第52話 宴とご先祖様①

 白目を剥いて伸びている虎之介は雪子さんと銀之丞くんに任せ、手伝いを申し出てくれた龍さんと万次丸さんに補佐をしてもらうことにした。以前、料理を教えた際は、食材を切るのも初めてで慣れない手つきだった万次丸さんだが、今や手際よく尚且つ均等に食材を切れるようになっていた。


 これも俺の教え方がよかったおかげだろう。


「次はスープ用に玉ねぎと人参、じゃがいもを切ってくれもらえるかな。その具材を炒めて、ミキサーでペースト状にしてほしいんだ」

「おう、任せとき!」

「我は!? 我はなにをすればいいのだ?」

「ポテトサラダを作りたいから、じゃがいもと卵を茹でてくれる? 茹で上がったら、粗めに潰しておいてくれ」

「うむ、心得た!」


 いつもならこれは虎之介の役割だが、2人の手助けは非常に助かる。龍さんも毎日調理の工程を眺めながら手伝いをしているおかげか、言葉で指示したことを的確に理解してくれる。子供の姿だろ不便だろうに、瓶ジュースケースの“お立ち台”を使いながら背丈を調整し、懸命に手伝いをする姿は我が子の成長を感じる。


 龍さん、立派になったね。


 一方、ようやく目を覚ました虎之介は小太郎さんを見るなり駆け寄ると、その存在を確かめるように、肩や腕などをしきりに触っていた。


「お前、本当に小太郎なのか? 幽霊なのに触れるぞ?」

「ははっ。この世に生きていないのだから、幽霊といえば幽霊だな。今こうして実体があるのは、あちらで特別な計らいを受けているからさ。まぁ、それはあとで話すとして……まずは飲み物をもらおうか。今日は日本酒が飲みたい気分だなぁ。虎之介、ここにいるみなさんにも、私の奢りで酒を振る舞ってくれ。滑さんも日本酒でいいかな?」

「おや、ありがたい。じゃあ、冷でいただこううかな。今日は小太郎さんにとって久々の休暇ですからね。存分に楽しまないと」

「休暇って、一体なんの話をしてやがる。というか、2人は顔見知りなのか?」

「まぁね」


 虎之介は不思議そうな顔をしながらも、注文通りの冷酒を用意した。雪子さんと銀之丞くん、手伝ってくれた万次丸さんにもビールを出し、それと同時にお通し代わりの2品を並べる。


「小太郎さんからのリクエストで、今日は宴料理を用意しました。まずは前菜として、アボカドとトマトの豆腐サラダです。食感のアクセントにナッツと、サルサ風ドレッシングと相性抜群のミョウガもトッピングしています。もうひとつは、ナスとモッツアレラチーズのオーブン焼きです」

「おお、こういうのが食べたかったんだ。私は変わった料理が好きでね、この前食べたドリアというのもすごく美味しかったよ。サルサ、とは聞きなれないソースだけど、美味しそうだね」


「あの、小太郎さん。私たちもいただいてよろしいのでしょうか?」

「もちろん。君たちは大史くんと虎之介の友人なのだろう? 料理はみんなで食べたほうがより美味しく感じるからね。遠慮せずに食べなさい」

「ありがとうございます」

「ふおぉぉぉっ! あざっス!」

「ほな、お言葉に甘えて」

「我も食べるっ!」


「んんっ。それでは、ここは僕が乾杯の音頭をとるとしよう。小太郎さんの里帰りとえにしに感謝して……乾杯っ!」

『かんぱーいっ!』


 グラスを合わせる音が店内に響き渡ると、各々が酒で喉を潤した。

 大皿の料理を皿に取り分けたところで、勢いよく食べる者もいれば、ゆっくりと味わう者もいる。酒を飲むだろうと読んでいたため、濃いめの味付けにして正解だったかもしれない。


「虎之介、せっかくだからお前も今日は食べる側に専念していいぞ」

「いや、仕込みもあるだろう」

「虎之介が伸びている間に、龍さんと万次丸さんが仕込みを手伝ってくれたからな。特にやることもないんだ」

「そ、そうか」


 虎之介が万次丸さんのほうに目をやると、ニヤリと笑って自分の隣に座るよう促した。意外に気の利く万次丸さんは、虎之介のグラスにビールを注ぎながら、いつものように煽り始める。


「おい、虎。お前そんなんで用心棒なんて務まらんやろ。 幽霊ごときにビビり散らかすなんてな、鬼の風上にもおけんわ」

「お前もだろ、デコ助野郎」

「背後に気い付けや。ワシはお前の後釜を虎視眈々と狙っとんねん。ワシのほうが料理の腕も上やし、とんでもなく気が利くやろ? お前がおらんくても、この店はワシと兄ちゃんと龍がおれば安泰や」

