第10話 アリスの得意分野だからこそ
「アンタ、相当強いでしょ?」
予想もしなかったアルバルトの言葉に、思わずアリスが笑みを浮かべる。
そんな彼女に、アルバルトは苦笑していた。
「笑える冗談を言ってくれるな。私の実力などアリス殿の足元にも及ばないだろう?」
「たとえ私に勝てなくても、その強さは誇って良いモノだわ。まさか私の術式が見破られるなんて全然思わなかったし」
自分の身体に視線を向けて、アリスがわざとらしく肩を竦める。
その返事を聞いた途端、アルバルトは声を出して笑い始めた。
突如国王が笑い出したことに周りの人間達が呆けるが、そんなことを気にすることもなく彼は心底楽しそうに笑っていた。
「まさか魔女に褒められるとは夢にも思わなかった。まだ私も捨てたものではないらしい」
「私の術式を見破っておいてよく言うわ。はぁ……もう少し改良した方が良さそうね」
そう言ってアリスが肩を落とすと、アルバルトは驚いたと目を見開いた。
「もしや、その変わった術式はアリス殿が?」
「えぇ、私の得意分野よ」
アリスの返事を聞いて、アルバルトは納得したように頷いた。
「なるほど……それが混沌の由来なのか」
「その名前、あのババアの嫌がらせにしか思えないから嫌なのよね」
「そうか? 私は良い名だと思うぞ?」
「世辞なんて要らないわよ」
くつくつと笑うアルバルトに、呆れたアリスが溜息を漏らす。
そんな二人を呆然と周りの人間達が見ていると、
「――あなた達は、一体なにを話してられるのですか?」
ふと、アルディウスの声が謁見の間に響いた。
しかし彼の声を聞いても、アリスは答えることなく黙るだけだった。
無言を貫く彼女を見て、アルバルトは何かを察したのか小さく頷いていた。
「気にするな、アルディウスよ。だだの世間話だ」
「……そのようには全く聞こえませんでしたが?」
「なに、大した話ではない。この場にいるアリス殿は、まさしく混沌の魔女に相応しい魔法使いだという話をしていただけだ」
「それは……どういう意味ですか?」
呆気に取られた声を漏らして、アルディウスが怪訝に眉を寄せる。
いまいち理解できないアルバルトの返事に、謁見の間にいる人間全員が困惑した表情を見せていた。
アルバルトはアリスを一瞥すると、渋々と口を開いた。
「実際に見たアルディウスなら分かっているだろう。そちらにいる混沌の魔女たるアリス殿に、この国で敵う者は誰もいないと。そういう話だ」
そう言われれば、アルディウスも頷くしかなかった。
混沌の魔女であるアリス・フラルエヴァンに、この国で対抗できる人間など誰もいない。その確信は彼女の戦いを見た者なら誰もがすることだった。
しかしそれは、実際に見た者だからこそできること。それを見ていない者達からすれば、アルバルトの言葉は到底信じられないものだった。
「王よッ⁉ なにを仰るかと思えば、このような不敬な小娘に我らの国を守ることが本当にできると思っておられるのですかッ⁉」
謁見の間に、アリスを非難する声が響いた。
それを皮切りに、この場にいる人間達が声を揃えてアリスを非難し始めた。
「そうだッ‼ 小娘如きが我らの王に対して対等に言葉を交わせると思うなッ‼」
「あの魔女と聞いて期待していたが、このような小娘が来るなど冗談にも程がある‼」
「なにが大魔女の娘だッ‼ 所詮、名ばかりの小娘だろう‼」
次々と謁見の間に響く、アリスを非難する声。
それを聞いた瞬間、アルディウスの全身に酷い寒気が走った。
このままでは絶対にアリスが怒る。そうなれば、間違いなくこの場は血の海となるだろう。
そう思って恐る恐るアルディウスが横目でアリスを見ると、彼女は周りの声に顔を顰めていた。
「はぁ……うるさいわね」
そう呟いて、アリスの眉が少しずつ吊り上がる。
彼女の感情が変化する瞬間を見て、アルディウスの顔から血の気が引いた時だった。
「――静まれッ‼ この馬鹿者共がッ‼」
突如、アルバルトの怒声が謁見の間に響いた。
騒がしかった謁見の間が、瞬く間に静まる。
怒りを露わにするアルバルトの顔に、全員が震えていた。
「次にアリス殿を侮辱する言葉を口にした者は覚悟しておけ‼ これ以上、彼女の機嫌を損ねれば我らの国に大きな損失をもたらすと心得ろッ‼」
「王ッ⁉ 何故そのような世迷言を――」
「まだ分からぬのかッ⁉ この場にいる人間の命などアリス殿には虫を殺すよりも容易い‼ この国の民が全員束になろうとも彼女に敵うと思うではないッ‼」
続くアルバルトの怒声に、アリス以外の全員が言葉を失う。
俄かには信じられないと怪訝にアリスを見つめる周囲の人間達に、アルバルトは頭を抱えていた。
「アリス殿。私の臣下達の無礼の数々、どうか許してほしい」
「……そんなのどうでも良いわよ。正直、辞めろって言うなら帰るわ。その方が私にとって都合良いし」
また欠伸をしながらアリスが答えると、アルバルトは首を横に小さく振っていた。
