第41話 青とオレンジ

「俺の実の父親、バンドマンだったんだ。パンクバンドやってたらしい。真っ青なモヒカン頭で」

「モヒカン?」

「ああ」

「……だから秋月くんもモヒカン?」

「高校入った後なんだ。モヒカンにしだしたの。両親が出会って、俺が生まれた頃の父親と同じ髪型」


 秋月くんの口調は先程と変わらないが、荒れた中学時代の話をしていた時よりも、ワントーン上がったように聞こえた。時間球の効果で私達の時間はほぼ止まっているはずなのに、夜の闇の中に沈んだ公園すら、何だか明るくなったように見えた。


「青の補色はオレンジだろ」

補色ほしょく?」


 聞き慣れない単語だった。

 

色相環しきそうかんの反対側に位置する色のことですね。人の目で見える色は光の波長の長さによって、赤、オレンジ、黄、緑、青、紫の順で連続的に違った色として知覚されます。色味の違いのことを色相しきそうと言って、色相を輪っか状にして表したのが色相環。その輪の中心を通って対極に位置している色同士を、お互いの補色と呼ぶんですよ」


 八幡ちゃんが説明してくれる。いつかの神社でお昼ごはんを食べた時のように、私たちは八幡ちゃんを真ん中にして、串団子状にベンチに座っていた。


「反対側の色。対極の色、か」

「そう。だからオレンジがいいと思った。青から一番遠い色だ」

「……でもどうして、同じ髪型にしようと思ったの?」


 ここは暗すぎて、モヒカンの色は鮮やかに見えなかった。


「当時のあいつの心理に近くなれるんじゃないかって……知りたいと思った。でも完全に同じにはなりたくなかった。若気の至りで子供作った挙げ句、さっさと死んだ無責任な男と同じになるのは嫌で、だから反対の色に染めたんだな……何だか、訳わからねえな」


 言葉を紡ぐ中で、秋月くんは途中で詰まることはなかった。しかし「訳わからねえ」の一言の通り、彼自身、その動機を完全に飲み込めているわけではなさそうだということは分かった。


「一馬くんは一馬くんであって、一馬くんのお父さんとは明らかな別個体ですよ。同じ髪型にして、たとえ全く同じ色で染めたとしても」


 八幡ちゃんが首を傾げながら言った。


「近づきたいのに遠ざかりたい。わかりたいのに解りたくない……人の心の機微とは、複雑なものですね。その複雑で神秘なところが、ボクが地球に惹かれる理由でもあるんですけど」

「そう……複雑怪奇だ。自分の感情なんて、すぐに見失っちまう……補色同士って、お互いの色をよく引き立てるんだ。頭のオレンジを見る度に想像するようになってた。青いモヒカン」


 私も想像してみた。秋月くんのお父さんの顔は知らない。だけど乏しい私の想像力でも、真昼の快晴空のようなモヒカンを立てた男性の後ろ姿の像が、星が散らばった夜空に浮かぶのだった。


「ああ、でも。今は自分の頭のオレンジ見ると、別のことを連想しがちだな」

「え? なになに?」


 星空から視線を外した私に、秋月くんは笑いかけたように見えた。ん? なんだか企んでる顔してない? ニヤニヤしてない?


「悠里に会ってからだ」

「私に?」

「パンツの色。オレンジだっただろ」

「わあああ‼」

「あれはかなり強烈な登場だったからな。仕方ない」

「やめてええ‼ せっかく最近忘れてたのにー!」


 突然黒歴史を掘り返されて悶絶する私の声と、大笑いする秋月くんとケタケタ笑う八幡ちゃんの声。

 夜の公園は一気に賑やかになったのだった。

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