第61話 スカウト
「やあねえ、睨まな・い・で!」
美女は人差し指を伸ばし、秋月くんの唇にちょんと触れた。
「ふふふ」
ぎょっとして後ずさったモヒカン男の反応に、彼女は満足げに上品な笑い声を漏らした。
「秋月一馬。私はあなたが気に入ったの。久しぶりよ。こんなにこっちに引き入れたくなった異星人を見つけたのは」
「どういう意味だ」
「私は優秀な地球人をピックアップする、スカウトなの」
大きな身体が横に動いた。妖しく輝く美女の目が、秋月くんに隠されて私から見えなくなる。
「我々はね、優れた現地人と手を組むのが好きなの。そしてその星を支配するの」
八幡ちゃんに初めて会った日、彼は言っていた。地球には様々な異星人がやってきていると。八幡ちゃんやジョージくんのように博愛的な種もいれば、支配することを好む種もいる。レプレプ星人は、支配を好むエイリアンなのだ。
「秋月一馬。あなたは優秀だわ。その髪型も素敵。私達の仲間になる素質を持ってる」
「俺は支配とか興味ない」
「あらそう? 突然スカウトしちゃったから、びっくりさせたかしら」
きっぱり断った秋月くんの言葉に怯むことなく、美女はクスリと笑った。
「あなたは若い。とりあえず大学に入りなさいな。この国の支配層に入るために、あなたの希望する学歴は有利だわ。その先は私たちがいくらでも手引きできる」
「俺に何を期待してるんだ?」
「国の中枢に入るのよ。差し当たり官僚にでもなって、国を動かす地位につくの――――そういう人間と人脈を作るっていう意味でも、あなたの進路は正解ね。もちろん、もっと上に立つこともできる。私達と手を組むのなら、あなたの将来は思い通りよ。失脚や失敗とも無縁。こちらの指示はある程度聞いてもらうけどね。あなたにはメリットしかないわよ」
私は今、もしかしたらとんでもないことを聞いているのではないだろうか。エイリアンによる地球支配のカラクリが明かされている。そしてその歯車の一つに、秋月くんを使おうとしている。
「人類社会のピラミッドの頂点に立たせてあげる。権力の頂点……知ってる? 地球上の権力者……国家元首やセレブリティの一部は、私達と手を組んでるのよ。そういうラッキーな地球人はほんの一握り……レプレプが認めた者だけ。あなたはそんな一握りに入れる」
甘ったるい声。誘う声だ。甘いのに、戦慄させる響きを持つ不気味な音だった。本能的な恐怖を感じて、私は秋月くんのシャツの背中をぎゅっと握った。
「興味ない」
低い声が短く告げた。
「権力とか頂点とか、そんなものどうでもいい」
「あら」
女の声が、少しだけ乾いたように響いた。
「本当に? あなたは時間錠を集めているじゃないの。至高のエネルギーを欲しているくせに、権力には興味ないって? この星の権力ピラミッドの上に君臨するために必要なエネルギーを集めておいて、そんなこと言うの?」
知らない。私達はそんなこと知らない。時がエネルギーということは以前八幡ちゃんが説明してくれたが、権力ピラミッドとかどうとか、そんなことは知らない。秋月くんだってそのはずだ。私達が時間球を集めていたのはただ――
「――俺が時の結晶を集めているのは、集める
美女の眉尻が片方だけクイッと上がった。整った美貌が歪む。
「なんですって?」
「こいつと一緒にいる時間が好きだから。理由なんて、それだけだ」
レプレプ星人に向き合ったまま、秋月くんが後ろ手に私の指を絡め取った。
「俺が進学したいのは、上に行きたいからじゃない。学びたいからだ。あんた達は関係ない。官僚になんてなるか。全く惹かれねーよ」
秋月くんの手は大きく、長い指はさらさらしていた。包みこまれていると、ひんやりとして気持ちがいい。緊張で熱くなった頭の中が、打ち水をされた地面のように、あっという間に静けさを取り戻していく。
――不思議。なんだか、時間球が溶けた時みたい……
「確かに断ったからな。もうあんたとの話は終わりだ」
私の手を握る手の中に、彼は時の結晶を隠し持っていたのだろうか――――美女の気迫によって加速されつつあった私の時間は、秋月くんの肌を感じるにつれて、ゆっくりと減速していくのだった。
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