第62話 チンチクリン
「愚かな地球人……。私としたことが、見誤ったみたい。その髪型に惑わされたかしら」
吐き捨てるように言うと、美女は秋月くんを睨みつけた。
「いいこと? 今私から聞いた話を、他の地球人どもにむやみに広げるんじゃないわよ? そっちのチンチクリンも分かったわね?」
「チンチクリン? あ、それって私のことですか」
私は別に小柄じゃない。秋月くんが平均よりでかくて、この美女がハイヒール分背が高くなっているので、相対的にぱっと見この三人の中で一番小さいというだけだ。
「他に誰がいるってのよ! このチンチクリン!」
美女はダンッと片足のヒールで床を打ち鳴らした。理不尽なチンチクリン呼びされた私の手を握る大きな手に、少しだけ力が込められる。
しかし不思議なことに、私は今そんなに緊張を感じていない。秋月くんと触れているからだろうか。人肌の力というのは偉大かもしれない。
「我々はあんた達の記憶を消すことだって出来るんだからね。まあ、今の話を誰かに話したって、スピ狂いのおかしな奴扱いしかされないだろうけど」
「はあ」
「何なのよ、その間抜けな態度。あんたレプレプをナメてんの?」
「いや、そんなつもりは」
脱力した声を出すと、どうしてもこんな感じになってしまうのだ。悪気はない。
「悠里。あまり刺激するな」
秋月くんは私を再び背中に隠そうとしてくれた。とっても嬉しいけど、やっぱり私は緊張していない。さっきはあんなに威圧感を感じた美女の声が、今はなんだか子犬がキャンキャン吠えているようにしか聞こえないのだ。
「なんなら今すぐ消してあげましょうか? そうね、ビンゴゲームが始まる前の記憶から……」
イライラをつのらせた表情の美女の手が、此方に伸びてくる。
「その必要はありません」
可愛らしい幼児の声が、美女の動きを止めた。
「悠里ちゃんと一馬くんは、信用のおける地球人です。レプレプさん達に意地悪するような人じゃありません」
ニコニコ笑顔の八幡ちゃんと、青い顔のジョージくんが戻ってきた。彼らが伴ってきたのだろうか、一人の見知らぬ幼女が傍らに立っている。
「パカパカ……!」
八幡ちゃんの姿を見た美女の顔色が、サッと青くなる。この愛らしいパカパカ星人を前にして、こんな反応をする人は初めて見た。
「二人を怖がらせないでください。ボクの大切なお友達なんです」
小さな幼児は、秋月くんと美女の間に立った。
「別に何もしてないわ……ちょうど話が終わったところよ」
スッと長い腕をおろした美女の目は泳いでいる。
「やりすぎです、フサ子」
ジョージくんの隣に姿勢良く直立していた幼女が口を開いた。彼女は八幡ちゃんと同じ歳の頃だろう。柔らかそうな猫っ毛を高い位置でツインテールに結び、クリスマスカラーのリボンで飾り付けていた。奥二重の瞼から覗く瞳は大きく一見愛らしく見えるものの、その眼光は鋭い。
フサ子というクラシカルな響きの名は、このブロンド美女を指しているのだろう。彼女はばつが悪そうな表情を浮かべながら、幼女から目を逸らした。
「断られたのなら、そこで終わりでいいのです。腹いせに記憶を消して、おまけに景品の時間錠まで奪おうというのは、いくらなんでも行き過ぎです」
「えっ! そんなことしようとしたの? ヒドイ」
あ、ヤバい。思わず心の声を本当に声に出してしまった。たまにやらかすのだ。一斉にその場の視線を集めた私は、はっとして秋月くんと繋いでいない方の手で口を隠した。
「そんなことをしようとしてたんですよ、この未熟者のスカウトは。大変失礼いたしました」
幼女が私に頭を下げてくる。顔を上げた彼女は、こらえきれなかったという様子でくつくつと笑い出した。
「面白いお嬢さんですね。八幡くんが一目置くのも納得だ。お初にお目にかかります。私はヨネ子――もちろんこれは、
これまた古風な名前だ。私と秋月くんは顔を見合わせ、二人揃って膝を曲げた。ヨネ子ちゃんと目線を合わせるためだ。
「はじめまして。私達は……」
「存じております。悠里さんと一馬さん。八幡くんから、お二人の話はよくうかがっております」
「そうなんですか」
ヨネ子ちゃんの声は小さな少女特有の、高くて澄んだ声だった。しかし小さな口からは、つかえることなく畏まった敬語がスラスラと流れてくる。
「私はレプレプ星人。子供の姿をしていますが、そこにいるフサ子の上司なんですよ」
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