第48話 不審者
「すみません……」
思わず謝ってしまったが、なぜこの人は他人の背後のこんな近くに立っていたのだろう。振り返って顔が首に接触するほどの至近距離だ。
――ずっとこの距離感で後ろを歩いていたの? 私がのんびり歩きすぎた? え? おかしくない? 普通追い越すよね? そもそもなんで私も気づかなかった? アホなのか? いやいやいや。は! まさか痴漢?
「いえいえ、僕のほうこそ。声をかけようかどうか迷っていて。背後からいきなり声かけたら驚かせちゃうかな。でも声かけないわけにいかないよなとか。前に回って声かけた方がいいのかな、ああでもそれだと余計びっくりさせるかなとか。それなら横に並んでからが普通なのか? でも全く知らない人が隣に並んできたら、それはそれでびっくりするよなあとか。色々考えてしまって。考えたまま追いかけてたもんで、つい距離を詰めすぎちゃったよね。ぶつかっちゃった。もー、すみません。よく『距離感おかしい』って友人たちから注意されるんだけど、自分じゃなかなか分からなくて。ははは。難しいものだね。人と人との適切な距離感って。ははははは」
ノンストップで放たれた言葉に、私は思わず身構えた。何だこの人。やっぱり痴漢? 変質者? 声をかけようとしたって……私に?
「いやあ、でも良かった。こっちを振り返ってくれて。これでやっとお話ができるね」
全然知らない人だ。年齢は二十代くらい。痩せ型。ジーパンに黒いダウンジャケット。身長は秋月くんより低い。柔和そうな顔の優男。茶髪は肩につくくらい。ちょっとボサボサ。
万が一警察に特徴を伝える必要が出てきたときのために、不審者をつぶさに観察した。そんな事態にならないように祈るが……そうなってしまうかも。とりあえず逃げる必要がありそうだ。
ざわざわと鳥肌が立つ。ちょっとやそっとじゃ揺れ動かない私の警戒心が、「やばいよやばいよ」と囁いている。
「あれっ。どこ行くの?」
「わあっ!」
性格のみならず足まで
踵を返して走り出そうとした私の腕は、あっさり男の手に捕まえられてしまう。
「えっ! うそうそうそ! ええええ!」
「あまりジタバタしないで。関節外れちゃうから」
バタバタともがく両足は、むなしく地面の上を引きづられていく。私は腕をものすごい力で引っ張られていた。
「痛い!」
「だから抵抗しないで。怪我させちゃうよ」
「……!」
「いい所いこう。行きつけの場所があるんだ」
「……!」
恐怖のあまり声が出なくなった。小中学生の頃の防犯訓練で習ったあれこれが、頭に浮かんでは消えた。どれも実行できそうにない。防犯ブザー、どうして鞄の内ポケットになんて入れてしまったんだろう。取り出せなきゃ意味がないじゃないか。私のアホ!
――私、これからどうなるの?
誘拐されるの? 周囲に停車する車は見えない。木の陰で首でも締められるのだろうか。快楽殺人の犯人の特徴なんて知らないが、この男の様子は、明らかにちょっとおかしい……背筋がゾクゾク冷えてきた。
せめて誰かが近くにいればと思ったが、生憎付近には人っ子一人いなかった。白昼の公園の中でも、このあたりは木々が生い茂る場所だったのだ。
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