第26話 下ろしたモヒカン、見たことある?

「ぶはっ! 何その頭!」


 改札を出てオレンジ色の頭を見つけるなり、私は我慢できずに吹き出した。


「はあ? 頭って、これのことか?」


 涙が出る勢いでヒーヒー爆笑した。そんな私を呆れた顔で見下ろしながら、秋月くんは自分の頭頂を指さしている。


「だって! だって! モヒカンが! ないじゃん! 秋月くんのアイデンティティのモヒカンが!」


 彼の最大の特徴とも言えるモヒカンがない。ぺしゃんと倒れたオレンジ色の毛髪が、その下にいる人物が秋月一馬であることを、かろうじて主張していた。


「……今朝はセットする暇がなかっただけだ。別に珍しいことじゃない。髪立てないで学校行くことなんて、たまにあるし」

「えっ⁉ そうなの⁉」


 こんな風に身近な友達になるまでは、モヒカン頭じゃない秋月くんを学校で見かけても、秋月一馬と認識してこなかったのだろう。私の認識力とはそんなものだ。『オレンジ色+モヒカンヘア=隣のクラスの秋月一馬』という単純な方程式しか作れない。


「今朝は寝坊した妹が、ドライヤーを独占してたからだ」

「ふーん」


 モヒカンヘアって、立てない状態だと案外普通だ。剃った側頭部を伸びた髪が隠すからだろう。派手色オレンジはとても鮮やかで、口と耳に光るピアスもいつも通りなのに、醸し出す威圧感は半減している。


「何だよ? そんなに変かよ」


 あまりにもジロジロと観察していたからだろう。流石に居心地悪そうに、秋月くんが顔を逸らした。


「いや、全然」

「……下ろしてるほうが好きか? モヒカンより」


 ややトーンの落ちた声で聞かれて、私は素頓狂な返しをした。

 

「え? なんで? モヒカン似合ってるよ。むしろもうモヒカンじゃないと物足りないというか」

「そうか」

「まあでも、セットするの大変そうだよね。面倒な時はそのままでもいいんじゃない? それはそれで良いと思うよ。毎朝何分くらいかけてモヒカン立ててるの?」

「二十分くらいだ」

「えっ⁉ そんなに? それを毎朝? すごいねえ」


 私は寝癖を直すだけだから、身支度に三分もかからない。たまに手強い寝癖がついていた朝には、もう二、三分格闘することもあるけど。寝相がすこぶる悪いのだ。よくベッドから落ちて目が覚める。


 そんなことを話すと、秋月くんは笑った。ああ、この笑い顔は確かに秋月くんだ。モヒカンが立ってなくても、すぐに分かる。

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