「俺の武器! 先が尖ってるから!」

「……そうか」


 こいつは何を言っているんだ?とばかりに怪訝な顔をするんじゃあない。

 今までの戦場でも、俺は野菜を武器に戦ってきた。役に立ったことなど一度もないが、丈夫なタケノコならきっとなにかしらの役に立つ。なんせ、今が旬なのだから。


 夕暮れ時となると、光が届かない路地は不気味な気配を放っている。滑さんの話によると、このような場所に下級共は潜んでいるという。勇気を出して薄暗い路地に足を踏み入れるとひんやりとした空気を感じ、スッと目の前に現れたのはぼんやりとした女性の影。


「あら、ちょうどいい人間がやってきたわ」

「ヒッ……出た……」

「この私が見えるのかい? その若くて健康そうな身体、私におくれよ」


 後ずさりをするも、長い髪と着物らしき物を着ている影だけの妖怪は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。「あれは影女だな」と言った龍さんは怖気づくことなく、その妖怪をじっと見つめていた。


「大史よ、早くタマタマを出せ」

「な、なにを言っているんだよ、龍さん! いくら妖怪相手でも、そんなことしちゃったら公然猥褻罪で……!」

「ポケットに入っているタマタマだ」

「そっちか!」


 すかさずポケットから鉛玉を取り出して妖怪の目の前にかざすと、青白い閃光を放った。影女と呼ばれる妖怪はみるみる小さな物体となり、鉛玉の中へと吸い込まれていく。あっという間の出来事に呆然としていると、龍さんは「よくやった」と俺の尻を叩いた。


「よし。この調子でどんどん行くぞ!」

「う、うん」


 その後も匂いを辿って下級妖怪を見つけ出し、鉛玉に封じる作業を繰り返す。面白いように捕獲できるので、勢いのままに人けのない場所まで来てしまった。目の前には草木が鬱蒼としている廃神社があり、そこからは今まで以上に強い匂いを感じた。甘ったるくて、胸やけを起こしそうなほど危険な匂いだ。


「ここ……いるよね」

「うむ、そうだな。恐らく、人間に憑りついた者がここに潜んでいる。憑りついたことによって、さらに力が増大したのかもしれんな。よし、行くぞ!」

「お、おう」


 本殿まで上がる階段は所どころ崩れていて、足を踏み外せば急な斜面を転がりかねない。明かりのない場所を感覚だけで進んでいくと、ボロボロの廃墟となった本殿が現れた。正面の扉は開きっぱなしで、俺たちの気配に気づいた何かが中から目を光らせる。


「……あぁ? 人間かぁ。腹が減ってたからよぉ、ちょうどよかった」


 こちらに向かって、ゆっくりと本殿から下りてきたのは若い男性だった。正式には、若い男性に憑りついた妖怪だ。ガンギマリの目は血走り、骨ばった体は何日も食事をしていないかのような風貌だった。


「人間のメシが不味くてよぉ、何を食っても口に合わねぇんだ。おれは人間が食いたい。お前の肉をおれにわけてくれよ」

「に、人間の肉なんて美味いわけないだろう……!」

「いいから寄越せって言ってんだよ!」

「ヒッ! こ、これでもくらえ!」


 妖怪の前にかざしたのは鉛玉。

 しかしなんの反応もなく、かざした手は容易にに振り払われた。


「な、なんで光らないんだ」

「この人間から妖怪を祓わないと封じられないのだろう。大史よ、ヤツの気をそらせ。その隙に我はヤツを祓うから、タマタマに封じるのだ」

「わ、わかった。頼むぞ、龍さん!」


「ごちゃごちゃうるせぇなぁ!」


 再び襲ってきたところに、ヤツの口にぶっといタケノコを突っ込む。


 ——— んぐっ……ガリッ


「……に、苦い、不味いっ!」

「タケノコはなぁ、アク抜きをしないと苦くて食えたもんじゃない! ざまぁみろ!」


 倒れ込んだ妖怪に馬乗りになった龍さんは、ヤツの額に指を当てると黄金の光を纏わせる。その瞬間、背後に現れたのは9つの頭を持った龍。なんとも迫力のある光景に言葉を失っていると、ヤツも同様に恐れ慄いていた。


 この正体は知っているぞ。確か、スタンドっていう守護霊みたいなやつだ。


「はひゅっ……な、なんだぁ、これは……」

「ぬしはもう、この世にも元の世にも戻ることはできぬ。閻魔の裁きを受けるが良い。ね!」

「ひっ……」


 強く放たれた黄金の光と共に、男性の頭上から妖怪らしき物体が抜け出てきたので、すかさず鉛玉をかざす。ようやく反応した鉛玉は物体を勢いよく吸い込み、瞬時に中へ収まった。


「……や、やっと終わった」

「まったく、命知らずなヤツだったな。あのまま消してやっても良かったのだが、生かす命ならば致し方ない」

「ありがとう、龍さん。助かったよ。龍さんのスタンド、初めて見たけどめちゃくちゃかっこいいね」

「すたんど? なにを言っておるのだ。あれは守護の存在ではなく、我そのものだ」

「うわぁ、本当に九頭龍だったんだね……」


 九頭龍であることを疑っていたわけではないが、間近でとんでもないものを目にしてしまったので信じざるを得ない。今の見た目はこんなにも可愛らしいのに、そのギャップが恐ろしい。


 憑りつかれていた男性を病院まで送り、その足で店に戻ると、虎之介やみんなは既に待ち構えていた。

 余裕の表情を見るに、キミたちにとっては朝メシ前だったのだろう。


「遅かったじゃねぇか。オレは50体狩ってやったぜ!」

「大史だってな、最初は怖気づいていたがタマタマを出しまくっておったぞ!」

「あ? おい、大史。お前ってやつは……」

「うわぁ。恐怖で頭がおかしくなっちゃったんですか?」

「ぬしらは何を言っておるのだ? タマタマがぴかーっと光って……」

「龍さん。もう喋らないで」


 誤解を招く発言はもうたくさんだ。

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