「辞めろなど決して言わぬ。我が国には、アリス殿の力が必要なのだ。先程のそなたの言葉を聞いて確信した。大魔女の言う通り、そなたの類稀な力こそ我が国は必要としている」
「……あのババアから一応聞いてるけど、それって本当にアンタ達だけでどうにかならないの?」
深々と頭を下げるアルバルトに、アリスが肩を落とす。
また話が見えない二人の会話にアルディウスが眉を顰めていると、アルバルトは溜息交じりに答えた。
「我が国の総力をあげて作り上げた魔法障壁でも、今の現状が精一杯なのだ。混沌の魔女であるアリス殿なら我が国の抱える問題を解決してくれると、私は信じている」
「そんな過度な期待されても困るんだけどね」
「大魔女から我が国の話を聞いているということは、すでにアリス殿なら考えはあると見ているが……違ったか?」
アルバルトに訊かれて、アリスは不満そうに鼻を鳴らした。
「できないとは一言も言ってないわ。面倒だけど、できるわよ」
「そうだと思っていた。ならば是非とも頼みたい。国の民を守ることができるのならアリス殿の望み、叶えられることなら何でも叶えよう」
「へぇ、随分と気前が良いわね? 後から後悔しても駄目よ?」
「民あっての国。なによりも民を優先するのは王として当然の務めだろう? だが多少は加減してもらえると期待もしてるぞ?」
「そういうの、嫌いじゃないわ。でも加減するかは別だけど」
「ははっ、これは手厳しい。お手柔らかに頼むよ」
失笑するアリスに、朗らかにアルバルトが笑う。
二人の会話を聞いたアルディウスは、思わず自身の父に訊いていた。
「父上? 一体、あなたは魔女様に何を頼まれてるのですか?」
先程から変わらず二人の話を理解できなかったアルディウスが首を傾げる。
その問いに、アルバルトは肩を竦めて答えていた。
「アルディウス、前に話したであろう? アリス殿には、我が国が頭を抱える問題を解決してもらうと」
「……我が国の問題ですか?」
そう聞いて、アルディウスが僅かな時間で考える。
シャルンティエ王国の抱える問題。その心当たりがアルディウスに浮かんだ瞬間、彼は驚愕した表情を見せていた。
「まさか……魔物の被害を少なくできると⁉︎」
「そのためにアリス殿が来たのだ」
この国が大きな問題としている魔物の被害。それは昔から星の魔力が多く満ちている地域にある王都シャルナが抱えている問題だった。
常日頃、魔力を求めて魔物達に王都は襲われている。それを防ぐために、王都は“とある防衛策”を使っていた。
「我が国を守る魔法障壁は他国の中でも特に優れたモノです。それよりも更に優れたモノがあると?」
「アレで優れた魔法ですって? 冗談でしょ?」
アルディウスが誇らしげに語った内容に、アリスが失笑する。
口元を隠して笑うアリスの姿は、どう見ても馬鹿にしているとしか思えない姿だった。
「我が国の魔法使い達が長い時間を掛けて作り上げた魔法障壁が優れてないと?」
当然のように、アルディウスの目が吊り上がった。
アルディウスの知る限り、シャルンティエ王国を魔物から守る魔法障壁は過去の魔法使い達が作り上げた努力の結晶である。
それを馬鹿にされることは、国を馬鹿にされていると受け取れた。
「その言葉、自分の国があんな脆い障壁しか作れない国だって認めてることになるわよ? 少しは考えて話なさい?」
「……偉大なる魔女様がそう仰るのなら、一体どのような方法で我が国を恐ろしい魔物から民を守ると仰るのですか? 是非とも非才な私にお教えください。まさかとは思いますが、混沌の魔女様が答えられないとは仰いませんよね?」
「怒るのはアンタの勝手だけど、国を代表する人間なら少しは抑えて話した方が良いわよ?」
「話を逸らさないでください。魔女様、早くお答えください」
国を馬鹿にされたと思い、アルディウスが表情に怒りを見せる。
彼から睨まれても、アリスに答える義理などなかった。
しかしここで答えないという選択を選ぶのも、周りの人間達が見せる不審な顔を見れば得策ではないだろう。
そう思いながら、アリスは溜息を吐きながら答えていた。
「大したことはしないわよ。ただ、この国を覆う魔法障壁の術式を新しく組み直す。それが私の押し付けられた仕事のひとつよ」
「……今の魔法障壁よりも優れたモノが作れると?」
「当然よ。手間は掛かるけど、私なら作れるわ」
アリスの返事を聞いて、アルバルト以外の人間達が唖然とした。
国を守る魔法障壁を新しく作り直す。
過去に多くの魔法使い達が総力をあげて作り上げた魔法。それが今のシャルンティエ王国を守る魔法障壁である。
それよりも優れた魔法障壁が彼女たった一人で作れるなど、王であるアルバルトを除いて――この場にいる誰もが到底思えなかった。
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