第6話 不穏なウロコの正体
忙しいながらも、穏やかな日常を送っていたある日のこと。
「そういえば、あの噂。行方不明になっているのは、どうやら若い女性だけみたいなのよ。まぁ、私みたいなおばさんは、心配せずとも誰も攫ってくれないけどね」
冗談交じりに笑って見せたのは、常連の峯田和恵さん。旦那の俊彦さんは急に出張が入り、珍しく1人で店に来ていた。
「オレからすれば、あんたは十分若いぞ。だから用心したほうがいい」
「あらやだ。虎ちゃんったらお世辞が上手いのねぇ。飴ちゃんいる?」
「いる」
いつも俊彦さんと来る時は、2人揃ってミックスフライ定食を注文する。
1人の今日は「パスタが食べたい」と言って、「明太子クリームスパゲッティ」を注文した。醬油味がベースで、生クリームと牛乳を加えて作る。和風な味付けなのでどんな人でも食べやすく、意外と人気のあるメニューだ。
和恵さんに出来立ての皿を提供しつつ、先ほどの話を聞いてみた。
「その行方不明の女性たちは、まだ見つかってないの?」
「それがね、1ヵ月後に帰ってきたらしいの。無傷でね。しかも、不思議なことにどこでなにをしていたのか、誰も覚えていないんですって。口を揃えて『夢の中にいた』と言うだけで、警察もお手上げよ」
話を聞く限り、妖怪の仕業で違いない。
以前、俺を襲ってきたヤツとは違う。虎之介が言っていたように下級妖怪ならば、それほどの術を使えるとは思えない。きっと、霊力の高い妖怪が関与しているのだろう。
しかし、妖怪の存在を知られていないこの世の中では、こういった事件は未解決で終わってしまう。犯人探しをするには、人間の力だけでは無理だ。
その夜のこと。
久し振りに顔を出したのは、
「いらっしゃい、才雲さん。お久し振りですね」
「こんばんは。店を再開したと聞いていたんだが、忙しくてなかなか来れなかったよ」
「いえ、お気になさらず。こうやって来ていただいただけで嬉しいです。えっと……そちらの女の子は?」
「あぁ、会うのは初めてだったね。娘の鉄子だ。」
「鉄子ちゃん。初めまして、中学生かな?」
「……ぶふっ」
俺の言葉に、才雲さんは吹き出した。
「わ、わたしは! こう見えても成人しておりますっ!」
「えっ……す、すみません」
「いえ! よく中学生に間違えられるのですが、
「て、てっちゃん……」
今まで出会ったことのないタイプだった。
こう言ったら失礼かもしれないが、早口で抑揚なく喋る様は、さながらヲタクのような気質を感じた。アニメ、アイドル……いや、もっとディープな趣味があるのかもしれない。
てっちゃんに気を取られていると、才雲さんは虎之介をじーっと見つめていた。
やはり、この人には隠しておけない。
「そちらの大きなお兄さんは人……いや、妖怪だね」
「なっ! オ、オ、オレは人間だ……な、な、な、なにを言って」
「ははっ。隠さなくたっていいよ。私も人と妖怪の見分けはつく」
「なんと! あんた、ただの坊さんじゃないのか……!」
「いや。ただの坊さんだよ」
穏やかに笑う才雲さんも、俺と同じように妖怪の存在を認識している1人だ。才雲さんは妖怪そのものの姿は視えないが、人の姿である妖怪の区別はつく。妖怪は白と紫が混じったオーラを纏っているらしく、それは才雲さんにしか視えないものだ。俺が匂いで判別するように、才雲さんも独自の不思議な能力を持っている。
そして、才雲さんも俺の秘密を知っている。
しかし、この場にはもう1人いるわけで……。
「はわわ……! あなたは妖怪なんですね!? 父から妖怪の存在は聞かされておりましたが、まさか人の姿の妖怪が本当に実在するとは。体が大きいということは、もしや『だいだらぼっち』や『海坊主』といった類いなのでしょうか!? ぜひ、詳しくお話を聞かせてください! どうして人の姿になったのですか? 妖怪だった頃は、どんな生活を送っていたのですか?」
「えっ……」
グイグイ迫るてっちゃんに、虎之介は珍しく引いている。話の食いつき具合からして、恐らく彼女は妖怪が大好きな妖怪ヲタクなのだろう。
「こら、鉄子。お兄さんを困らせるんじゃないよ。すまない。妖怪の話となると、いつもこうなんだ。趣味で妖怪に関する小説も書いているくらいだから」
