第30話 神出鬼没な大妖怪、ご来店

「龍さん、洗い物が溜まっちゃったから頼めるかな」

「任せろ! 虎、お立ち台!」

「はいはい」


 高さが20cmほどある瓶ジュースケースを洗い場の下に置いてやると、龍さんは軽快に飛び乗り、慣れた手つきで食器を洗い始める。龍さんが子供の姿になってからというもの、こうやって毎日店の手伝いをしてくれるようになった。


 お客には親戚の子供を預かっている、というていで話を付けてある。現代なら不登校だと言っても珍しくないので、お客は健気に頑張る龍さんを気に入っているようだ。


「偉いわねぇ、お店のお手伝いだなんて」

「そうであろう? 我は偉いのだ! 大史にはいつも美味いメシを食わせてもらっているからな。せめてもの礼なのだ」

「ふふっ。大人顔負けの言葉遣いねぇ。一生懸命頑張ってる龍ちゃんには、アメちゃんをあげちゃおうかな」

「おお、気が利くではないか! 感謝するぞ、お姉さん!」

「やだもう、お姉さんだなんて」


 偉そうな口調はどうしても抜けきらなかったので、せめて女性のお客には年齢関係なく『お姉さん』と呼ぶように教えた。これが功を奏し、可愛らしい子供姿の龍さんは店の人気者となったのだ。


 アメちゃんをくれたのは常連客である峯田和恵さん。この日は小さめの焼きおにぎりを作って欲しい、と注文をもらった。醤油とみりんで味付けをしたご飯を三角に形作り、ごま油で焦げ目が付くまで焼いてから、仕上げに細かく刻んだ大葉を乗せる。香ばしい香りが食欲をそそり、出来立ての焼きおにぎりをじっと見つめる龍さんの心中はお察ししている。


「和恵さん、焼きおにぎりお待たせ。今日はこれだけでいいの?」

「うん。今日はね、この後に向かいのお蕎麦屋さんで女子会があるのよ。本当は今日もパスタが食べたかったんだけど、料理が入らなくなっちゃうから。聞いた話によると、あの蕎麦屋って大史くんのお店の分店なんだって? すごいじゃない! 店主の彼は大史くんのことを『わたしの主人』なんて呼んでいたけど、そういう主従関係なの?」

「違う違う! 団三郎さんが勝手にそう呼んでるだけだよ。まぁ、いろいろあって分店って形にはなってるけどね」

「あら、そうなの? 何がともあれ、大史くんはいろんな人を引き寄せる才能を持っているのね。日々の成長を間近で見られて、なんだかこっちまで嬉しくなっちゃうわ」

 

 和恵さんは「いただきます」と手を合わせると、箸で一口サイズに焼きおにぎりを割り、湯気を冷ましながら口に運んだ。「美味しい」と顔をほころばせる姿に、ほっとする。


 人を引き寄せる才能、と和恵さんは言ったが、引き寄せているのは妖怪ばかりだ。しかしこれも才能というのなら、誇るべきことなのかもしれない。家族がいない俺にとって、賑やかなこの日常は心を満たしてくれるものだから。


 会計を済ませた和恵さんが店を出たのと入れ代わりに、1人の男性が来店して来た。ベージュのブレザーを着たその男性は、綺麗な身なりでダンディな印象。すれ違った和恵さんも思わず振り返るほど、華やかなオーラを放っていた。


「いらっしゃいませ。空いてるお席へどうぞ」

「ありがとう」


 かすかな匂いが鼻を掠めた時、この人は妖怪なのだと察した。最近はどこから話を聞きつけたのか、人の姿をした妖怪のお客がやけに多いのだ。


 初めて見るその男性は、壁に掛かっているメニューを眺めながら1人でなにやら呟き始めた。


「ずいぶんとメニューの種類が豊富だなぁ。定食も美味そうだが、せっかくだからいろんな料理を食べてみたい。ここは一品料理を頼むことにして……お、汁物もあるじゃないか。あとは白メシを追加すれば完璧だ。ふっ。やはりこの店を選んで正解だった」

「……お決まりですか?」

「では、厚切りポークステーキとチキンチーズカツ、和風大根サラダ、豚汁と白米をお願いするよ。あとコーラを」

「えっと、烏龍茶もありますけど……」

「いや、コーラで。僕はね、食事の際はいつもコーラを飲むんだ。他人には馬鹿にされてしまうのだけれど、この組み合わせが大好きなんだよ」

「人それぞれ好みがありますもね。かしこまりました。少々お待ちください」


 ダンディな見た目とは裏腹に、独特な食事センスの男性。うちの店でも、たまに食事と一緒にコーラを頼む人がいるので常備はしている。コーラのスカッとする飲み心地が、恐らく食欲を増進させるのだろう。


