第117話 未来のはなし

――夢でも見てたみたい


 そんな感想が思いついたのは、家のベッドに潜り込んでからだった。布団の中では柴犬に擬態したパカパカ星人が、「ふわぁ」とあくびをしている。


――……変なの。むしろ今から夢を見に行こうとしてるのに


 そう。これから私は眠りにつこうとしている。

『条件付き無罪(※地球時間四年以内に幼稚園教諭及び保育士資格を取得の後、最低五年の実務経験を積むこと)』の判決がフサ子さんに下されたのを見届けた私は、レプレプ星人のUFOで自宅に帰ってきたのだ。窓から自室に入った直後に時計を見ると、午前零時を少し回ったところだった。秋月くんと湖に落ちてから、本当にほぼ時間は経過していなかった。


 だけど、さっきまでの不思議な出来事は、全て現実に起こったこと。うつつの世界で私が体験した事実なのだ。


(悠里ちゃん、眠れないですか?)


 布団から頭を出した柴犬が、黒い瞳を揺らしてこちらを見てくる。テレパシーで聞こえてきた八幡ちゃんの声音は、心配そうだった。


(ううん。大丈夫)

(明日に備えて、ゆっくり眠ってくださいね)

(そうだね。ありがと、八幡ちゃん)

(テレパシー、上手くなりましたね)

「でしょ!……あ」


 思わず出てしまった私の大きめな声に、二人でクスクスと笑った。


(明日が楽しみです)

(私も。試験も、その後の予定も。全部楽しみ)


 瞼を閉じて、柴犬パカパカ星人の背中をさわさわと撫でた。すぅっと息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。そうすると私の意識はトロトロと夜の時の中へと溶け出し、まどろみへと変わっていくのだ。


――おやすみ


 頭の奥で放ったこの言葉は、ちゃんと秋月くんに届いただろうか。私のテレパシーはまだまだ方向音痴だから、もしかしたら別の誰か――ヨネ子ちゃんやジョージくん、和田さんやフサ子さんの元へと飛んでいったかも知れない。


(おやすみ、悠里)


 あれ? 変だなぁ。私からのテレパシーは聞こえても、秋月くんはテレパシーを使う能力は付与してもらってない。彼の返事が返ってくるはずはないのに。


 けれど確かに頭の中に聞こえた声は、あの低くて優しい声だった。夢かなぁ。そうだ私はもう、夢の世界にいるのかも。


――大好き。大好き、秋月くん。あの日、秋月くんに会えて良かった。私、のろまで良かった。秋月くんと一緒にいる時間は、ずっとずっと、ゆっくり流れてほしいもん。大好きだよ。大好き……


 愛の言葉を垂れ流しながら、私は深い深い眠りの世界へ出かけたのだった。




◇◇◇




「ふふ。悠里ちゃんってば、やっぱり思考が方向音痴ですねえ」


 いびきをかきはじめたこの時の私には聞こえなかったけれど、布団の中では八幡ちゃんが、「プークスクス」と笑っていた。


 上記の一個人に向けた愛の言葉を、私は秋月くん本人のみならず、テレパシーで知り合いのエイリアン全員に一斉送信していた…………そんな事実を知って私が悶絶するのは、もう少し先の未来の話だ。

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