第43話 定食屋の女子会②

 女子会前日のこと。

 知人からいい肉をもらったとのことで、連絡を受けて松さんの肉屋を訪れた。


「おお、大史くん。待ってたよ」

「こちらこそ、連絡ありがとう。実は明日、店で女子会があって松さんの店で肉を仕入れようと思ってたんだ」

「そりゃグッドタイミングだねぇ。実はさ、狩猟をしている知り合いから鹿とアナグマの肉をもらったんだよ。鹿はクセがないから食べやすいんだけど、アナグマは料理の腕がないと難しいんだ」

「アナグマってことは、狸の仲間?」

「そうそう。狸よりも臭みが少ないから、煮込み料理にすると絶品だって話だぞ。金はいらないから、もらってくれ」

「いいの!? 鹿とアナグマ、こりゃ美味しいジビエ料理が出来そうだ」

「じび……よく分からんが、もらってくれるならこっちも助かるよ。大史くんの腕なら、きっと美味い料理にしてくれるだろうよ」

「こちらこそありがとう、松さん。あと、いつもの冷凍焼き鳥も100本お願いできるかな」

「はいよ」


 鹿肉は調理経験があるが、アナグマは初体験だ。狸の仲間だと聞くと、どうしても団三郎さんを思い出してしまう。狸といえど、彼は妖怪だ。何百年も生きているだろうから、食べたとしても筋肉質で恐らく美味しくはない。


 そんな失礼な考えはさておき、肉を調達した俺はその足で店へと戻った。

 昼営業の開店準備をしていた虎之介と龍さんは、肉の入った発泡スチロールの中を興味津々に覗き込む。


「こりゃ、なんの肉だ?」

「ふふん。虎之介、アナグマって食べたことあるか?」

「ああ。しかし、あの肉は独特な匂いがあって、オレはどうも苦手だ。もしかして、この肉……」

「正解! 松さんから鹿肉とアナグマ肉をもらったんだ。明日の女子会用にと思って。鹿肉は赤身を活かしてローストとステーキ、アナグマは脂にクセがあるみたいだから、ハーブを仕込んだコンフィとトマトソース煮込みを作ろうと思うんだ。だから、今日のまかいないはアナグマの試食ってことで」

「うえ……マジかよ」

「我はその臭い肉を食べてみたいぞ! どんな味なのか気になる!」


 露骨に嫌そうな顔をする虎之介と、目を輝かせながらぴょんぴょんと飛び跳ねる龍さん。ここは俺の腕の見せ所なので、アナグマ肉嫌いの虎之介を必ずや好物にしてみせる!


「ところで、雪子さんとはーちゃんは来てくれそうなのか?」

「おう。ずいぶんと楽しみにしてるみたいだぞ。玉藻はてっちゃんを誘うと言っていたし、全員で6人だな」

「いろんな意味ですごいメンツだ」


 妖怪の中に1人だけ人間の女子がいるようだが、彼女ならこの状況を喜ぶに違いない。先日、秘密裏に玉藻さんの抜け毛をゲットしたとわざわざ報告をしてくれたものだが、また誰かの抜け毛を持ち帰るつもりだろうか。妖怪好きが高じてとてつもなく不思議な子だが、彼女たちなら受け入れてくれるはずだ。


 この日のまかないは宣言通り、アナグマ肉を使った料理の数々。

 試しにレモンステーキとチャーハン、トマトソース煮込みを作ってみたのだが、臭みが残っていないかが難点である。お腹を空かせていた龍さんは勢いよく食べ始め、虎之介は恐る恐るアナグマ肉を口に運んだ。


「……ん? これ本当にアナグマなのか? 臭みをほとんど感じない。牛肉感があって意外と美味いな」

「うむ、美味いな! チャーハンは小さいサイコロ肉のせいか、ただの牛肉の食感。煮込まれた肉は歯応えはあるものの、噛めば噛むほどに旨味が溢れる。レモンステーキは、レモンの酸味と爽やかな風味が甘い脂身によく合っているぞ。ハーブとやらで臭みを消したのが功を奏したな」

