第31話 狩りの時間だぜ①

 ぬらりさんが会長をやっている現世うつしよ妖怪管理協会というのは、人間界にいる妖怪を管理するための組織だという。自らの霊力で人の姿になれる妖怪は、人間と友好的になりたいという意思で現世で働きながら生活をしている。しかし、この世の道理を知らない下級妖怪たちは、自らの欲求を満たすためだけに人間界で悪さを繰り返しているらしいのだ。以前、俺を襲ってきた仮面の妖怪もその類いだったのだろう。


「近頃は隠れ里のぬしがいなくなってしまったせいで、下級妖怪たちは現世によく現れようになってしまってね。その主は現世と隠れ里の境目にいたのだが、下級の者たちは膨大な霊力に恐れをなして、近づくことさえ出来なかった。しかし、主が突然いなくなってしまったことで、現在困った状況にあるというわけだ」

「その主とはどんな妖怪なんですか?」

八岐大蛇やまたのおろちというのだが、知っているかい?」

「あっ……」


 ヤマさんだった。


 その妖怪なら、お寺で修業しながら洋菓子店開業を夢見てます。なんてことは、この状況下で言えるはずもない。そんな重大な枠割を担っていたとは知らず、人間界に連れ出してしまったのは俺たちなのだから。


「え、えっと、困った状況というはの具体的にどのような……」

「うむ。人の姿になれない下級妖怪たちが、人間に憑りつこうとして襲う事件が多発しているんだ。しかし、普通の人間は妖怪の姿が見えないため、襲われた人たちは何が起こったのか分からず、警察も相手をしてくれないそうだ。運よく人間に憑りつけた妖怪は、無銭飲食や万引き、窃盗や恫喝など、諸悪の限りを尽くしている状況だ」

「そんな大変なことになってたんですね……襲われた人たちは警察に掛け合っても相手にされないから、滑さんの探偵事務所に駆け込んだってことですか?」

「そういうことだ」


 まるでヤマさんの時のような状況だ。

 あの時も攫われた女性の足取りが掴めず、警察はお手上げ状態だった。


「でも、なんで俺たちに協力要請なんて……」

「この店には妖怪が視える人間と、酒呑童子が共に働いていると聞いてね。それに、ここは妖怪のお客も多いだろう? 下級妖怪たちを相手に僕1人では手に負えないから、キミたちと妖怪のお客に、ぜひとも封じの義を手伝って欲しいんだ。もちろん、報酬はそれなりに出すよ」

「虎之介たちはいいとして、俺はただの人間なんでそういうのはちょっと……」

「キミはただの人間ではないだろう? 鬼の霊力を持っているし、妖怪が視える人員は多い方がいい。頼む、力を貸してくれ!」

「いや、そんな、頭を上げてください……!」


 なおも頭を下げ続ける滑さんからは、心からの懇請が感じられた。ただ妖怪が視えるだけの俺はきっと何の役にも立たないが、困っている人たちや滑さんのために、ここはひとつ……。


「やってやるよ! なあ、大史! 下級共はオレが一発で消し炭にしてやる」

「我もやるぞ! わくわくする!」

「そう言うと思った」

「そうか、ありがとう。ただし、下級妖怪は生かしておいてくれないか」

「あ? なんでだ」


 滑さんがポケットから取り出したのは、直径3cmほどの鉛玉。


「封じの義というのは、この鉛玉に下級妖怪を閉じ込めるんだ。妖怪管理協会というのは、あくまで妖怪を管理するだけの組織。なので、殺生は厳禁なんだ。封じ込めた妖怪は裁きを受けなければならないので、さらに上の組織に引き渡す」

「上の組織もあるんですか?」

「そこは閻魔えんま庁といってね、人間と同様に妖怪も裁きを受けるんだよ」


 妖怪も裁かなければならない閻魔庁、きっと休む暇もなく稼働しているのだろう。ブラック企業よりもブラック企業なそこでは、どんな生命体が勤務しているのか非常に気になるところだ。


「ちなみに、やり方はこの鉛玉を妖怪にかざすだけ。簡単だろう?」


 その鉛玉を受け取ると、試しにと思って虎之介にかざしてみる。


「おい、こっちに向けるな」

「なにも起きないな」

「人の姿になれる妖怪というのは、霊力が高いから反応しないんだよ。ましてや、酒呑童子のような鬼ならば、巨大な鉛玉でなければ封じ込めることはできない」

「へえ。これなら俺にも出来そうかも。その下級妖怪というのは、全部で何体くらいいるんでしょう?」

「大体、100体くらいだな」

「え、そんなに……分かりました。お客の中で暇そうな妖怪がいたら、強制的連行しますんで、ぜひ協力させてください」

「これは心強い。ありがとう。では、早速動いてもらいたいのだがいいだろうか? 下級たちが行動的になる時間帯は逢魔おうまとき。夕方6時くらいが狙い目なんだ」


 逢魔が時というのは昼と夜が移り変わる時間のことで、魔物と遭遇しやすいことからこのような名称になったらしい。今日の夜営業は臨時休業することにして、そんなこととは知らずに来店した妖怪を仲間に引き入れよう。


 さて、誰が来ることやら。

 ……

 ……


「えぇー、から揚げ食べれないとか最悪ー」

「はあ。仕事終わりのきゅうりが食べたかったのに」

「ボ、ボクは強制的に連れて来られた……」

「みんな、ごめん。一仕事終わったら、食べたい料理ご馳走するから。報酬もちゃんと用意する」

「え、マジ? それを先に行ってよー!」

「仕方ないですね」

「ボク、帰ってもいい?」


 今日、店に来たのは女郎蜘蛛の玲子さんと河童の河合さん、そして何も知らされず虎之介に担がれてきた八岐大蛇のヤマさん。滑さんが一通りの説明をすると、意外にも正義感のある妖怪たちは闘志を燃やし始める。そんな中、ヤマさんの様子をじっと見つめていた滑さんは、なにかを感じ取ったのかのように口を開く。


「キミ、もしや八岐大蛇では?」

「えっ。その……はい」

「霊力を抑えているようだけれど、内に秘めているその力はまさに八岐大蛇。まさかこんなところにいたなんてね。キミも協力してくれるだろう?」

「そ、そうですね……元はと言えばボクが現世に来たことが原因なので、出来ることはやらせていただきます」

「おお、そうか。助かるよ」


 滑さんの言う通り、普段のヤマさんは自信の姿がバレないように霊力を抑えている。妖怪が視えない人間でも、その膨大な霊力というのはとして捉えられてしまう。人間界で暮らすのならば人間らしく力を制御しなさい、というのが彼の師匠である才雲さんの教えらしい。


「ところで、そこにいる小さい子供はもしかして……」

「あ、隠し子? 本当にいたんだね」

「誤解のないように言っておくけど、俺の子じゃない」

「やっぱり認知していないのですね、かわいそうに」

「大史くん、それはちょっと言葉が過ぎるんじゃないかな?」

「だから! そうじゃないんだって! 龍さん、ちょっと言ってやってくれ!」


「我は大史の親戚だぞ! 学校とやらに馴染めなくて絶賛不登校中なのだ! 今は店の手伝いをしながら、必死にいい子をあぴーるしている!」

「……なるほど」

「なんとも健気な子供だね」


 まあ、彼らが納得してくれたのならよしとしよう。


「ひゃだ……なにこの子、可愛い」


 玲子さんは目を輝かせながら龍さんを見つめていたが、これ以上ややこしくなってしまっては収拾がつかなくなりそうなので、滑さんに指示を仰いだのち、早速行動に移すことにした。

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