第77話 たったの二日

 ふぅ……頭がぐらぐらだ。疲れた。でも、この疲労感は悪くない。筋肉の緊張を逃すために伸びをすれば、身体から炭酸がぬけるような感じがして、耳の奥でシュワシュワと音が聞こえた。


 なんだか夢うつつな気分。会場を出て、駅へ向かって歩く。外気の冷たさが興奮で火照った頭を冷却し、身体の末端から確かな感覚を思い出していく。


――終わった


 一巻の終わりとか、世界の終わりとか、失敗した! っていう意味での『終わった』ではない。


――終わったぁ


 文字通り、最もシンプルな意味での『終わった』だ。


 二日間に渡る共通テストが、ようやく終わったのだ!


 何だろう、この達成感。まだ前期試験はこれからだというのに。けれど、悪くない。この達成感は素晴らしい。味わい尽くしたい。


「悠里ちゃん」


 改札に入ったところで、パカパカ星人の愛らしい声に呼び止められた。


「八幡ちゃん」

「迎えに来ました! 試験、お疲れ様です」

「ありがとう…!」


 にっこり笑顔の八幡ちゃんは、ミトンをつけてふっくらした手で私と手を繋いだ。


「一馬くんとは、会場で会えませんでしたか?」

「うん。人多かったからね。向こうで落ち合おうってことになったよ」


 ホームに向かって歩きながら、私達は会話する。

 この二日間、私と秋月くんは試験会場で顔を合わすことができなかった。同じ学校なので会場は一緒のはずだが、部屋は別々だ。席順も他校の生徒と入り混じっていたため、見知らぬ人に囲まれて試験を行った二日間だった。


「たった二日だったはずなのに、長く感じたなぁ」

「それは実際いつもよりも長かったんですよ。悠里ちゃんの二日分の時間は、ゆっくり流れたんですね」


 早く会いたいな。鮮やかなオレンジモヒカンを見たい。あの低くて心地よい声で名前を呼ばれたい。


――早く行こう


 ユカちゃんから『二日目が終わったら、カフェにおいで』と誘われているのだ。彼女が時々お手伝いをしている、秋月くんいわく『ほぼスナック』という例のカフェだ。夕飯前に少しだけ、私と秋月くんの慰労会を開いてくれるというのだ。


「転ばないでくださいね」

「あ、うん!」


 思わず気持ちが前へ前へと動いていて、私にしては早足になっていたようだ。


「時間球、落ちちゃった?」

「一粒だけ。でも大丈夫です。受け止めました」


 振り返ったパカパカ星人は、私に光る小石を手渡しながら、可笑しそうに笑っている。


「楽しい時間は逃げません。のんびり向かいましょう」

「そうだね」


 手袋をはめたままの手で時間球を受け取って、輝く結晶を頬にあてた。外気ですっかりひんやりした素肌に、時の結晶はすうっと溶けていく。


 私達がホームに降り立つのと同時に、到着したばかりの電車のドアが開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る