第20話 アブダクション‼

「アブダクション、ご存知ないですか?」


 八幡ちゃんは私を見上げて、「弱ったなあ。言葉の意味から説明しなきゃいけないのかあ。面倒だなあ」と呟いた。もしかしたら独り言のつもりかもしれないけど、ちゃんとした声量で本音がダダ漏れである。


「ごめんだけど、知らないんだよ……」


 面倒で申し訳ないが、そこは説明して欲しい。八幡ちゃんは地球人二人に対して、説明疲れしてるだろうけど。


「宇宙人絡みのアブダクションといえば、アレだろ」


 秋月くんは見当がついているみたいだ。八幡ちゃんの代わりに説明してくれるつもりらしい。


「お前、一回さらわれたんだろう。宇宙人に」

「は?」


 強面オレンジモヒカン頭の男からは、普通聞こえてこなさそうな言葉が聞こえたんですが。


「そんで人体実験でもされたんじゃないか? だから裸眼で時間球が見える体質になったんだ。大方そんなとこだろ。なあ八幡」


 まさかあ、そんなまさか。


「概ね正解です!」


 そうなの⁉


「正確にはさらってはいませんけどね。そして実行したのはボクじゃなくて、地球にやってきたばかりのプルプル星人の若者です。彼、地球人類の人体構造を学ぶ宿題が出されていたんですね。一人じゃ心細いと相談されたので、付き添いで手伝ってあげたんです。悠里ちゃんが夜寝てるお部屋にお邪魔して、お布団の上で済ませました」


 絶句する私の代わりに、あれこれ質問したのは秋月くんだった。彼は宇宙人との会話に、すっかり馴染んでいる。受け入れるの、上手すぎじゃないですか?


「へー。いつの話だよ、それ?」

「一昨日ですね」

「最近だな」

「そうですよ。ねえ、悠里ちゃん。時間球見えるようになったの、昨日今日くらいの話でしょ?」

「なるほど。今朝初めて見たっつってたもんな」

「ほらね!」


「プルプル星人ってのは、知り合いか?」

「ええ。彼らもボクらと同じく、博愛的なエイリアンなので。異星で出会うと、コミュニティを共にすることが多いんです」


「ふーん。で、人体実験って具体的にはどんなことやるんだ?」

「あのプルプル青年に出ていた宿題は、人体構造の学習だったので……そうですね。解剖ですね」

「かっ解剖⁉ うっそでしょ⁉ 私、解剖されたの⁉」


 寝てる間に? 全然記憶にないのだが。いや、あったら怖すぎるけど。


「脳みそ、眼球、筋肉に脂肪に骨、血管、胃や腸などの内蔵も、一つ一つ取り出して床に並べて、ホログラム記録媒体に残していましたよ」

「え? え? 待って、取り出した? 並べた? 床に? 内蔵を、私の部屋の床に?」

「大丈夫です。きちんと消毒しました。それからちゃんと元通りの場所に戻して、うっかりこぼしちゃった体液も綺麗にしましたよ。こぼした分は復元したし、貧血起こってないでしょ?」

「う……うん、まあ」


 ……私、今生きてるよね?


「せっかくなので教えて差し上げると、悠里ちゃんの体、きれいでしたよ! 骨密度も血管の柔らかさも問題ありません。血液サラサラ、ストレスフリーな内臓機能。強いて言うなら、寝る前にお菓子を食べる習慣は見直したほうが、近い将来後悔しないでしょうかね。でも不摂生しなければ、病気とは無縁な健康体です」

「なるほど……ありがとう」

「へえ。すげーな。エイリアンの技術ってやつか? 傷跡は? 残ってねえの?」

「まさか傷跡なんて! アブダクションの痕跡を残すエイリアンなんて、今どきどんな辺境出身でもいませんよ!」

 

 八幡ちゃんが、「あっはっは!」と大笑いした。

 私の内蔵、全部一回外に出たのか……床に並んだのか……


「宿題に付き合って頂いたお礼に、通常の地球人には備わっていない人体機能を一つ、贈らせていただいたんです。これはエイリアンのマナーですよ。ミスではありません」

「お礼。あ、それで私、時間球が見えるようになったのか」

「そういうことです!」

「よかったじゃねーか、悠里。寝てる間に内蔵見せただけで、とんだハイリターンだ。健康チェックまでしてもらえた上に、時間球も見えるんだぜ? 便利な身体になったなぁ」


 そうなのか? そうなのだろうか? うん、まあ、そうか。そういうことにしておこう。

あられもない姿を見られて恥ずかしい……っていうのとは、何だか違う気がする。内蔵だし。プルプル星人にパカパカ星人だもんね。何かが減った気もしない。


「あ」


 また見つけた。

 ガードレールの脇に、小さく光る


 そうだね、良かったかもしれない。この光る小石が見えるようになった結果、私はこの日、二人の友達を得たのだから。


 それもいつもの日常を歩んでいたら、きっと出会えなかった二人だ。


「何だか、いいな」


 きらりと輝く小石を拾い上げて、そんな言葉が口をついて出ていた。

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