第67話 りんごジュースと明るい未来
「希望?」
しばらく口をつぐんでいたので、声は少しかすれてしまった。ジョージくんが新しいグラスに飴色の液体を注いでくれる。この香りは、りんごジュースだ。
「悠里さん、一馬さん。あなた方みたいな地球人もいるのなら、希望はあります。お二人は時の加速に関係なく、しっかり今を楽しんでいる」
「楽しんでいる?」
初めて使われた表現だ。私達は今まで何度か、「時の加速に無関係でいられる」今どき珍しい地球人としてエイリアンたちから驚かれることがあった。しかし「楽しんでいる」と指摘されたことは初めてだった。
「楽しんでいるでしょう? 八幡くんやジョージくんと過ごす時間、お互いに会える時間を。誰かと共にある時間に純粋な楽しさを見いだせることは、自我や思考なしには成し得ないことなのです」
「うん。確かに。とっても楽しいよ。受験直前とは思えないくらい、毎日楽しいかも」
言葉に出すと、そういえば不思議だなとも思う。
秋月くんと出会う前まで、受験はその結果次第で人生が決まってしまうかのような、漠然とした恐怖の対象でしかなかった。そのための勉強もただの苦痛だった。だけど今は何も怖くない――――フサ子さんに迫られて秋月くんが手を握ってくれた時と似ている。勉強はむしろ面白い気づきを得る行為だし、受験だって……失敗した時のことを想像するのは、やっぱり嫌だけど、だからといって何かが終わるわけではないと思えるようになった。無に帰すわけではないのだ。
学んだことは消えない。その先のことは、その時に考えればいいだけなのだ。こんなに単純な話なのだから、怖いわけがない。
「一馬さんは? 毎日楽しい?」
こう訊ねるヨネ子ちゃんは、返答を見通しているのだろう。微笑みながらモヒカン男を促した。
「楽しくなかったら、今ここに来てねえよ」
「ですよね!」
共感の一声は八幡ちゃんのものだった。
「ボクも毎日とっても楽しいですよ。地球好きなエイリアンの一人として、レプレプ穏健派の皆さんにはぜひ頑張っていただきたいものです。まあ、ボクとしては、派閥で争うこと自体を止めてしまえばいいのにと思いますけどね」
「所詮私もレプレプの一人なのです。好戦的なレプレプの思考の癖から抜け出すことはできません。だからパカパカのあなたにお力添え願っているのです」
「お喋り相手なら、いつでも大歓迎ですよ。ジョージくん、ボクたちにもりんごジュースもらえますか?」
「もちろん!」
ジョージくんは鮮やかな手つきで、五つのグラスにジュースを注いだ。
「僕も飲もうっと。はい、秋月くんにも」
「まだコーラ飲み終わってねーけど」
「いいのいいの。この一杯は
エイリアン三人は、どうやら何かを解ってる。私と秋月くんは、とりあえずプルプル星人に言われるがままグラスを持ち上げた。
「乾杯しましょう。林檎は愛の象徴です。ボクたち異星人と地球人との愛に――――明るい未来に!」
八幡ちゃんの歌うような声。その音色に重なるように、触れ合った私達のグラスが、透明な彩りを添えたのだった。
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