「うちは瓶コーラだから、自分で栓を開けてくれ」

「おお、この店は瓶で出してくれるのか。こりゃ嬉しい」


 虎之介は瓶コーラとグラス、栓抜きを男性に渡すと、その顔をまじまじと見つめ始めた。妖怪であることは分かっていると思うが、その正体を探っているのかもしれない。


「あんた、どこかで見たことがあるんだよなぁ」

「ははっ。こう見えても、僕はそこそこ名の通っている者でね。キミのようななら、大昔にどこかで会ったことがあるかもしれない」

「そうなのか。あんたはずいぶんと長生きらしいな」

「そんなキミこそ。キミの強い霊力を感じるに、只者ではなさそうだ。こうやって人間と共存できているなんて素晴らしいことだよ。あの者達も、このような生きた方を学んで欲しいものだが……」

「あの者達?」

「いや、なんでもない」


 男性は一体何者なのだろうか。

 自分で有名だと言っているくらいだから、俺でも知っている妖怪なのかもしれない。そして、その仕草や話口調から、長い間人間界で生活しているのだと分かる。


 そんな話を聞きながら注文料理を調理していると、龍さんはそわそわしながら話しかけてきた。


「その料理、我が持っていくぞ!」

「気合い十分で嬉しいけど、そんな小さい体で大丈夫か?」

「大丈夫だ! これくらい我にも出来る!」

「それならお願いしようかな」


 皿に料理を盛り付け、豚汁と白米、サラダの器をお盆に乗せると、龍さんは少しふらつきながらお客の前に料理を持っていく。


「待たせたな! 注文の料理を持ってきたぞ」

「これはこれは。重たかっただろうに、ありがとう。キミは偉いね」

「ふふん! 大史が作るメシは美味いから、存分に味わうがよい!」

「そうさせてもらうよ」


 どうやら龍さんは、お客に褒められたいらしい。これでも神様なのだが、中身まで子供のようだ。今まで1人で過ごすことが多かった龍さんは、店の手伝いをしながらいろんな人と関わるのが楽しくて仕方ないのだろう。


 そんな龍さんは料理を運び終えると、男性が座るテーブル席の向かいに座った。

 いやいや、そんなところに座ったら食べにくいだろうに……。


「おや、キミも食べたいのかい?」

「我はまかないで焼きおにぎりを食べるから案ずるな」

「そうかい? では、お先にいただこうかな」


 男性は手を合わせると、並べられた料理を一口ずつ口に運ぶ。小さく頷きながら順良く食べる様子を見て、食べ方にこだわりのある人なのだなと思った。


「美味いか?」

「ああ、とても美味しいよ。特にこのチキンチーズカツは、中に入っているチーズと大葉のバランスが絶妙だね。ザクザクっとした衣も、香ばしさがあってクセになる」

「それはな、柿の種を使っているからなのだぞ」

「あの醤油味の米菓のことかい?」

「そうだ。細かく砕いて、衣として使っているのだ」

「へえ、そうだったのか。どおりで馴染みのある味がすると思った。キミは料理にも詳しいんだね。こうやって説明してもらえると、より美味しく感じるよ」

「ふふん! 我はいつも調理の様子を見ているからな!」


 その後も、食べ進める男性を見つめながら料理の説明をする龍さん。最初は邪魔にならないかと心配していたが、男性も楽しそうに食べていたので大目に見ることにした。最後にコーラを飲み干した男性は、満足そうに一息つく。


「いやあ、とても美味しかった。僕は定食屋巡りをするのが好きでね。この店は僕の知り合いから紹介してもらったんだよ。食べると元気が出るって言うものだから半信半疑だったけれど、本当に力が漲ってくる。これも店主であるキミの霊力の影響なのかな?」

「え、そんなことまで分かるんですか?」

「ははっ。申し遅れたが、僕はこのような仕事をしているんだ」


 男性は胸ポケットから革製のケースを取り出すと、1枚の名刺を手渡してきた。名刺の文字を辿ると、妙な名前に既視感を感じた。


『ぬらり探偵事務所 所長・ぬらり 瓢三ひょうぞう


「あ、それは人間界の名称であって、裏面に記載されているのが本業なんだ」

「裏面? えっと……現世うつしよ妖怪管理協会、会長・滑瓢ぬらりひょん……え、ぬらりひょん?」

「おや、キミも僕の存在は知っているようだね」

「も、もちろんですよ! 妖怪界のお偉いさんじゃないですか」

「あんた、ぬらりひょんだったのか! 神出鬼没で、妖怪でも滅多にお目に掛かれないっていう伝説の……!」

「ははっ。いやあ、伝説なんて言われてしまうと照れてしまうよ。実は、この店に来たのはもう1つ目的があってね。どうか、僕に協力してくれないだろうか」


 穏やかな表情だったぬらりさんは真剣な眼差しを向け、静かに口を開いた。

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