第15話 術式の創造と改変


 王城の城門から城内を歩き、アリスとアルディウスが自身の家を置いていた王城の庭園に辿り着くと――そこには阿鼻叫喚の景色が広がっていた。


「傷が深過ぎて出血が止まりませんッ‼︎」

「回復魔法が使える魔法使いはまだ来ないのかッ⁉」

「今向かって来てますッ!」

「早くしろッ! このままだと本当に死ぬぞッ⁉」


 血だらけで倒れている男を中心に、大勢の怒声が庭園内に響き渡る。


 それは、まるで戦場のような光景だった。


 身体中を鋭い刃物で切り刻まれたような傷を負った男が、今にも消えそうな呼吸を繰り返す。

 その男が流した血だまりの中で、白衣を着た二人の女性が必死の形相で止血を試みるが――その血は一向に止まることなく流れ続けていた。

 その近くで周囲の人間達に怒声で指示を出す男と、騒ぎを聞きつけて集まった使用人達が忙しなく動いている。


 その光景は、決して王城の庭園で見るような光景ではなかった。


 身体を切り刻まれた人間など王城の中で見ることはないだろう。

 倒れている男の周りに飛び散っていた血の量が、その傷の酷さを物語っていた。

 全身が血で染まり、顔も素顔が分からなくなるまで傷ついている。思わず、目を背けたくなるような姿だった。

 その場で血だまりを作るほどの出血をして薄い呼吸を繰り返す男に、その消えていく命を繋ぎ止めるために周囲の人間達が必死に声を掛け続けている。


「これは――」


 その光景を目の前にして、アルディウスが絶句する。

 しかしふとアルディウスの近くを使用人が通った瞬間、彼は反射的に叫んでいた。


「――なにが起きた!?」

「私も分かりません! 急に大きな音と叫び声がしたので駆けつけたら、すでにあのような有様で!」

「説明になってないぞ!? もっと詳しく――」

「申し訳ありません! 私も不足した医療品を持って来いと言われて急いでますので詳しいことは後ほど!」


 アルディウスの言葉を遮った使用人が慌てて走り出す。

 咄嗟にアルディウスが制止の声を出すが、それを無視して使用人は走り去っていた。

 その小さくなる後ろ姿を見ながら、アルディウスは呆然と立ち尽くしていた。


「一体……なにが起こってるんだ?」


 なにが起こったのか見当もつかない今の状況に、無意識にアルディウスの口から声が漏れる。

 まさか王城の中でこんなことが起こるとは夢にも思わなかった。

 どうして、なぜ、どうやってと、アルディウスが思考を巡らせて困惑していると――


「はぁ……なんで触るなって言ったのに触ったんだか」


 ふと、彼の横でアリスが深い溜息を吐いていた。


「……はい?」


 何気なく呟かれた彼女の言葉に、思わずアルディウスは自身の耳を疑った。

 とてもではないが、その言葉は決して聞き流せなかった。

 たった今、彼女の口から出た言葉から考えられるひとつの可能性。

 それが頭に浮かんだ瞬間、アルディウスは震えた声で訊いていた。


「まさか、アレは……アリス様が?」

「私が好き好んでそんなことするわけないでしょ?」


 脳裏に過った可能性を否定されて、アルディウスが安堵する。

 しかし次に聞こえたアリスの声に、彼は言葉を失った。


「本当、馬鹿な人間ね。何度も忠告したのに近づくからあんなことになるのよ」

「……は?」


 唖然とするアルディウスに、アリスは失笑を返していた。


「私、何度も言ったわよね? 私の家に勝手に入ろうとしたら死ぬわよって?」


 そう言われて、アルディウスは思い出した。


 確かに、アリスは言っていた。


 今朝この王城に来た時も、馬車で王都を見回る時も、彼女は浮かぶ家を指して何度も言っていた。


 私の許可なくあの家に勝手に触るなと。

 もし強引にあの家に入ろうとすれば、死ぬことになると。


 あの宙に浮かぶ家から離れる時、アリスは必ず周囲の人間にそう忠告していた。


「一応、誰も近づけないように高めの場所に浮かせてたけど、強引に触りに行ったみたいね。魔法を使わないと近づけないだろうから……それならあれだけの大怪我したのも納得ね」

「……一体、なにを仰ってるのですか?」

「勝手に自分の家に知らない人間が入られたら誰だって困るでしょ? だから防御魔法の術式を展開させてたのよ」


 そう続けたアリスの話を聞いて、アルディウスは怪訝に顔を顰めた。


「防御魔法は、攻撃の魔法ではありません。ですからアリス様が意図的に攻撃したとしか思えないのですが……?」


 アルディウスがそう思うのも、当然だった。


 防御魔法とは、任意の対象を守る効果しか発動しない。その中に、外敵を攻撃する効果は含まれない。

 よって普通に考えれば、アリスが別の魔法を使って攻撃したとしか思えなかった。


 もし本当にそうだとすれば、彼女の行動はこの国に対する敵対行動になる。

 つまりそれは、魔女からの宣戦布告と受け取れる行動だった。


 魔女からの宣戦布告。そう受け取ったアルディウスが背筋を凍らせる。

 しかしそんな彼とは違い、アリスは不思議そうに首を傾げるだけだった。


「なんでわざわざそんな面倒なことしないといけないのよ? そんな手間掛かるくらいなら防御の魔法を使った方が楽でしょ?」

「……ですから防御魔法は攻撃する魔法として使いません。アリス様が意図的に攻撃したとしか思えない」


 アリスの返答に、アルディウスが目を吊り上げる。

 明らかに怒りを露わにする彼の表情に、アリスは呆れたと肩を落としていた。


「アレは私の作った術式よ。展開した結界内に入ろうとした人間を無作為に攻撃するように作ってるの。もし魔法を使って強引に入ろうとしたら、より強力な魔法が発動するようになってるわ」

「……冗談は大概にして頂きたい。そんな防御魔法、作れるはずがない」

「いや、実際に作ったらあんなことになってるんだけど?」


 アリスが血だらけになって倒れている男に人差し指を向ける。

 あり得ないと眉間に皺を寄せるアルディウスだったが……アリスの見せる呆けた表情は、決して嘘を言ってるようには見えなかった。

 もし今、アリスの見せているその表情が演技だとすれば……彼女の演技力は大層なモノだろう。

 そう思ったアルディウスは信じられないと、頬を引き攣らせながら彼女に訊いていた。


「……冗談でしょう?」

「言わなかったかしら? 術式の創造と改変は私の得意分野よ。アレくらいの術式、作るのに大した手間なんて掛からないわよ」

「いや、初耳なんですが……」

「察しの悪い男ね。私がこの国の魔法障壁を作るって言ったんだから、それくらい察しなさいよ」


 無理なことを言うなと、咄嗟に言わなかった自分をアルディウスは褒めたくなった。


 確かに言われてみれば、彼女の話をアルディウスは納得できた。

 この国の魔法障壁を作ると言うことは、新しい術式を作るということ。

 今この国で使われている魔法障壁よりも強力なモノを作るなら、その技術が特出してなければならない。

 この国の優秀な魔法使い達が作った魔法よりも更に優秀な魔法を作れると言うのなら、それに見合った実力がなければならない。


「自慢じゃないけど、その手の技術に関しては魔女の中で私が一番あるわ」

「……魔女の中で一番?」


 アリスの誇らしげな発言に、アルディウスが絶句する。

 魔女機関に属する六人の魔女の中で、彼女が最も術式の創造と改変の技術を持っている。

 それはつまり、この国の誰よりも魔法の知識を持っていることの証明に他ならなかった。

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