第49話 ご機嫌坊主と鮭の南蛮漬け

 夏祭りが終わって数日後のこと。

 店を訪れたのは、祭りの立役者である才雲さんだった。カラオケ大会ではまさかのラップで優勝し、てっちゃんによると過去イチの盛り上がりだったらしい。


「いやあ、悪目立ちをしたせいで、いろんな人に声をかけられて困ってしまったよ」

「まったく困っているようには見えぬがな」

「ははっ。バレてしまったか。まぁ、もてはやされるのも悪くないよ」

「ぬしは優勝景品で和牛の詰め合わせをもらったのだろう? もう食べたのか?」

「ああ、家族で食べたよ。とっても美味しかった」

「ぐぬぬっ……羨ましい。大史はケチなゆえ、国産牛は食べさせてもらえぬのだ。いつも外国産の肉ばかりで、ひもじい思いをしておる」


「おい、龍さん。誰がケチだって? 夏祭りの屋台メシで散々金を使わせておきながら、昨日は焼肉をしたばかりだろう? 外国産の牛肉を『美味い!』と連呼しながらバクバク食べてたのは誰だ? うん?」

「……我ではない、虎だ」

「お前だろうが」


 虎之介にコツンと小突かれた龍さんは、頬を膨らませながら大袈裟に頭をさする。

 この世で神様を小突くことができるのは、恐らく虎之介くらいだろう。


「いつも賑やかでいいね。ところで、今日のおすすめは何かな? さっぱりしたものがあれば嬉しいのだけど」

「それなら、ちょうどいいのがありますよ。ビールにもよく合う料理だけど……」

「じゃあ、それを。もちろんビールもね」

「はいよ。少々お待ちを」


 最近は暑い日が続いているので、ビールにも一工夫している。グラスに3分の2程度注いだ上に、少量の凍らせたビールを振って注ぐと、氷の粒がたつ簡易的なフローズンビールの出来上がりだ。シャリシャリした泡の食感が楽しめ、夏季限定の特別仕様として提供している。


 才雲さんは物珍しそうにキンキンに冷えたフローズンビールを見つめると、一口飲んでその食感を味わった。


「こりゃいいね。ビールがシャーベットみたいになっている。口の中も瞬時に冷えるから、夏にもってこいだ。これなら何杯でも飲めそうだな」

「ほどほどにしとけよ、坊さん。この前なんか、飲み過ぎて家まで送ったんだからな。覚えてるか?」

「ははっ、そんなこともあったね。鬼に担がれることなんて人生でそうないから、いい経験になったよ。今日もお願いしようかな」

「オレは駕籠かごじぇねぇ。次からは金取るぞ」

「冗談だよ」


 愉快とばかりに笑う才雲さんは、既に上機嫌だ。

 カラオケ大会での優勝もその要因のひとつかもしれないが、一番の理由はヤマさんの宝くじの件らしい。3億円当選したヤマさんは、才雲さんとてっちゃんにその件を話すと、2人とも驚き過ぎて放心状態だったという。その金額の7割である2億1千万を寺に寄付するというのだから、現実を受け止めきれなかったのだろう。


 その日、フラフラな状態で店に立ち寄った才雲さんは、つまみも食べずにひらすら酒を煽っていた。そのせいで酔い潰れてしまい、虎之介が担いで寺まで送っていったのだ。


「それで? 巨額の寄付金はどう使うんだ?」

「そりゃあ、寺の補修に充てるつもりだよ。何百年も経てば、そこらじゅうガタがきてるからね。過去には幾度も補修工事をおこなったみたいだけど、それでも劣化はするものだ。実は補修工事のお金の工面に困っていたから、これも仏様の加護、いや、八岐大蛇の加護かもしれないねぇ。キミがもし2億円を貰ったとしたら、なにに使う?」

「オレは美味いメシと酒があればいい。金には興味がねぇ。しいて言うなら、世話になっている人間に施しをしたい。それだけだ」

「ほう。キミは見た目だけじゃなく、内面も男前なんだね。さすが鬼のおさ

「おいおい、褒めたってなんもでねぇぞ? ビールでも奢ってやろうか?」

「おっ、いいのかい? ありがたくご相伴に預かろうかな」


 虎之介ときたら、カッコつけやがって調子のいいヤツだ。

 先日は宝くじに当選したヤマさんにダル絡みをしながら、クソ高い酒を奢らせようとしていたというのに。


 そんな気分上々の虎之介を横目に、下準備しておいたタッパーを冷蔵庫から取り出す。タッパーには玉ねぎ、人参、パプリカを酢や醤油、砂糖などの調味料で漬けておいたものと、片栗粉をまぶして焼いた鮭が程よくしんなりとしていた。盛り付けをして、仕上げに千切りの大葉とミョウガを乗せれば、夏らしい鮭の南蛮漬けが完成。


「才雲さん、飲み過ぎてない? 大丈夫?」

「大丈夫だよ。今日はちゃんとセーブするから」

「それならよかった。お待たせしました、鮭の南蛮漬けです」

「おお、南蛮漬けか。まさに体が求めていたものだよ」


 才雲さんは「いただきます」と品よく手を合わせ、千切りの野菜と共に鮭を口に運んだ。咀嚼しながら小さく頷くと、グラスを手に取りビールで流し込んだ。


「はあ、美味い。鮭の旨みとさっぱりした酸味が相まって、どんどん食べ進めたくなるね。それに、程よく食感のある野菜もアクセントになって最高だよ。なによりビールによく合う」

「でしょ? 酒飲みにはピッタリなメニューなんだ。あ、焼き枝豆もあるけど食べます?」

「ほう、焼いた枝豆なんて珍しいね。いただくよ」


 飲み過ぎない欲しいと思いながらも、美味しそうに食べてくれるお客さんには喜んで欲しくて、つい酒に合う料理を提供したくなる。これも料理人の性なのか。


 結局、フローズンビールの他に、瓶ビール2本と料理を綺麗に平らげた才雲さん。

 満足気にお腹をさする様子は、なんだか狸のようで可愛らしく思えた。


「そういえば、才雲さんに聞きたいことがあるんだった」

「なんだい?」

「お盆にうちのご先祖様を店に呼びたいんです。実は以前、お彼岸の時期に店に来たことがあって……」

「ああ、そういえば蛇才だっさいからそんな話を聞いたな。不思議なことがあるもんだね。というよりも、ここでは不思議なことがありすぎて、もはやそんなに驚かなかったけどね。確か、お金を置いていったとか」

「そうなんですよ。それも結構な大金を。だから、その人をまた店に呼んで料理を振る舞いたいんですけど、どうやったら呼べますかね?」

「一般的には迎え火だろうね。ご先祖様が道に迷わないよう、玄関や門口で火を焚くんだよ。その煙に乗って、ご先祖様は家の中へ入るといわれているんだ。だから、お盆になったら店の入り口で迎え火を焚くといいよ。一度来ているんだから、きっとまた大史くんたちに会いに来るだろう」

「おお、やってみます! 虎之介ったら、そのご先祖様に会いたくて毎日のようにぐずってるんですよ」

「ぐずってねぇよ」

「ははっ。鬼といえど赤子のようだね」


 俺のご先祖様である小太郎さんの好物はなんだろうか。

 変わった料理を好む人だから、いろんなジャンルの料理を用意しよう。


 そんなことを考えると、お盆の時期が待ち遠しくて堪らない。

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