第93話 偶然

 会計を済ませた私達が、店の外に出たところだった。


「あ」


 一人を除くその場の全員、計四人が同時に同じ母音を口から出した。

四人というのは、私と秋月くん、ジョージくんと、もう一人はフサ子さんだった。


「すっごい偶然だね!」


 嬉しくなってしまった。フサ子さんとはあの電車での対話以降にも、たまに会っていた。多くは公園で、子供たちと遊ぶ彼女を見守るだけだったけれど。それでも私の中では、フサ子さんはすっかりお友だちエイリアンの一人としてカウントされている。


「そうね」


 フサ子さんは隣の人物をチラリと見ながら、私に小さく相槌を打った。彼女と共にいるのは、若いビジネスマン風の男性だった。今日はヨネ子ちゃんの姿はない。


「知り合い?」


 若い男性は仕立ての良いスーツ姿のイケメンだった。フサ子さんに顔を近づけながら、柔らかい口調で問いかけている。彼氏かなぁ。美男美女だ。めちゃくちゃ絵になる。


「友人よ」


 間を空けずに発したフサ子さんの言葉は、私を上機嫌にするのに十分すぎるものだった。友人だって! うわぁ、そんな風に紹介してもらえるなんて。


「はじめまして」

「こんにちは」

「どうも」


 私たちに会釈して微笑んだ男性は、「先に入ってるね」とフサ子さんに告げて、イカタコ亭に入っていった。


「フサ子さんも、このお店よく来るの?」

「まあ、たまにね。テイクアウトが多いわ……ヨネ様が……ここのたこ焼きが好物なのよ」

「そうなんだ」

「……」


 あれ? なんだかフサ子さん、元気ない? 気の所為かな。


「……あんた達は」


 フサ子さんが私と秋月くんを交互に見て、すぐに視線を下に下げた。


「明日試験なんでしょ」

「うん」


 白く細い、レプレプ星人の美しい首筋が動いた。フサ子さんがゴクリと空気を飲み込んだのだ。


「フサ子さん、どうしたの?」

「え」

「具合でも悪いの? あ、でもエイリアンは風邪とかひかないんだっけ」


 どうしたのかな。フサ子さん、やっぱり元気がない気がする。秋月くんもちょっと怪訝な顔をしてる。彼女を観察しているようだ。ジョージくんだけが「そう?」なんて能天気な笑顔で私達を見守っている。


「別に。なんともないわよ。体調管理はいつも完璧よ」

「そっか。なら良いんだけど」

「……明日……」


 フサ子さんの目。長いまつげで縁取られた大きな目が、私を見つめた。揺れている。涙? まさかね。確かめる間も与えず、フサ子さんは再び目をそらしてしまった。


「……せいぜい頑張んなさいよ」


 店の引き戸に手をかけたフサ子さんから、応援の言葉が漏れ出た。ブロンドのロングヘアに隠れて顔は見えなかった。


「ありがとう!」


 うれしい。その気持ちを伝えたくて、私の声は一段高くなっていた。


「ヨネ子は一緒じゃないのか?」


 不意に飛び込んできた秋月くんの言葉に、フサ子さんが弾かれたように此方を振り返った。

 一瞬だけ目が見開いていたように見えたけど、いつも通りの彼女のすまし顔が私達を見ている。


「ヨネ様は別のご用事があるの。あの御方は多忙なんだから」

「ああ、もしかして――」

「じゃあね。彼を待たせてるから。失礼するわ」


 私の言葉を中断して、フサ子さんは戸をピシャリと強めに閉めて行ってしまった。

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