「お前はガキのおりでもやってろよ」

「おい、コラ。保育士をナメとんのか? 安月給で拘束時間も長く、挙句には自分勝手なモンスターペアレント共に頭を下げる日々! こんなストレス社会の中でも、子供の笑顔がワシの癒しなんや!」

「大変だな」

「しかしな、仕事が出来るワシはそんな環境でも上手く立ち回れる。これからは保育士と料理人の二刀流や! ワシは妖怪界のオータニやぞ!? おぉん?」

「なに言ってんだコイツ」


 見かけによらず酒が弱い万次丸さんは、一口飲んだだけでウザ絡みをするのが常である。溜息を吐きながら注がれたビールを一気に流し込んだ虎之介は、なおも続く万次丸さんウザ話に耳を傾けている。仲が良いのやら悪いのやら。


「ははっ。虎之介にこんな楽しい友達がいたなんてねぇ」

「喧しくてすみません。ゆっくりしてもらおうと思ったのに」

「いやいや、いいんだよ。メシと酒の席は賑やかなほうがいい。それにしても、やっぱり大史くんが作り料理は美味しいね。このサルサソースの豆腐サラダも、ピリッとした辛さが酒によく合うし、塩気とコクのあるナスも最高だよ」

「へへっ。そ、そうっすか? 小太郎さんも料理人だったんですよね?」

「ああ、そうだよ。まぁ、料理人をやるまでは紆余曲折あったけどね。父の店が閉店したあと、ずいぶんと貧乏な暮らしをしていてね。思春期になった私はゴロツキとつるむようになって、盗みをやったり悪さを繰り返していたんだ」

「え、小太郎さんが? 今の小太郎さんからは想像がつかない……」

「そんな矢先に父が病で他界して、僕は心を入れ替えた。父の作る蕎麦の味が忘れられなくて、残してくれた料理帖を参考に『三守屋蕎麦みかみやそば』を再び始めることにしたんだ。最初はお客が来なくて、ずぶんと苦労したものだ」

「そうだったんですか。俺も小太郎さんのお父さんが作った蕎麦、食べてみたかったなぁ。あ、ずっと気になってたことがあるんですけど、『三守屋みかみや』ってどういう———」


「おい、大史! 料理がなくなったぞ! 次の料理が早く食べたいのだ!」

「あぁ、はいはい」


 龍さんが急かすもので、小太郎さんの話はお預けとなった。

 その間にも調理を進めていた俺は、下味をつけた鶏肉を炭火のグリルで焼き始める。辺りに甘くて香ばしい匂い漂い、龍さんと銀之丞くんはカウンターから身を乗り出してその様子に釘付けだ。


「なんスか、この甘美な香りは……腹が減ってくる」

「これはな、テリヤキソースだぞ。ソースには蜂蜜を入れているから、コク深かさに加えて、鶏が柔らかくジューシーになるのだ! さらに炭火で焼くことで、余分な油が落ちてパリパリと香ばしい皮の食感も楽しめるのだぞ」

「へえ。さすが龍さん! 調理工程もよく知ってるんだね」

「ふふんっ。そうだろう? 我は大史の右腕だからな!」


 確かに、龍さんの観察眼は虎之介よりも優れている。子供の姿なので火を扱う仕事は任せられないが、それ以外なら虎之介と同レベルかもしれない。虎之介の立場がなくなってしまうので言及はしないが、要するに2人ともよく頑張ってくれている。


 鶏肉に焦げ目がついてきたところで短冊状に切り分け、付け合わせにじゃがいもと卵を加えた洋風ポテトサラダ、シメジとエリンギのバター炒めを添えれば完成だ。


「おや、これはまた食欲をそそる料理だね」

「テリヤキチキンの洋風プレートです。お酒のおかわりはどうですか?」

「では、ビールをいただこうかな」

「僕も同じで。こんなに美味しい料理あると、つい酒が進んでしまうね。あ、もちろん小太郎さんが作る料理も美味しいですよ?」

「いやいや、お気遣いなく。僕にはまだレパートリーというものがないですから、大史くんの料理で勉強をしているところですよ」

「滑さんは小太郎さんの料理を食べたことがあるんですか?」

「ああ。彼の職場でね」

「えっ? しょ、職場とは一体なんのことで……」

 

「さあ、みんなもどんどん飲んで食べなさい」

『ありがとうございまーすっ!』


 またもや話を遮られてしまった。

 相変わらず虎之介に絡んでいる万次丸さん、独り言を発しながら上機嫌な酔っぱらい雪子さんと、食べることに集中している龍さんと銀之丞くん。

 一方、穏やかな空気が漂う小太郎さんと滑さんは、酒と料理を交互に楽しんでいる。この光景が見られただけで俺は嬉しい。


 小太郎さんに聞きたいことは山ほどあるが、今はここでのカオスを楽しんでほしい。

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