第22話 才能に恵まれた騎士
庭園の中に吹き荒れるアリスの魔力を間近に受けて、アルディウスは自身の認識が間違っていたと思い知らされた。
魔力とは、魔法を使える人間が持つ力を指す。
魔法を使うためには、必ず術式を介して精霊に魔力を差し出さなければ、その魔法は発動しない。
また使用する魔法に応じて、必要とする魔力の量は変わる。強力な魔法を使おうとすれば、その分だけ膨大な魔力を必要となる。
そのため魔法使いが自身の実力を示す代表的なものとして、保有している魔力の量が挙げられる。
扱える魔法の種類でも魔法使いとしての格を示すこともできるが……どちらにしても魔力を多く持っていなければ、魔法使いとしての実力が低く見られるのが一般的な認識とされている。
よって保有する魔力が多ければ、その分だけ魔法使いの実力が高いことになるのだが――
今もアルディウスが肌に感じているアリスの魔力は、その次元の話ではなかった。
魔法ではなく、ただ魔力を無意味に放出しているだけなのに……それを攻撃と認識してしまうほどの膨大なアリスの魔力が庭園の中に吹き荒れていた。
普通の魔法使いなら既に魔力が枯渇している。しかしそれを優に超える魔力を吐き出し続けても、アリスは平然とその場に立っていた。
顔色ひとつ変えず、今もアリスが周囲に魔力を撒き散らしている。膨大な量の魔力を無駄に吐き出し続けても、無くなる気配すらない。
まるで無限とすら感じられるアリスの魔力を見せつけられて、アルディウスは彼女の実力の底が全く見えなかった。
アリスの戦う姿を初めて見た時、化け物という言葉こそ彼女に最も相応しい言葉だとアルディウスは思っていたが――それは大きな間違いだった。
もはや化け物という言葉すら、混沌の魔女には生温い。そんな陳腐な言葉で収まるような次元の人間ではないと、アルディウスは思い知らされた。
もし、この国とアリスが戦争をすればどうなるか?
その疑問の答えなど、既に決まっていた。
だが、もしこの国で彼女に対抗できる人間がいるとすれば……
何気なく、アルディウスがそう思った時だった。
真顔だったファザード卿が、突如腹を抱えて笑っていた。
「ははっ! そこまで意気がるのならその話、乗ってやろう!」
「……言ったわね? じゃあ私が勝ったらアンタを牢屋に絶対にぶち込むから、二言はないでしょうね?」
「良かろう! もし小娘が勝ったのなら大人しく従おうじゃないか! しかし負けた時は、分かっているのだろうな⁉︎」
「好きにしなさい。別に私に何をしたって良いわよ。追放なり、投獄なり、アンタの好きにしなさいな」
「小娘が抜かすな! その虚勢、すぐに崩れるのを楽しみにしておくとしよう!」
心底愉快だと笑うファザード卿に、アリスが失笑を返した。
先程から変わらず、負けることなど最初からないとアリスの態度が物語る。
対して、ファザード卿も一貫して自身がアリスに負けることすら考えていないと笑っていた。
果たして、ファザード卿はアリスの実力を垣間見たというのに……どこからその自信が出てきているのか?
彼の笑みを見ていたアルディウスには、その考えが全く理解できなかった。
「ふーん? そう言うってことは、今ここでやり合うつもり? 別に私はそれでも良いけど?」
両手に魔力を灯したアリスが戦闘の意思を見せる。
しかしファザード卿は失笑すると、首を横に振っていた。
「急かすな、小娘。ここでは王城に被害が出る。加えて互いに了承した戦いである以上、これは正式な決闘として扱うことになり、日と場所を改めなければならぬ」
「何でも良いわよ。アンタが好きに決めなさい」
「魔女の就任式は明日の夜。小娘が魔女にならないことを考慮すれば、それよりも前に済ませるのが良いだろう。よって決闘の時間は明日の昼、場所は魔法競技場とする」
「ご自由に、好きにして」
面倒そうに頷きながら、アリスが答える。
その返答にファザード卿はくつくつと笑みを浮かべていた。
この時を以って二人の戦いが正式な決闘として扱われたとアルディウスが理解した時、彼は慌てて声を荒げた。
「ファザード卿! 何を勝手に――!」
「これは私と小娘が正式に交わした決闘である! アルディウス様であろうとも、この決闘を邪魔させぬッ!」
ファザード卿に即答され、アルディウスは言葉に詰まった。
彼の言う通り、二人の戦いが正式な決闘として扱われた以上、第三者が止めることはシャルンティエ王国の法律によってできない。しかし本来ならそれでも止めるべきことなのだが……
実際のところアルディウスにとって、これは都合良い展開だった。
国家転覆の疑いがあるファザード卿を万が一に備えて牢に入れておくには、特別な理由がいる。その理由が都合良く向こうから来てくれたのだから、正直に言えばアルディウスに決闘を止める理由は特になかった。
どの道、アリスが負ける可能性は皆無なのだ。決闘をアリスが受けてもファザード卿が負けることが確定していれば、むしろ利用しない手はないだろう。
むしろ、それを踏まえた上でアリスがファザード卿に喧嘩を売っているのだとアルディウスは察していた。
