第86話 子鬼

「八幡ちゃんは、どんな仮装するの?」

「ボクはですねぇ、このポヨポヨの髪型を活かして、鬼になろうかと……」

「鬼」

「先日節分だったじゃないですか。街中に鬼のイラストが溢れていたので、それを参考に鬼のパンツを編んでみたんです」


 そう言って八幡ちゃんがベッド下から取り出したのは、黄色と黒の毛糸で編まれた、まさに鬼のパンツだった。


「えっ。これ、八幡ちゃんが編んだの? いつの間に」

「悠里ちゃんが勉強に勤しんでいる間ですよ」

「知らなかったよ」

「悠里ちゃん、すごく集中してましたからね。このパンツ一枚じゃさすがに寒いので、ヒートテックを上下で二枚重ね着して、更にその上から真っ赤なトップスとタイツを履こうと思ってます。顔は全部真っ赤に塗ると怖くなっちゃうので、両頬にくるくるって大きな赤い渦巻き模様を描こうかなと」

「気合い入ってるねぇ」


 肝心の鬼のツノはどうするのか訊くと、八幡ちゃんのぽよぽよの髪の毛の中から、ニョキニョキと円錐状のものが生えてきたので仰天した。


「わあ!」


 今ので完璧に目が覚めた。


「ツノは実際に生やした方がお手軽ですからね」

 

 にっこり笑顔のパカパカ星人が立ち上がった小さなツノを撫でると、それはシュシュシュと、縮んで見えなくなってしまった。


「……八幡ちゃんて、本当は鬼だったり……?」


 まさかね。でも鬼だったとしたら、フサ子さんのあの怯えようにも、もっと説得力が増す気がした。


「やだなぁ、何言ってるんですか」


 小さな男の子の姿形をしたエイリアン。彼はケタケタと可笑しそうに笑った。


「ボクはパカパカ星人ですよぉ」

「そうだよね」


 やっぱり、まだちょっと寝ぼけてるかな。確かにツノが縮んでいく様子を目撃したばかりなのに、八幡ちゃんが可愛らしい子鬼に見えた。私はゴシゴシと顔を擦ると、ようやくベッドから立ち上がった。


「そんなわけなので、悠里ちゃん。ボクはこれから会場準備もあるので、そろそろ家を出ますね」

「え、もう?」

「はい。明日悠里ちゃんの試験が終わる頃には、会合も解散してると思います。晩ごはんまでには帰りますから」


 八幡ちゃんは鬼のパンツと水筒をリュックサックに入れると、窓をカラリと開けた。烏になって飛んでいくつもりのようだ。


「そうだ、八幡ちゃん」


 私は早口で呼び止めた。


「明日の試験が終わった後、秋月くんと夕方に会う約束してるの。ユカちゃんのカフェと、ジョージくんのライブハウスのある駅で」

 

 顔半分に黒い烏の羽を生やした状態で、小さなエイリアンは振り返った。


「分かりました。きっと間に合うと思うので、ボクもご一緒しますね。悠里ちゃんが力を出し切れますように」


 ご一緒しますね、から後ろの部分はテレパシーだった。にっこり笑顔の残像と応援の言葉を部屋に残して、パカパカ星人は飛び立って行った。

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