第43話 コーティング剤を作ろう
「ふわぁ〜」
「ふわぁ〜」
「ふぉお〜」
「ふぉお〜」
部屋の中に、二人分の気の抜けた欠伸声がこだまし合う。声の主達二人は、大口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返していた。
意図的に欠伸を出すには、ちょっとしたコツがいる。私は暇を持て余していた小学生の頃には既にそのコツを掴んでいて、口を閉じたままでも、変顔をしたままでも自由自在である。絶対に日の目を見ることはないだろうと思っていた地味な特技だが、まさかこんなに役立つ日がくるとは。人生とは分からないものだ。
しかし、今私の部屋で繰り広げられている光景は、何とも間抜けであることには違いない。でも私と八幡ちゃんは真剣なのだ。至って真面目である。ふざけているわけでも、遊んでいるわけでもない。
「あ、涙出てきた出てきた! ピペット! ピペット!」
「ボクもですっ」
目の中に溜まった涙がこぼれ落ちそうになる寸前に、小さなピペットの中に吸い上げる。
「おっ、今回結構採れたかも」
「ボクの方もこれだけ出ましたー」
ピペットの中に収まった液体を見せ合いながら、私達は満足げに頷いた。
「あと一回分くらいで足りるかな?」
「はい! 大丈夫だと思います。あとは水道水で薄めましょう」
「よし‼ ふわぁ〜」
「ふわぁ〜」
「ふぉぉ〜」
「ふぉぉ〜」
夜も更けた部屋の中で、私達が何をしているのかというと。
コーティング剤を作っているのだ。時間錠作りに欠かすことのできない、重要な材料の一つだ。
日々集めた時間球を精製するために消費し続けたため、あらかじめ八幡ちゃんがストックしていた分のコーティング剤が遂に底をついたのだ。
そんなわけで、私と八幡ちゃんは今、せっせとその作成に取り組んでいるのだ。決しておふざけしているわけではない。
「……よし。これでいいのかな? 次は?」
「ここにさっき歯磨きのついでに汲んできた、東京都の水道水を入れます」
三角フラスコの中に入った、私と八幡ちゃんの涙。そこに八幡ちゃんが、コップに入れた水道水を流し入れた。
「撹拌してください」
「オッケー」
フラスコをゆらゆらと揺らしながら、私は中の液体の様子を観察した。涙と水道水が混ざっているだけなので、ただの無色透明な液体が波打っているだけだった。いつも時間錠作りの時に使う液状のコーティング剤Bはラベンダー色をしているが、それとは程遠い。
「ここに、すり鉢で粉末にした時間球一個分を追加します。粉末状になっているので、時間粉って呼び方が正しいですかねー」
「ふむふむ」
さらさらとした輝く粉末が、煌めきながらフラスコの中に落ちていった。八幡ちゃんに言われるがままに、私は再びフラスコを揺らして中の液体を撹拌し続けた。
「わぁ、きれい……」
液体は少しだけ粘度を増した。もったりとしてきたようだ。輝く粒子がゆらゆらと揺れて、スノードームを見ているみたいだった。
「これでほぼ完成です。仕上げに色をつけましょうか。悠里ちゃん、赤とオレンジ、どちらが良いですか?」
「選べるの? じゃあオレンジかな」
「了解です。このオレンジ、一馬くんの髪の色とはちょっと違うオレンジですけど」
言いながら八幡ちゃんは、取り出した小さな小瓶の中身をフラスコの中に追加投入した。
「金木犀だ」
フラスコの中の輝く水面に、山吹色の小花が着水していく。
「満開の時期に地面に落ちていたものを採集しておいたんです。ああ、まだ香りますね」
強くはないが、確かに金木犀の甘い香りがふわりと香った。撹拌を再開すると、小さな小花はしゅわしゅわと発泡を始めた。そしてあっという間に溶けて消えてしまう。それと同時にフラスコ中の液体は粘度を失い、金木犀の花と同じオレンジ色に色づいたのだった。
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