第53話 宴とご先祖様② -地獄の料理人-

 小太郎さんは料理の話が好きらしい。

 今まで作ってきた料理や小太郎さんの父親から継いだ蕎麦屋の話、そのどれもが心躍るような内容で、ご先祖様である小太郎さんから料理の知識を学べることがとても嬉しい。


 そんな中、酒も入り上機嫌な小太郎さんの口から、衝撃の事実を知らされることになる。


「実は私の職場でもね、以前大史くんが作ってくれたドリアというものを見よう見まねで提供したことがあるんだ。大史くんの味にはまだまだ及ばないけど、結構評判がよかったんだよ。私が来る以前は和食ばかりだったらしく、変わった料理は物珍しさから人気なんだ。だから今日食べた料理も、ぜひ職場で提供したいと思ってるのだけれど、大丈夫かな?」

「それはもちろん大丈夫ですけど……先ほどから気になっていたんですが、小太郎さんはどちらで働いてるんですか? というか、あちらの世界で働くという概念はあるんですか?」

「あ、そういえば話していなかったね。実は———」


 小太郎さんは被っていた黒のハットに手をかけ、それをそっと取ってみせた。

 ロマンスグレーの頭髪が目に入ったのも束の間、おでこには———

 象牙色の角が2本生えていたのだ。


「えぇぇぇっ!? そ、そ、それ……」

「お前……鬼になったのか?」

「ああ、見ての通り。これには訳があってね」


 小太郎さんの姿を見て驚いたのは俺たちだけではない。万次丸さんや銀之丞くん、雪子さんも目を丸くして唖然としている。


 自分を鬼だという小太郎さんは、自身の状況をこのように説明した。

 

「私は寿命でこの世を去ったあと、あの世で裁きを受けたんだ。若い頃に盗みをはたらいていたせいで、当然地獄行きとなったんだよ。私は黒縄地獄こくじょうじごくという場所で、獄卒という名の鬼から、言葉に出すのもおぞましい程の仕打ちを毎日受けていたんだ」

「小太郎、お前よく生きてたな……」

「いや、死んでるがね。たとえ体を真っ二つにされようとも、次の瞬間には元通りになっているから、生きてる人間ならあり得ないことだよ。いつ終わるとも分からない苦しみの中、生前に和尚から聞いた六道輪廻の話を思い出したんだ。人は亡くなったあと、天国か地獄に行くと思っているかもしれないが、仏教では六道のどれかに行くそうだ。天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道があるのだけれど、地獄道行きとなった時は自らの罪を深く悔い改め、修業を通じて心を清めなさい、とね。そこからは毎日修業だと思うようにして、率先して罰を受けにいったんだ。模範亡者になれば、人間道に転生できるんじゃないかって」

「なんだよ模範亡者って……」


 ドン引きする虎之介をよそに、小太郎さんは当時の話を聞かせてくれた。


『獄卒さん。どうぞ罰をお与えください。私は生前、盗みをはたらき地獄に落ちるべき罪を犯しました。ここにいるのは修業のためですから、私はどんな罰も受け入れます。思う存分に虐げてください……!』

『お、おう……なんだこいつ』


 小太郎さんの熱意に圧倒された獄卒だったが、彼もまた自分の仕事を全うする。


 しかし、こんなやり取りが1万回を超えたあたりから、なぜか獄卒は疲労を浮かべていたそうだ。


『獄卒さん、いつもご苦労様です。さあ、何万回でも痛めつけてください! 私は自分が犯した恥ずべき罪を心から悔いているのです! さあ!』

『あぁぁぁ、もう! なんなんだよお前! こっちに来るな! お前のせいでノイローゼになりそうだ。ここは閻魔様に相談して、お前を別の場所に……』

『おお、話をつけてくださるんですね。あなたはいい鬼だ』

『勘違いするなよ。俺が限界なだけだ』

『あなたによく似た鬼を知ってますが、その鬼もあなたのように優しくて……』

『だから、違うって言ってるだろ!』


 その後、獄卒は頭のおかしい人間のせいでノイローゼになりそうだと閻魔大王に告げると、閻魔庁へと呼び出された小太郎さん。


 そこで思いもよらない提案をされたのだ。


『きみ、なかなか根性あるね? まさに亡者のあるべき姿だよ。模範亡者であるきみには、特別な措置を与えようと思う。過去の罪を心から反省しているようだし、人間道への転生を認めよう。しかしだね、私からも提案があるのだが……』

『なんでしょう?』

『獄卒として、うちで働くのはどうかな? きみは生前、料理人だったんだろう? うちの社員食堂にいた料理人が所用で辞めてしまってね、代わりを探していたんだよ。もちろん給料も住まいも用意するし、きみは鬼となるんだ。永遠の命を得ることができるよ。申請してもらえれば、いつでも現世にも行くことができる。どうだろうか?』

『ほう、獄卒は社員という扱いなのですか。福利厚生もしっかりしているようですね。人間道に転生したいと思っていましたが、生まれ変わったところで自分の魂は引き継げない。私という人間の魂を生かすことができるのなら、鬼になるほかないということですね……やりましょう! 地獄だろうとどこだろうと、料理人として仕事ができるなら、ぜひ!』

