第30話 ほほほのハハハ
『夕方、一緒に勉強したいから友達を連れてくね。リビング使って良い?』
昼前に母に送ったメッセージは、すぐに既読マークが付く。その直後には『OK』サインをするキャラクターのスタンプを受信した。
ちゃんと事前申告は済ませたのだから、問題はないはずだ。
しかしうっすら仮定しておいた懸念は、どうやら現実になったようだ……まあ、そうなる可能性のほうが高いに決まっているんだけど。
「い、いらっしゃ……い」
玄関で私と秋月くん(と私達以外には見えない八幡ちゃん)を迎えた母の表情は、みるみるうちに引きつった。
仕方ない。
ハードモヒカンにセットしていないとはいえ、玄関前で口のピアスは外してくれたとはいえ、秋月隊長は強面だ。がっしり体型の長駆を縮めることはできないし、鮮やかなオレンジ色の髪はそのままだ。すっかり慣れた私から見ても、威圧感バリバリだ。そもそも私が連れてくる友達というのが、男子であることすら想定外だったに違いない。
「隣のクラスの、秋月一馬くんだよ」
「おじゃまします」
「あああ秋月くんっていうのね。ほほほ。どうぞどうぞ、散らかってるけど」
「お構いなく。これ、すぐそこで買ったものですけど」
「エッ⁉ あ、ああ、あらららららご丁寧にどうもお」
見ていて恥ずかしくなるほどに、母はテンパっていた。秋月くんが差し出したお茶菓子を受け取った直後に落としそうになって、あたふたしたまま妙な足取りでキッチンに入って行く。
「やだなあ、お母さんたら。あんなに緊張することないのにね」
「親子だな」
「え?」
秋月くんは緊張を見せなかった。普段より少しだけ畏まった言葉遣いをしたけれど、それだって無理をした感じはない。スリッパに履き替えると、私に続いてゆったりとした足取りでリビングに入った。
「こんにちは」
ソファで寛いでいた父は、きっと仕事の休憩中だったのだろう。だらんと気の抜けきった顔でコーヒーをすすっていたが、秋月くんの方を向くなり、小さく吹きこぼした瞬間を見てしまった。
「あっ? えっ? あっ、えっ、あっ、悠里の……」
哀れな程に痴態を晒す父。何もそんなに怯えなくても。
「秋月くんだよ。顔は怖いけど、とっても良いやつだよ。頭も良くてね、いつも数学と物理教えてもらってるんだ」
「ええ。あー、そうですか……あー、それはそれは……。悠里、理系科目苦手だもんなぁ……あー、それはそれはどうも。あーハハハハハハ」
立ち上がった父は、とりあえずペコペコと何度か会釈した後、そのままふらふらと小さなソファの前を彷徨い出した。大丈夫だろうか。
「悠里ちゃんパパの心拍数、すごいことになってますけど、大丈夫でしょうか」
八幡ちゃんが本気で心配そうな顔を父に向けている。そんな心優しいエイリアンに気づいた
「こら餅太郎! やめなさい!」
母は秋月くんに吠えているのだと思って焦っている。
「あのわんこ、餅太郎って名前なんですか」
「え? ええ、そうなの。変な名前でしょ。ほほほ」
「お腹がねえ、とってもモチモチしてるんだよ。だから餅太郎。私が名付け親!」
「はは、そうか。そうだと思った」
「え? なんで分かったの?」
餅太郎が家に来た日、誰が名前をつけるのかを家族であみだくじで決めたのだ。権利を勝ち取ったのは、何故かくじ運の強さには定評のある私だった。
「なんとなく分かったよ」
また私は、秋月くんの笑いのツボにはまったようだ。優しい顔で笑い続ける彼の顔は、人の目を惹きつける。普段の威圧感バリバリの強面とのギャップにやられるのだろうか。
父も母もぽかんとした表情で、笑うオレンジ頭を見つめていた。
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