第20話 いにしえれしぴのーと③
龍さんと才雲さんは、凄まじい覇気の虎之介に臆することはなかった。
「虎之介、争いはなにも生まないよ。後悔する前に身を引きなさい」
「ぬしは冷静になれ。それはお前の恩人や大史が望むことなのか?」
「このままなにもせずに黙ってろってのか!? すまねぇが、オレは行く。大史、お前も一緒に来い」
「えっ! な、なんでだよ」
虎之介は俺に向き直ると、真剣な眼差しを向けた。
「オレとお前ならやれる」
「やるってなにを……」
「料理対決」
「え」
てっきり相手の陣地に乗り込んで店もろとも破壊するのかと思っていたが、なんとも拍子抜けする言葉に、龍さんと才雲さんもあっけに取られる。
「料理対決で、ヤツを完膚なきまでにぶちのめす。あの店にいる客に勝敗を決めてもらおう」
「お客は妖祷草の術にかかってるんだから、どう考えても不利だろ」
「いや、大史なら出来る。まやかしに屈した人間相手でも、目を覚まさせることができるのはお前しかない」
「なんの根拠があってそんなこと……」
「勘だ」
根拠はないが自信はある。そんな虎之介の直感を信じるべきか否か。
「ふはは。面白そうではないか。しかし、負けたらどうするのだ?」
「負けたら……この店をヤツの傘下として差し出す」
「おい。俺の店なんだが」
「ほう、いいんじゃないか? それほどの自信があるんだな? 虎之介よ」
「才雲さんまで……いや、俺の店なんですよ、ここ」
「当たり前だ。そうでなきゃ、こんな提案はしない」
「だから、そんな勝手なこと……」
「ふむ、我も賛同しよう。いざとなれば、加勢してもよいぞ」
「さっきから俺の声だけ届いていない」
やる気に溢れている2人と1匹。もし負けたら俺の店がなくなってしまうというのに、まるで他人事のようだ。まぁ、他人なのだが。
しかし、虎之介が怒るのも無理はない。確証はないが、先祖の店が得体のしれない妖怪によって廃業となったのだから、俺としてもこのまま野放しにしておくわけにはいかない。
「クソッ……こうなったらやってやんよぉ!」
「そうこなくては! よし、ならば今から戦に向かうとしよう」
「では、私も見物に行こうかな」
「我も行くぞ!」
多分、なんとかなる。
虎之介に感化された根拠のない自信で、自らを奮い立たせた。
例の店に向かい、格子越しの窓から中を覗くと、時刻は午後3時だというのに未だに満席。一心不乱に蕎麦をすすっているお客の光景は、異様である他なにものでもない。先陣を切った虎之介は勢いよく店の戸を開けようとしたが、予想外の重い戸に苦戦する。
「な、なんだこりゃ。全然開かないぞ……!」
「それ自動ドアだよ」
戸の前から離れさせれると、センサーが反応して自動で戸が開いた。「妙な術を使いやがって」と捨て台詞を吐く虎之介を、どうか見逃し欲しい。入り口でひと悶着していると、小綺麗な店の奥から和服姿で煙管を加えた男がこちらに近寄ってくる。
「お客さん、うちの備品を壊さないでもらえます?」
「てめぇがこの店の親玉か? オレたちと勝負しろ」
「いきなりなんです? 物騒ですねぇ。お客さんがいらしゃるんで、騒ぎは困りますよ」
「すかしてんじゃねぇよ、クソ妖怪。てめぇが妖祷草を使って、あこぎな商売してんのはお見通しなんだよ。100年前も同じ手口で団子屋をやっていただろ」
「……おや。ご存じだったんですねぇ。ええ、団子屋を経営してましたよ。人間は単純ですから、薬草ひとつで思いのままに操れるんですよ。それで金儲けをしてなにが悪いんです? あなたもしかして、廃業した店の関係者ですか? それは申し訳なかったですねぇ。ですが、廃業したのは単に実力不足だったからでは?」
「なんだと……てめぇコラ」
「待て待て、手を出したらダメだって。あー、えっと、俺は向かいのメシ屋をやっているものです。100年前に廃業した店は俺の先祖がやっていたんですよ。なので、本日は復讐に参った次第です」
怪訝な顔をした男は煙管の煙をふかしたあと、大きく溜息をついた。
「先ほども言ったように、廃業はただの実力不足なんですよ。まぁ、店を出すにあたって他所の店が邪魔だったので、こちらとしては願ったり叶ったりでしたけどねぇ。それで? 復讐なんて言ってますけど、なにをするおつもりなんですか?」
「料理対決です。俺たちが勝ったら、店を撤退してください。そして、人間を操るのは金輪際やめてください。負けたら……うちの店を傘下にするなり好きにしていいです。対決の審査は、ここにいるお客さんにおこなってもらいましょう」
「ほう。面白い提案ですね。あなた方が不利な気もしますが、いいでしょう。受けて立ちますよ。では、題目は蕎麦にしましょうか」
「えっ。そ、蕎麦ですか……」
思わず冷や汗が噴き出した。てっきり得意な料理で勝負できると思っていたのに、まさか蕎麦を指定されるとは思いもしなかった。蕎麦なんて、生まれてこのかた打ったことがないというのに。
すると、虎之介は俺の肩に置き、あの冊子を取り出した。
「でぇじょぶだ。ここに秘伝のれしぴがある。オレが読み上げるから、大史はその通りに蕎麦を打てばいい」
「なるほど、その手があったか」
「オレとお前なら戦闘力80万。53万のアイツに負けるわけがない」
「虎之介の戦闘能力測定器、故障してない? 大丈夫?」
「それで、やるのですか? やらないのですか?」
「や……やりまぁす!」
道場破りに来たものの、この不利な状況で果たして勝算が見込めるのだろうか。
しかし、後には引けない。ご先祖様の無念を晴らすべく、どうしてもこの勝負には勝たなければならないのだ。
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