『おお、助かるよ。今日からきみは我らの一員だ』


 こうして獄卒という名の鬼となった小太郎さんは、閻魔庁の社員食堂で料理長をやることになった。蕎麦を始めとする和食はもちろん、洋食も出しているらしい。


 社員食堂を再開してからというもの、獄卒たちで連日大賑わいとなった。


『いらっしゃい。何にする? おや、あの時の獄卒さんじゃないか』

『……げっ。てっきり人間界に転生したのかと思ってたのに、なんでこんなところにいやがる』

『見ての通り、料理人をやっている。きみのおかげで、閻魔様から特別な計らいを受けたんだ。今日は私が奢ってあげるよ。生前は蕎麦屋をやっていたもので、蕎麦の味には自信があるんだ』

『お前、今の状況分かってんのか? 一度獄卒になっちまえば、永遠に地獄で働くことになるんだぞ。人間に生まれ変われる機会だったのによ、地獄に居座るなんて馬鹿な野郎だぜ。ここまで頭がおかしかったとはな』

『お褒めいただきありがとう。心配してくれるなんて、きみはやはり優しい鬼だ』

『……チッ、このクソジジイ。蕎麦、大盛りで』

『はいよ』


 こうして地獄の料理人となった小太郎さんは、大好きな料理を続けているそうだ。


 未だに唖然としている虎之介たちだが、なぜか俺はワクワクした。死んでもなお、料理人としての道を歩んでいる小太郎さんの生き様がとてもかっこいいと思った。もし俺が地獄行きとなったなら、同じ道を歩んでいるかもしれない。


 しかしながら、獄卒の拷問に耐えきれるのか些か心配である。

 今から心身ともに鍛えておく必要があるだろう。


「——— ぶははっ。ぬしはとんだ変わり者だな。以前この店に来た時、亡者でもない不思議な気配を感じたものだが、まさか獄卒だったとは。して、ぬらりは小太郎となぜ顔見知りなのだ?」

「僕は妖怪管理協会の仕事をやっているだろう? 悪事を働いた妖怪を地獄へ送り届けるのだけれど、閻魔様と顔を合わせる機会が多いんだ。その時に、元人間の獄卒が営んでいる食堂があると聞いてね。それ以来、地獄へ用事があるたびに社員食堂にお邪魔するようになって、小太郎さんとも顔見知りになったというわけさ。閻魔様の話によると、小太郎さんが作るメシのおかげで獄卒たちの士気が上がり、以前よりも容赦なく拷問に励んでいるそうだ」

「ほう。うぃんうぃんってヤツだな!」

「うぃんうぃん? よくわからないけど、まぁそういうことだ」


 楽しそうに笑う彼らをよそに、虎之介は複雑な心境のようだ。


「小太郎、本当にこれでよかったのか?」

「ああ、もちろん。あちらで生きている限り、私は人間の心を忘れていないよ。だからこそ、人間らしいおもてなし料理を提供できるんだ。鬼になったからといって、私は以前と何等変わりない。私は私だ。虎之介だってそうだろう? 今は毎日が楽しいよ」

「……そうか。お前がそう言うのなら」

「そんな辛気臭い顔をするな。虎之介も毎日楽しそうじゃないか。あの頃のように人間と共存してくれて、私は嬉しいよ。これからも、私の子孫をよろしく頼む」

「ったりめーだろ。大史は俺のあるじであり、俺はあるじの用心棒だ」

「それでこそ虎之介だ。えにしが繋がっていてくれて、本当によかった」


 小太郎さんははにかんだように笑い、グラスに残っていたビールを飲み干す。

 天を仰ぎながら一息つくと、申し訳なさそうに俺を見つめた。


「大史くん。私の話が長くなってすまないね。料理が冷めてしまったかな?」

「いえ。次は冷たい料理ですから大丈夫ですよ」


 準備していた料理の盛り付けを完了させ、出来上がった料理をテーブルに置く。


「続きまして、きんぴらごぼうのパスタサラダです。和風の味付けに鷹の爪でアクセントを加えて、仕上げに大葉を散らしました。お酢の風味でさっぱりした味わいになってます」

「おお、パスタではなくサラダとして食べるのか。私はまだ洋食のレパートリーが少ないから、ぜひ参考にさせてもらうよ」

「こんなのでよければ……小太郎さんは勉強熱心ですね」

「そうかな? 新しいものを学ぶのは楽しくて仕方ないんだ。私は料理に対する執着が強いのかもしれないね。地獄に落ちても料理人をやっているくらいだから」

「尊敬しますよ」


 小太郎さんはもちろん、他のみんなも食欲旺盛なので、料理を出すと瞬く間に大皿は空となる。


 よくよく考えてみれば、この場に人間は俺しかいない。

 酒を飲みながらもこれだけ食べられるなんて、さすが妖怪だ。

 最後にメインとなる料理を出す予定だが、あの人は約束通り来てくれるのだろうか。

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