第3話 ヘンゼルの小石

 無事に余裕を持った時刻に学校に付き、私は小テストの直前対策まで済ますことができた。おかげで出来はバッチリだった。タックの小言攻撃を受けるどころか、「珍しく満点じゃないか」と驚かせるにまで至った。数学は苦手科目の筆頭なのに、今日は頭が冴えまくっている。


 気分良く朝一番の授業を終えた私は、友人達と足取り軽く次の移動教室へと向かった。


「あ、ノート忘れちゃった。先に行ってて」


 いつもだったらうんざりする忘れ物を取りに戻る時にも、今日はなぜだか嫌な気分にならない。朝のスタートが良かったからだろうか。


 予鈴が聞こえた。


――行かなきゃ


 鞄からノートを取り出し、教室を出る。廊下を抜けて目的の教室へと向かう階段には、既に人気がなくなっていた。


 その時。

 階段を降りる私の視界に、キラリと小さな光が入り込んできた。


「あ!」


 思わず大きな声が出て、あわてて口を塞ぐ。辺りの教室は無人だった。私は光った場所にしゃがみこんだ。


「やっぱり! この石だ」


 拾い上げたのは、今朝見つけたあの石と同じもの――――厳密には同じ個体なわけがないが、同じ種類の石なのだろう。大きさも色も特徴も全て一致している。

 特徴。そう、その小石は白く発光していた。


「えっ。うそっ」


 そしてまたしても、その小石は手の上で消失した。やはり私の手のひらに吸い込まれるような、溶けていくような消え方だった。


 そして――――


「え……」


 私の耳に、信じられない音が入ってきた。


――予鈴がまた鳴ってる……?


 私が小石を見つけて拾い上げる直前に鳴ったはずの予鈴が、再び聞こえてきたのだった。

 しかし私が更に仰天したのは、この後だった。


「ええ! なんで⁉」


 時刻を確認すれば、まだ休み時間にすらなっていなかった。まだ数学の授業が行われているはずの時間だったのだ。時計が指している時刻が正しければ、休み時間まであと五分以上あった。


「え? え? どういうこと?」


 今朝の電車に間に合ったことを思い返し、私は更に混乱してきた。廊下がぐにゃりと曲がったように見えた。目眩だろうか。


「あ……また……」


 私はまた見つけた。


 あの光る小石である。


 見れば、廊下の隅に点点と落ちている。一定の間隔を空けた小石の列は、私を呼ぶように白くぼんやりと発光していた。


――ヘンゼルとグレーテルみたいだな


 お伽話の一場面が思い浮かんだ。森から家へ帰るための道しるべとして、ヘンゼルが落とした白い小石。あの場面のようだった。


 私はふらふらとした足取りで、誘われるがまま小石の行列へと歩み寄った。


――まさか、家まで続いてるわけないよね


 ヘンゼルが落とした小石は、確かに兄妹を家へと導いた。しかしこの小石が導こうとしているのは何処だろう?


「消えないで」


 消えたらまた、信じられない現象が起こりそうだ。

私はなんとなく素手で触っているのは禁忌である気がして、拾い上げた小石を少しだけたくし上げたスカートの上に乗せた。スカートは上の方を少しつまんだ程度なので、これくらいなら下着は見えない。うっかり誰かに見られても恥ずかしくない――とっさにこんなことまで考えたが、そんな思考はすぐにどこかへ消えていた。


「あ、あっちへどんどん続いてる」


 私は小石を拾い集めることに夢中になり、持っていたノートや筆記用具を廊下に置きっぱなしにしたまま歩きだしていた。

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