第75話 シャボン玉
「縁を広げたいって、なんで?」
「この星が良い場所だと、再確認するためです。それから……」
秋月くんの質問に応えながら、ヨネ子ちゃんは彼女の部下へと視線を向けた。
「私のこの若い仲間の視野を広げるため。知識を獲得させるためです」
私と秋月くんに注目されたフサ子さんは、フンと鼻を鳴らして腕を組んだ。
「ヨネ様……。必要ありませんわ。私は地球に来るまでに、十分この惑星文明についての知識は習得して来たのです。テストではいつもトップの成績でした。様々な分野のシュミレーション研修も修了しました。今更学びとることなど……」
「そういうことではないのです、フサ子」
ヨネ子ちゃんは小さく首を振った。
「実態から離れた場所での机上の学習やコンピューターのシュミレーションでは、得られるものはほんの僅かです。自分の目で見て、肌で感じたこと――――経験の積み重ねでしか得られないことが山程ある。あなたにはそれを知ってほしいのです」
「こんな未熟な星から得られることなど、あるのですか?」
「未熟な星かどうかは、関係ないことです」
「……やはり、理解しがたいです。なぜヨネ様ほど力のある御方が、そのように地球人ごときに謙虚になさるのですか。なぜパカパカやプルプルと馴れ合いをするのですか」
ヨネ子ちゃんはきっと、レプレプ穏健派の中でも相当な立場の人物なのだろう。クリスマスイブのあの日、八幡ちゃんが『ヨネ子ちゃんは僕よりもずっと年上のお姉さんですよ』と教えてくれたことを思い出す。
「過激派のやり方に慣れたあなたにとって、抵抗があるのは分かります。けれどね、フサ子」
幼女の声は、穏やかに、諭すようにブロンド美女へと向けられる。
「この経験は決してあなたのマイナスにはならない。プライドや序列を忘れることは、我々レプレプにとって難しいものです……けれどあなたはまだ若い。いくらでも軌道修正ができる……私と違って、思考の癖を完全に直せるかもしれない……これはとても幸運なこと。経験なさい。そして考えるのです。我々にとって価値のあるものとは何なのか。我々が本当に求めるべきものとは何なのかを」
フサ子さんの目が、突然私を見た。鋭い眼差しに、思わず肩をすくめる。彼女は何も言わなかったけれど、その視線は攻撃的だった。しかしシャボン玉のように不安げに揺れるものも見えた。フサ子さんは困惑しているのかもしれない。今のヨネ子ちゃんの言葉の意味を、理解しようと考え込んでいるのかも知れない。
「ねー! ヨネちゃんとヨネちゃんのママ、何やってるの? おままごとしてるの?」
ちょっとだけ張り詰めてきた緊張の糸をちょん切ったのは、理乃ちゃんの明るい声だった。お姉ちゃんのスカートをぎゅっと掴みながら、真麻ちゃんも控えめに興味津々の瞳を向けてくる。
「理乃とまーさもやりたいっ! いーれーてっ!」
腕をぐいぐい引っ張られたフサ子さんは、「えっ。ちょっと!」と思わずきつい声音を出し、すぐに「しまった」とばかりに口元を抑えた。
「いーよー。一緒におままごとしよう!」
ヨネ子ちゃんの口調は、すっかり子供モードに切り替わっていた。
「ママもやろーね? ね? お砂場の方でやろう。ほらこっち!」
理乃ちゃんが引く腕とは反対のフサ子さんの腕を、ヨネ子ちゃんが引っ張る。
「ヨネさま……! じゃなかった……ヨネちゃん、ちょっとまって」
「ママは赤ちゃんの役ね。全力でやってね」
「えっ」
「理乃はママ役がいいー!」
「いいよ。じゃあヨネはお姉ちゃん役!」
「まーさ、おねえちゃんのおねえちゃんやる」
「ならボクは近所のドラ焼き屋さん役をやりまーす」
「あはは! はっちゃんドラ焼き屋さん! おもしろーい」
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