第54話 誤解なんです

「そういえば悠里ちゃん、今日はお買物? 何か探してる本があるなら手伝おうか」

「ああ。違うの」


 ジョージくんの申し出に首を振り、私は店内を見回した。


「いたいた。ほらあそこ」


 レジに並ぶ列の中に、ピンと立ち上がったオレンジ色を見つけた。秋月くんはただでさえ背が高いので、派手色モヒカンを立てていると、どこでもすぐに見つけられる。


「秋月くんの買い物待ち。これからうちに向かうとこだよ」

「あー、なるほど。これが高校生の放課後デートってシチュエーションか」

「デート? いや、違うかなあ」


 いつも通り、私の部屋で勉強会兼時間錠作りだ。


「違うの? まあいいや。ねえ悠里ちゃん、今度仕事が休みの日に、僕とも放課後デートしてよ」


 放課後とデートという言葉を、どうやらこのエイリアンは正しく理解していない。修正してあげようとした私に、横から別の声がかけられた。


「悠里ちゃん?」


 そちらを見た私は、「お」と驚きに口を丸く開けた。なかなかの間抜けヅラだったに違いない。案の定、声の主は「あはは」と破顔している。


「唯斗くん! わあ、こんなところで会うなんて」


 秋月くんの弟の唯斗くんだ。秋月家には先週末に餅太郎を連れて遊びに行ったばかりだが、制服姿の彼に会うのは初めてだった。


「この駅、乗り換えでいつも使ってるんだよ」

「そうだったんだ」


 唯斗くんが口にした中高一貫校の名前を聞いて、私は納得する。


「唯斗くんも頭良いんだねえ」

「兄貴ほどじゃないよ」


 全てを否定することなく、唯斗くんはスマートに笑う。そして彼はちらりとジョージくんに視線を移して声をひそめた。


「それより大丈夫? 今そこの人にナンパされてなかった?」

「ああ、この人はね」

「え⁉ やだなぁ違いますよ。ナンパっていうのは、撃沈前提で知らない女の子を誘うことでしょ? 僕と悠里ちゃんは、もっと深い仲です」


 心外だとばかりにジョージくんは胸を張った。


「もしかして彼氏?」


 長い前髪の奥で、唯斗くんの目が見開かれる。


「違いますよ! そんな。おこがましいっ! 悠里ちゃんは行き詰まった僕にきれいな身体を隅から隅まで見せてくれた、菩薩みたいな人です!」

「ん……⁉ ちょっとちょっと! ジョージくん! 洒落にならない誤解を生む言い方してるから!」


 隅から隅まで身体を見せる。ただし恋人ではない。だけど深い仲。なんちゅうトンデモ発言をしてくれるんだ。きれいな身体というのも、サラサラ血液とか骨密度に問題無しの健康体という意味だろうが、正しく伝わるわけがない。


「え……? 悠里ちゃん……ほんとに平気……?」

「違うの! 唯斗くん!」


 あああ、誤解しないで! 絶対に今唯斗くんが想像したことは事実と異なる。いや、事実(解剖)を知られたら、それはそれでドン引きかも知れない。


「唯斗」

「あ、兄ちゃん」


 買い物を済ませた秋月くんが、私達のもとまでやってきた。彼はそれぞれ違う理由でアワアワしている私とジョージくんを一瞥した。


「どどどどうしよう! たたた隊長! 私の名誉が大ピンチで……! 斯々然々かくかくしかじかでえ……!」


 私は秋月くんの腕をぐいっとひっぱると、身長差をなくして彼に事情を耳打ちした。


「……分かった」 


 中腰姿勢のまま、秋月くんはハァと息を吐き出す。呆れた顔をジョージくんに向け、そして唯斗くんにこう告げた。


「唯斗、この男は俺のダチだ。慢性過労気味のフリーターだから、イカれてたまに変なことを言う。身体を見せた云々は、ただのこいつの妄想だから聞き流せ。寝言みたいなもんだから」

「うん……?」


 ちょっと無理矢理な気もした。しかし唯斗くんは心配そうな顔をジョージくんに向けている……信じたのかな? まぁ、慢性過労気味ってのは、当たらずも遠からずか。


「えっ、妄想なんかじゃ……妄想です。ハイ」


 唯斗くんからは死角だが、私からは見えた。モヒカンが視線だけでプルプル星人の反論の声を殺した。


「……見せるわけねーだろ」


 秋月くんの舌打ちを聞くと、唯斗くんはクスリと笑った。


「そうだよね。じゃあ俺、先帰ってるから」

「ああ」

「悠里ちゃん。また」

「うん! 皆にもよろしくね」

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