「すっごい饒舌だね。料理評論家かな?」

「まぁ、赤身部分の肉はちと硬いかもしれんな」

「なるほど。龍先生、参考になります。じゃあ、俺もいただこうかな」

 

 うん、アナグマ肉は確かに美味い。想像以上に美味い。

 歯応えのある赤身部分と甘い脂身が特徴的で、ローズマリーとグローブが臭みをほとんど消し去っている。しかし、ほんの少し残る獣臭は、薄い味付けだと気になるかもしれない。だとすれば、やはり濃いめの味付けで、尚且つ事前の下処理で肉質を柔らかくする必要がある。油で煮込むコンフィやトマトソース煮込みは、下処理をしておくことで、さらに美味しく食べやすくなるだろう。


 あれほど嫌な顔をしていた虎之介も夢中になって食べ続け、3品のまかないはあっという間になくなってしまった。


「ごちそうさん。料理で手間を加えると、あのアナグマがこんなにも美味い料理になるとは知らなかった。大史、お前は本当に料理が上手いな」

「うむ! 美味かったぞ! 我も大史の作るメシが大好きだ」

「よ、よせやい……そんなに褒めたって、アイスくらいしか出てこないぞ」


 まったく、おだてるのが上手い2人だ。

 冷凍庫からお高いカップアイスを2人に手渡すと、龍さんは「ちょろいな」と口にしたが、そんな貶し文句さえも許してしまうほど今の俺は気分がいい。


 翌日。

 女子会の予定時刻である午後7時前に店にやってきたのは、玉藻さんとてっちゃんだった。玉藻さんは紙袋を持参し、申し訳なさそうにずいっとそれを差し出した。


「ごめんね、大史ちゃん。風邪だったこと知らなくて、なんのお見舞いも出来なかったから、せめてもの快気祝いよ」

「えっ、気を遣わなくていいよ。わざわざありがとう。あれ? この紙袋ってヤマさんが売ってる洋菓子の……。もしかして、ヤマさんと仲直りしたの?」

「まぁね。って言っても、仲裁してくれたのは美影ちゃんよ。あの時はつい言い過ぎちゃったけど、彼も謝ってくれてね。今じゃ毎週末、彼の洋菓子を買いに行ってるのよ。いつもお店の同僚と一緒に食べるんだけど、美味しいって大好評なの」

「そっか、よかったね。一時はどうなることかと思ったけど」


 すると、話を聞いていたてっちゃんは不思議そうに問いかける。


「ところで、玉藻さんとヤマさんはなんで仲が悪かったんでしたっけ?」

「えっ! まさかあの時のこと忘れちゃったの!?」

「あの時……? あ、目玉焼きになにをかけるかっていう論争の件ですか?」

「そんな論争をした記憶はないけれど……まぁ、そういうことにしておきましょ」

「わたしは断然、ラー油派ですね!」

「そ、そうなの? ずいぶんと攻めてるのね。アタシも今度試してみようかしら」


 てっちゃんは天然なのだろうか。

 あの時は本人のいる前で、玉藻さんとヤマさんがてっちゃんを取り合っていたのだが、まさかその意味が分かっていなかったのか?いや、てっちゃんならあり得る。今では玉藻さんと仲がいいようだが、当の本人はどのような思いでいるのか気になるところだ。


 予約していた席に案内したところで、続々と例のお姉さん方が来店した。


「わわっ! 玉藻さんからお話は聞いてましたが、みなさんも妖怪なんですね!? お綺麗な人ばかり!」

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。そうよ、私たちは妖怪。あなたがてっちゃんね、可愛いお嬢さんだこと」

「あたしは玲子。よろしくねー!」

「この度はお招きいただきありがとうございます。私はデコ……万次丸の妻、雪子と申します」

「はーちゃんだよ」


 互いに挨拶を交わし、和やかな雰囲気になったところで、長く賑やかな夜が始まった。

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