第5話 モヒカンの彼
「そんなに落ち込むなよ、パンツ見られたくらいで。元気出せって」
…………。
「オレンジ色しか見えなかったよ。ギリギリセーフ」
でも色は分かったんだよね?
「普通のだったじゃねえか」
普通じゃないパンツって、なんだよ。
「見られたのが俺で良かったと思っておくんだな。女のパンツなんて見慣れてるから、普通の見ても別にどうもしねえよ」
見慣れてんのか。素行悪そうですもんね。
「俺は別に痴女好きじゃねえしな」
「ちちちち痴女じゃないっ!」
「ははは」
リズミカルに吃った私に、秋月くんは声を上げて笑った。
笑ってるとこ、初めて見たな。モヒカンにばかり目が行ってしまうけど、笑うと格段に親しみやすくなる。グラサンを外した顔は、やっぱり強面なのに、ちょっと目元が優しくなるんだ。
「自分からスカートまくりあげてたやつが痴女じゃないって、全く説得力ねえな。ウケる」
「ぐぅ……」
辛うじて出したが、気持ち的にはぐうの音も出ない思いで、私はうなだれた。
石を拾い集めることに夢中になるあまり、スカートを思い切り持ち上げていたことに気づかないでいたなんて。
恥ずかしすぎる。途中で他に誰にも出くわさなかったことが奇跡だ。
一度に複数の物事に意識を向けられない性格も、ここまできたら救いようがない。
「おい」
「ハイ……」
「落ち込むのもそれくらいにしとけ。俺は
切り替え早いな。そりゃそうか。女のパンツ見慣れてるんだもんね。
秋月くんに促されて、私は机の上のものを見た。
「お話ってのは、この小石についてですかね」
「小石ね……ああ。ここにあるんだよな、確かに」
私の指が指し示す先には、ビーカーの中に山盛りに入った光る小石があった。この科学準備室に来るまでの間に、拾い集めてきたものだ。
「確かにありますよ」
「見えねえんだよ」
「は?」
会話の意味が分からなくて、私はあからさまに眉を寄せ、怪訝な顔を向けたのだろう。秋月くんは「チッ」と舌打ちをした。
「これかけないと見えねえ」
「グラサン?」
秋月くんは再びグラサンを装着していた。成金みたいな太い金縁に、まんまるレンズのアホなデザイン。なのに彼がつけると、笑ってはいけない雰囲気を醸し出すのだから不思議だ。
「ああ。あるな。すげー沢山。こんなに落ちてたのか?」
「うん。ついさっき校舎で拾ったけど」
「……お前、なんで裸眼でこの石が見えるんだ?」
「いやそんなこと聞かれても。見えるもんは見えるし。逆にどうして秋月くんは、そんなふざけたグラサン越しでしか見えないとか言ってるのか、説明してほしいよ」
「なんだ。結構ズケズケもの言えるんだな」
「あっ。スミマセン」
「ふ。別にいいよ。誤解させるような見た目してる自覚はあるし」
「そうなんだ」
なんだかずいぶん、秋月くんは話しやすい。さっきからよく笑う。見た目はとてもアレだけど、口調はゆっくりしてるし、低音ボイスも優しい感じだ。ついズケズケ喋りそうになる。
「どっから話すかな。そうだな、コレ見せたほうが早いか」
「?」
グラサンをかけたまま、秋月くんは薄暗い科学準備室の片隅から、古ぼけた黒いボストンバッグを運んできた。
小石入りビーカーを机の端に寄せると、バッグの中身を次々に並べていく。
「秋月くん、これは?」
「待ってろ。ちゃんと説明するから」
窓を締め切った室内には、薬っぽい香りが充満している。
私は何をしているんだろう。
薬の匂いのせいか、今朝から続く不思議な現象のせいか、現実から切り離されたどこか別の世界線へと、転がり落ちていく気分だった。
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