第45話 黄昏

 十一月ともなると、日が短くなる。冬至はまだ先だから、これからどんどん夕焼けが見える時間が早くなっていくのだろう。


 いつだったか友達が、『夕方になると切なくなる』と気だるそうに呟いたことがあった。


 『赤ちゃんは黄昏泣きっていうのがあってね。夕方になると特に理由もないのに、泣き止まなくなっちゃう子が多いの』


 母が話してくれたことがあった。実衣も兄貴も赤ん坊の頃の黄昏泣きに手間取ったと母は言ったが、私に関しては記憶にないのだそうだ。


『悠里は昼夜関係なくよく眠る赤ちゃんだったから。泣くのはお腹が空いた時だけだったわよ。オムツが汚れても、お兄ちゃんにちょっかい出されても寝っぱなしだったから、逆に心配になったくらい』


 なるほど。私の性質は、赤ん坊の頃からそんなに変わってないということだ。

 私は『黄昏が切ない』心境がよく理解できないし、皮膚もめっぽう強い。鈍感と言うべきかも知れないが、多少の不快感には気づかない。


「今日の夕焼けもきれいだなぁ」


 図書館の自販機コーナーは、見晴らしの良い南側にある。磨き抜かれた大きな窓から広い空が見え、そこは赤紫に染まっていた。大きな塊雲が二つ三つ浮かんでいて、朱からグレーのグラデーションが雲のモコモコした立体感と、柔らかそうな質感を伝えてくる。


「今日は半月なんだね。あ、もう星も見える。あの星すごく明るい!」

「あれは木星ですね」

「えっ? 木星って見えるんだ」

「日本の秋の星空は明るい星が少ないのですが、ここ数年は木星と土星が輝く様子がよく見えますね。この辺りは街が明るいので地球人の目では見えないでしょうけど、木星の近くにはくじら座やうお座の星も光ってますよ」

「くじら座? へえ。八幡ちゃんには見えてるの?」

「はい」


 いくら目を凝らしてみても、私の目に入る星は大きくて明るい木星と、かろうじてあと一つ二つ見つかるくらいだった。


「視力には自信があるんだけど、見えないや」

「視力の問題じゃないだろう」


 紙パックのコーヒーを飲み終えた秋月くんが笑う。飲み始めた時、彼の白シャツは夕焼け色に染まっていたはずだが、すっかり退色していた。夕暮れはあっという間に終わってしまった。


「八幡ちゃんは、木星に行ったことあるの?」


 輝く星を見上げたまま、私は小さなエイリアンに質問した。


「ありますよ。木星は中心核の他は液体とガスしかないので、上陸って感じではないですけどね」

「えー。そうなんだ」

「土星もそんな感じです。物質の肉体で歩こうとしても、沈んじゃってダメですね。そうだなぁ。ダイヤモンドでできた惑星や、オパールがゴロゴロ転がってる惑星っていうのもあって、そこは結構面白かったですよ」

「宝石でできた星があるの? へえ、すごいなあ」

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