第14話 パカパカ星人
人目を避けたほうがいいということは、無言のうちに私と秋月くんの中で同意され、私達はカラオケ店の個室に落ち着いた。
ここなら食事にもありつける。空腹状態だと、人間はイライラしがちだからね。落ち着いて話をするためにも、とりあえず何かを腹に納める必要があった。
けれど個室に入る時に、早速一悶着あった。カウンターで人数を伝える時だ。
「三人で」
と伝えた秋月くんに対し、店員が怪訝な顔をしながら、
「二名様でよろしいですよね?」
と聞き返したのだ。
「学生二人と、子供一人だ」
言い直したが、店員は首をかしげるばかり。
「学生さんお二人ですよね?」
そこで
「あ、ボクは人数に入れなくていいですよ! 今は
こんなに大きな声なのに、店員の耳には聞こえなかったようだった。
――他の人には、見えないの⁉
私と秋月くんは、すごい形相で八幡ちゃんを見た。そして挙動不審なパントマイムを繰り広げる羽目になって、完全に引いた目の店員に見送られながら、個室へと逃げ込んだのだった。
◇◇◇
ただでさえオレンジ色のハードモヒカンは人を威嚇するのだ。料理を運んできた時も、若いアルバイト店員は言葉少なにそそくさと退室していった。
「……話を整理するぞ」
室内にはヒットチャートが音量を抑えて流れていた。室内の空気感からは、大きく乖離した軽快な旋律である。秋月くんなんて、何人か始末してきた後の殺し屋みたいな顔をしている。
「お前は、パカパカ星人で、名前は、はちまん……? で、宇宙人で、この『時間収集キット』の持ち主で……」
言葉にすることで頭を整理しているようだ。なんだか新鮮。
秋月くんもこんなふうに、困惑して困り切った顔をするんだなぁ。
「オイ、悠里。お前もちゃんと考えてるんだろうな」
「えっ、あ、はい。もちろん」
秋月くんの新たな表情を知って小さく感嘆していた私は、誤魔化すように「へへ」と笑って、とりあえずポテトを一本口に運んだ。たった今チーズバーガーを一個平らげたので、お腹も落ち着き、気持ちも落ち着いてきたところだ。
「秋月くんも、とりあえず食べちゃったら?」
彼の注文したクラブサンドはまだ手つかずだった。お腹減ったって言ってたのに。
「……お前、結構いい度胸してるよな……」
「どういう意味?」
「大物だって意味だよ」
この状況でよく飯が食えるな、って言いたいんでしょ。
ふふん。これは私の性格の、良い面でもあるんだな。一度に一つのことにしか集中できないから、とりあえず空腹時には空腹を満たすことにしか集中しない。そして満腹になったときには、大抵ご機嫌になってる。
「大丈夫だよ。多分、あまり心配する必要ないんじゃないかなぁ?」
「何だって?」
「だってパカパカ星人って、無害そうじゃん。ほら、こんなだよ?」
美味しい食事で空腹が満たされた私は、ヨガの達人並みに精神が安定してる。
「悠里ちゃん、これ美味しいですねえ!」
パカパカ星人は、小さな口いっぱいにお子様バーガーを頬張って、頬を膨らませながらモゴモゴと感動を述べている。黒い瞳はキラキラ輝き、愛おしげにバーガーの断面を見つめていた。
「ハンバーガーって言うんだよ。食べたことなかった?」
「はい! 地球での最近の食事は、バッタとかトンボとか、昆虫が多かったですからねえ」
「うへえ。昆虫食?」
「捕まえてそのままですよ。踊り食いって言うんですっけ」
「うそでしょ」
「本当ですよ。罠をしかけなくても、神社には沢山虫が集まってきますからね。地面を掘っても見つかりますし。食糧には困りませんでした」
良いペースで食べ進みながら、パカパカ星人と私は会話を交わしていた。秋月くんは黙って聞いているばかりだったが、ようやく言葉を挟んでくる。
「神社?」
小さな宇宙人は、モヒカン頭に向かってにっこり笑って頷いた。
「八幡神社です。さっきボクたちが会った学校の斜向かいに、あるじゃないですか。ボク、そこで寝泊まりしてるんです」
確かに神社はあった。小さくて、きっと宮司は常駐なんてしていない無人の神社だ。周囲の住宅街の中に隠れるように佇んでいるので、目の前を通って毎朝通学してるのに、言われるまで思い出すこともなかった。
「寝泊まりしてるって?」
「そうです」
「神社に住んでるの?」
「とりあえず雨風凌げる定位置がほしくて」
「ちょっと待て、お前の名前……
「はい。八幡神社のお名前をお借りしてます。このほうがこの国にお住まいの皆さんには、親しみやすいかなぁと思いまして。八幡神社って、確か日本に一番沢山ある神社でしたよね」
私と秋月くんは顔を見合わせた。
「じゃあ、君の本当の名前は?」
私の質問に、パカパカ星人は首を軽く傾げた。平らげたハンバーガーが消えた指先を、名残惜しそうにペロペロ舐めている。
「パカパカ星人に、決まった個別名称はありませんよ。必要な時に適宜、その場所で名前を見つけるんです。今のボクの名前は、
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