第114話 正解
「私はいつも、あなたにこう指導してきました。『経験なさい。そして考えるのです』と」
ヨネ子ちゃんが言った。彼女はフサ子さんの隣に座っていたけれど、顔を横に向けることなく、真正面の秋月くんの方を見たまま続けた。
「自分の目で見て、肌で感じたこと――――経験の積み重ねでしか得られないことが山程ある。あなたにはそれを知ってほしい」
ヨネ子ちゃんの可愛い声で、以前にも聞いたことのある言葉だった。そう、誘導電波でユカちゃん達が導かれてきた公園で話した時だ。あの時もヨネ子ちゃんはフサ子さんに、同じ文言で諭していたのだ。
「この出来事から、あなたは何かを得たはずです。シュミレーションではない、生きた経験なのですから。今この場を共にしている私達は、皆同じ場面を見ています。その時その場に居なかった者の経験を、映像を通して追体験しています。でもフサ子、あなたがいた場面、その一つ一つの場面で、あなたは他の誰よりも自分自身の経験を得たはずです――――何を感じましたか」
最後の問を声にしながら、愛らしい青鬼が部下へ身体を向けた。
「言葉にできませんか? ええ、それでも構いません。たった今あなたの目から落ちた液体……涙で十分」
青鬼の口角が上がる。フサ子さんが俯いて表情を隠すのと同時に、ヨネ子ちゃんはゆっくりと頷いた。
◇◇◇
「わあ……」
再び立体映像は、小河内ダムへと戻っていた。そこに映し出された映像に、私は感嘆と驚異の入り混じった溜息を出す。
大きな円盤の中へと、私と秋月くんが吸い込まれていく。闇夜を切り取る光の円錐の中を、びしょ濡れの私達はゆっくりと浮上していた。
「無事に助けることができて、本当に良かったです」
湖の上から飛び去っていくUFOを見届けた八幡ちゃんが、にこっと笑った。
「湖に時間球をばら撒いてくれていたおかげですね。悠里ちゃん、グッジョブ」
「ううん、あれは……ばら撒くつもりじゃなかったんだよ」
本当は回収袋の中の時間球は、全て秋月くんに溶かしてもらうつもりだったのだ。無事にポケットから袋を引っ張り出せたら、彼のスウェットの首元から全て流し込むつもりだった。
「もしもあの時、時間球を使ってしまっていたら、ボク達が二人を見つけることはなかったですよ」
「ええ、その通り。あの場に時間球があったから、私は皆に報告したのですもの」
流行りの動物キャラクターに扮したポロポロ星人が、八幡ちゃんに同調する。
「モモンガになって湖の近くを滑空していた時、あなた達地球人二人の姿も、はっきりと確認できましたよ。でも側に時間球が浮いてなかったら、私はそのまま素通りしましたね。『あの二人の地球人は、間もなく死ぬのだろうな』と考えながら。会合に合流したら、ちょっと珍しい土産話の一つになるだろうくらいに捉えていました」
少女の姿形をしたポロポロ星人が、屈託のない顔で笑った。
「だから悠里ちゃんの行動は、あれで良かったんです。大正解ですよ。ボクにとって悠里ちゃんと一馬くんは、大好きで大切なお友達です。あんな死に方、させたくありません」
「ほんと悠里ちゃんって、くじ運強いよねぇ。生死がかかった選択で、ちゃんと良いほうを引いた」
そこに全く意志はなかったとしても、くじ運と言えるのだろうか。もしくは私が自覚できないほどの心の奥深く――無意識と呼ばれる領域――で、私は明るい未来へと繋がる選択肢を選んでいたのだろうか。だとしたら、結構誇らしい。
そんなことを考えて私がニマニマしている間に、映像は終わっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます