第46話 宵空と進路
夕焼け空から、すっかり宵空になった上空。窓には、私と同じ方向を見つめる秋月くんも映っていた。
「星、見に行くか」
「え?」
振り返ると、穏やかな表情のモヒカンがこちらを見ていた。
「前期試験が終わったら。二月だな」
窓の前に立っていた私は、秋月くんの隣に座った。休憩スペースには、ずっと私達三人しかいない。
「二月の天体観測。いいですねえ。ぎょしゃ座のカペラ、火星と金星、おうし座のアルデバラン、オリオン座にうさぎ座。暗い場所に行けば、肉眼でもよく見えると思いますよ」
「八幡が解説してくれたら、ただ眺めるだけより、もっと楽しいだろうな」
「任せてください‼」
ワクワクする計画に、私の気持ちもどんどん前のめりになっていく。天体観測なんて、今までやろうと思ったことなどあっただろうか?
「どこに見に行くの?」
「ここからだと、奥多摩か三鷹の天文台が近いか。八幡に解説任せるなら、奥多摩がいいだろうな」
「電車で?」
「移動手段はボクに任せてください。悠里ちゃんのアブダクション絡みで仲良くなったプルプル青年が最近、自動車の免許を取れたそうなんですよ。彼の車で連れて行ってもらいましょう」
「よし。それでいこう」
「プルプルくんは近いうちに紹介しますね」
「夜の奥多摩ドライブかぁ。楽しみだなあ」
私と秋月くんのエイリアンに対する感覚は、普通の地球人の常識からはすっかり離れてしまっただろう。でも構わないのだ。今のほうが絶対に楽しいのだから。
「モチベーションも上がったな。悠里、もう少しやってくぞ」
「はい! 隊長!」
私達は立ち上がり、学習スペースへと足を向けた。『やってく』のは、今は時間球集めじゃない。勉強だ。来月にはいよいよ願書の受付が始まる。こう見えても私達は大学受験を目前に控えていた。
ほんの数ヶ月前までは、ただやっつけるように日々の学習をこなして、合格安全圏から足を踏み外さないように祈るような心境で受験対策をしてきたに過ぎなかった。
それなのに今は、全く違う。
どうせなら「知りたい」。
そんな思いを持つようになっていた。周りが言うままに、ただ大卒という肩書を得るために行くんじゃない。「知りたいことを知るために」「知るための手段を増やすために」進学する。だから試験にパスする必要があるのだ。
考えてみれば当然の道理なのだけど、何故か私はそんな当たり前の筋道すら知らなかったように思う。
ただ流されていただけなのだ。学校制度という社会の仕組みの流れの中に。『周りの皆がだいたいこうするから』という時間の流れの中に。元々のろまなのだから立ち止まって考えれば良かったのに、中途半端に流されていたのだ。
家族や教師からは驚かれたが、私はここにきて志望校を変更した。でも誰からも止められることはなかった。秋月くんのおかげで、てんでダメダメだった理系科目で稼げる点数が、ぐんと増えたおかげだった。安全圏ではないけれど、頑張ればいけるかも知れない。そんなラインに立っていた。
「ねえ、ありがとね」
席に座る直前、私はオレンジモヒカンに言葉をかけた。突然のことだったので、彼は少々怪訝な表情でこちらを見た。
「すごくやる気になってきた」
「ああ」
「楽しみだね」
「二月なんてすぐだ」
油断するなよ、と言いつつ、秋月くんの顔は笑っていた。そしてノートに視線を落とすと、突端に真剣な表情に変わる。
秋月くんの志望校は、その名前を聞いただけで私は恐れ慄くほど高偏差値だが、彼の模試の判定欄はいつもAだ。けれど秋月くんはペンを走らせる手を止めない。かっこいい。私もああなりたい。
「ボク、絵本コーナーを見てきますね」
トコトコという足音に手を振ると、私の手はギュッとシャーペンを握り直したのだった。
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