「父の言う通り、妖怪小説で作家デビューを志しております!」
「そ、そっか。頑張ってね」
「あ、忘れるところだった。今日は大史くんに相談があって来たんだ」
「相談ですか?」
才雲さんはカウンター席の椅子に腰を下ろすと、少し困ったように溜息をつく。
「この近隣で発生している行方不明事件、知っているだろう? 実は、知り合いの刑事から捜査協力を頼まれていてね。どうも人間の仕業じゃないってことで、私の能力で犯人を見つけて欲しいと言うんだ」
「えっ。警察も妖怪の存在は認知してるんですか?」
「いや、そうではないんだ。今回だって警察が動いているわけではなく、私の知人が個人的に動いているだけ。あの人の娘さんも、被害者の1人だったから。警察はお手上げ状態だが、不可解な現象をどうしても解明したいらしい。そこで、だ。大史くんにも、その能力で手伝って欲しいと思ってね。ちょうどいいアシスタントもいることだし、どうだろうか」
才雲さんと目が合った虎之介は、意気揚々と胸を叩いた。
まさかとは思うが、乗り気なんじゃないだろうな……。
「任せろ! 弱い人間の女を攫うなんざ、下衆の極みッ! その事件とやら、オレも妖怪の仕業だと思うぜ。しかし、記憶を操る術ってのは、そんじょそこらの妖怪じゃできねぇ。相当な位のヤツだ。そんな妖怪に心当たりもあるっちゃあるんだが……」
「ほ、本当かね!? こりゃ心強い」
「記憶を操る妖怪がいるとは……こんな話を聞けるなんて貴重すぎる! もしや、そちらの妖怪さんもとてもお強いのでは?」
「へへっ。ま、まぁな」
「やはり妖怪が関わっている事案は、妖怪に聞くのが一番だな。今日はもう遅いから、詳しい作戦は明日寺で話そう」
「いや、あの、ちょっと……」
俺の言葉が届かないまま、才雲さんとてっちゃんは安心した表情で店をあとにした。
いやいや、ちょっと待ってくれ。
妖怪の犯人探しなんて、そんな怖いこと俺にできるはずがない。あの時だって、結局俺はなにもできなかった。いざとなったら虎之介を盾にすればいいのだが、きっと俺は足手まといにしかならない。
どうする、俺……。
うだうだと考えても仕方ないと思い、その日の仕事を終えると、お気に入りの入浴剤を入れて風呂に浸かった。しかし、先に虎之介が浸かったせいで、浴槽には半分の湯しか残っていない。先に俺が入ればいいのだが、そうしている間に虎之介は居間で寝てしまう。一旦眠ってしまうと、なにをしても朝まで起きない図太い神経なので、致し方ないのだ。
気を取り直して、風呂上りにキッチンへと向かった。
風呂上りの楽しみといえばアレである。俺にとってこれが唯一、至福を感じられる時間だ。しかし、冷凍庫を開けると、あるはずのアレがない。どこを探してもない。
犯人はアイツしかいない。今回が初犯ではなく、幾度も前科がある。
「おい、虎之介。また俺のアイス食べただろ?」
「いや、ちょっと味見しただけだ」
「味見ならちょっとは残しておけよ。あれ高いやつだったのに! 1個300円もするんだぞ!」
「今度買っておくから、そうカリカリするな」
「そんなこと言って、お前が買った試しあるか? うん? 俺の1日の楽しみを、ことごとく奪いやがって……」
「悪かったって」
——— ドンドンドンッ
虎之介と言い合っていると、1階の店の入り口の戸を叩く音が聞こえた。
何事かと思い、すぐに店の戸を開けると、そこには焦った顔の才雲さんが息を切らしながら立っていた。
「て、鉄子が! 鉄子がいなくなったんだ……恐らく、ヤツに攫われた」
「え!?」
「悲鳴が聞こえて部屋に行ったら、窓が空いていて……そこにこれが落ちていた」
才雲さんが手渡してきたのは、
——— クンクン
「なるほどな。やはり犯人は、俺の想像した通りのヤツだ。この土の匂いとカビ臭さ、ヤツがいるのは洞窟だ」
「そ、その妖怪の正体って……」
「
「……」
無理だって。絶対無理。
俺は行かないぞ……ッ!
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