「それで? 私の相手はアンタで良いの?」
「私が相手になっても良いが、私よりも適任がいる」
「……それだけ好き勝手言っておいて、アンタがやらないのは情けないわね」
「小娘、先程言ったな? この国で誰もが認める最強を連れて来いと?」
「確かに言ったわ。それがなによ?」
「ならば私以上の適任がいる。民の全員がその実力を認める人間。その者に小娘の相手になってもらおう」
笑みを浮かべて告げるファザード卿の話に、アリスが怪訝に眉を寄せる。
彼の見せる自信には、実のところアリスにも違和感があった。
アリスから見る限り、ファザード卿の実力は大したものではないと見ていた。彼から感じる魔力も、特別多いわけでもない。一般的な魔法使いよりは多い程度である。
そんな人間が自分と大きな差があると見せつけられているにも関わらず、ここまで自信に満ち溢れているのは、アリスにとって不可解でしかなかった。
昼間に馬車で王都内を回っていた時、確かに特別魔力が大きい気配はいくつかあったが、全て自分より格下だろうとアリスは推察している。
この国で自分に対抗できる人間がいるはずがないのに、なぜファザード卿の自信に満ちているのかアリスには全く検討もつかない。
そう思いながら、怪訝にアリスが首を傾げた時だった。
アリスの耳に、ふと鉄の擦れるような音が聞こえた。
何気なく彼女が音の方に視線を向けると、その音の主は非常に慌てた様子で庭園に走って来ていた。
そして鎧を身に纏った騎士は、慌ててバイザーを開きながらファザード卿の元に向かっていた。
「父上ッ! この騒ぎはなんですかッ⁉︎」
「おおっ! ようやく来てくれたかッ! 我が息子よッ‼︎」
童顔の顔をした青年が、ファザード卿に話し掛けていた。
その青年を見たファザード卿が安堵の表情を見せる。
「……また面倒そうなのが来たわね」
そのファザード卿が安心した表情に、アリスは妙な直感を感じていた。
突如現れた青年をアリスが眺める。そしてアルディウスも同じように青年を見た時、彼は心底驚いたと目を見開いた。
「彼は……!」
「……なに? アンタ、あの男のこと知ってるの?」
アルディウスを一瞥したアリスが何気なく問う。
その疑問に、アルディウスは小さく頷きながら答えていた。
「あの者はファザード卿の息子、アウレリオ・ファザード。我が国に仕える騎士団に属する人間の一人です。彼は数多くいる騎士の中で、特に剣術と魔法の才能に恵まれた騎士だと言われています」
息子と聞いて、アリスは引き攣った笑みを浮かべていた。
血縁者なのか、それとも養子なのか、果たしてどちらか。もし前者であの老人の実の子供が彼なら、色々と問題だとアリスは密かに思った。
何がとは言わないが、歳を考えた方が良いとアリスは内心思いながら、アルディウスに訊いていた。
「息子、ね。ちなみにあの男、どれぐらい強いの?」
「少し前に聞いた話になりますが……彼の戦闘能力は我が国の中でも随一と言われているそうです」
アルディウスの返事を聞いて、アリスは納得したように頷いた。
「じゃあアレより私が強ければ、私がこの国で一番ってことになるわね?」
「えぇ……おそらくそうなるかと」
彼の話が本当なら、先のファザード卿の話にアリスも納得ができた。
つまりファザード卿にとって、一番の奥の手があの青年ということなのだろう。
アリスがそう思っていると、アウレリオを見たファザード卿が嬉しそうに笑っていた。
「我が息子アウレリオよッ! 今こそ我が国で最も優れた騎士たるお前の力であの邪悪な魔女を断罪するのだッ!」
「父上? 急に一体なにを仰って……?」
父親が指を向ける先にいるアリスをアウレリオが見つめる。
怪訝に首を傾げた後、少しの間を空けるとアウレリオはあり得ないと驚愕の表情を見せていた。
「まさか私に混沌の魔女様と戦えと⁉︎ 正気ですかッ⁉︎」
「息子よ! お前は間違っているッ! そこにいる小娘は我らの国を守る魔女ではない! あの者こそ我らの国を貶めよう企む邪悪な魔女だったのだッ!」
「……魔女様に対してなんと無礼なことを! 父上ッ⁉︎ ご自身が今なにを仰ってるか分かってるんですか⁉︎」
父親の発言に対して、驚愕の表情を見せながらアウレリオが怒りを露わにする。
その二人の光景を見て、アリスは困惑した表情を浮かべていた。
「……ねぇ、なんかあの男、あのクソジジイより話が随分と分かりそうな人間に見えるんだけど?」
「私も数回しか話したことはありませんが彼は人柄もとても良く、人格も優れています。そんな彼を慕う人間はとても多いようです」
「なによそれ……それだと調子が狂うわよ」
アウレリオという青年の人柄を知って、アリスは面倒そうに顔を顰めた。
あのファザード卿という性格の悪そうな老人を袋叩きにするならまだしも、それと全く正反対の人間を叩きのめすのは――流石のアリスでも気分が悪くなると思ってしまった。
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