第112話 たこパー裁判
たこ焼きを頬張りながら、私はぼんやりと立体映像を見ていた。少し過去の、寒くて切ない記憶。あの時と同様、フサ子さんが消えた湖面の水紋から、しばらく目を離せなかった。
「フサ子さん、食べないの?」
テーブルを挟んで向かい側には、手錠から解放されたフサ子さんが座っている。食事を許された彼女の手は自由なはずだが、一向に割り箸を持とうとはしなかった。
「たこ焼き美味しいよ」
「知ってるわよ」
「食べようよ。ほら」
はぁ、と軽くため息をついて、フサ子さんが割り箸を割った。大量のたこ焼きがお月見団子を飾るように積まれた皿を、彼女の方へ寄せてやる。大勢で囲む白いテーブルのあちこちに、同じようにたこ焼きを積み重ねた大皿が並んでいた。まるでたこ焼きパーティーである。
そんなことをしていた私の隣から、今度は秋月くんが「あ……っ」と狼狽えるような声を出してきた。どうしたと言うのだろう。彼らしくない調子だった。
「あはは。悠里ちゃん、すごいすごい」
「頑張れ悠里ちゃん!」
ホログラム映像の私に向かって、八幡ちゃんとジョージくんが声援を送り始めた。
「ああ」
映像を見て納得した。私が口だけでなんとか秋月くんの口を塞いだ粘着テープを剥がそうと、四苦八苦しているシーンだった。
「これねぇ、すごく大変だったんだよ。暗いし、手も足も使えないし、ボートは揺れるし。おまけに秋月くんはくすぐったがりだしさあ」
「おい」
「ふふふ。分かりますよ。パン食い競争も意外と大変ですもんね」
「八幡ちゃん、パン食い競争やったことあるの?」
「ありますよ。地域の運動会に紛れ込んだこともありますし、エイリアン仲間との運動会でやったこともあります」
「へー。エイリアンの運動会? 楽しそうだね」
私がエイリアン達の運動会について空想しだした頃、映像の私の『口だけテープ剥がし』は佳境に入っていた。仮装した子供姿のエイリアン達が、ワーキャー盛り上がっている。
「がんばれー!」
「あと少しー!」
「一馬くん、動くなー!」
「くすぐったいの我慢だー!」
「悠里ちゃん、ふんばれ!」
「そこそこー!」
「狙って狙ってー!」
「いけいけー!」
高くて無邪気な子供の声。みるみるうちに白い部屋は、にぎやかで楽しげな空気で満たされていく。
「わぁぁぁあ! やったぁぁぁ!」
ホログラム映像の私が「ふんぬっ!」とテープを引き剥がし、ボードの上に仰向けで転がった。一際大きな歓声が上がり、拍手の嵐だ。ただし皆手が小さいので、ペチペチという、なんとも可愛らしい拍手の音だった。
「……本当にこれ、裁判かよ」
呟いた秋月くんは、開き直りを示すように、イカリングの上にドバドバと中濃ソースをかけ始めたのだった。
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